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2006年4月18日 (火)

すべての教えに「密教」があるのでは

「密教」この言葉にはいろいろな意味が込めらている。弘法大師空海も著作によって意味するところが異なっている。
(1)「請来目録」・・・大乗仏教を密教と顕教に分ける。
(2)「二教論」・・・仏教を密教と顕教に分ける。顕教の中に、大乗と小乗(最近は小乗という蔑称を使わないあ。上座部と呼ぶ。)がある。
(3)「秘蔵宝鑰」・・・全宗教全教えを密教と顕教に分ける。顕教の中に、仏教があり他の宗教や教えがある。
(4)「十住心論」・・・すべての教えが密教である。
細かい問題もありますが、およそこんなところだと思う。
最近、他宗教の方々とお話しする機会が増えている。そこで感じることなのだが、どんな宗教にも密教があるのではないかと感じるようになってきた。
イスラムにはスーフィーがあり、ユダヤにはカバラがある。おそらくキリスト教にも神道にもヒンディーにも密教があるのではないか、そう感じる。
もちろん、すべての教えがそのまま密教であるという即事而真に繋がる考え方も尊重する。しかし、各教えの神秘思想に目を向けると、すべては密教という(4)の弘法大師空海の考え方は、実はどんな教えもそれを追及すれば、密教として源流は繋がっているという解釈もできるのではないだろうかと感じた。
そう考えると、日本仏教を見つめてみても、真言・天台だけではなく、臨済禅にも曹洞禅にも黄檗禅にも、浄土にも、真宗にも、日蓮宗(法華宗)にも、南都六宗にも密教があるといえる気がする。
この考え方を推し進めていくと、中途半端に他宗の教えと自分を比較するのではなく、自分が縁があったり信じている教えをとことん掘り下げ追及し、いわゆる各宗の密教といわれるいわれる部分にまで掘り下げていくと、実はすべては繋がっているということが当たり前になるのではないかと思う。中途半端な比較が隔絶観を生み、ドグマ的な対立を生むのではないだろうか。
弘法大師空海が感得した「密教」とは、真言宗とか仏教にとどまるものではなく、それらを遥かに超えた宇宙規模の教えであったことに私もようやくたどり着いた。
これから自分をもっともっと掘り下げてみようと思う。自分に縁のあった真言密教の教えをもっと体得していこうと改めて心に刻んだ今日であった。感謝感謝。
また密教のお話は時折したいと思う。今宵はこれまで。

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