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2006年3月19日 (日)

原子力発電から明治維新までの話

午前中、ある政治家の秘書さんとお話。彼に横浜市長選で見てきた現実をお話した。そこにある真実とは何なのかを。何を得ることができるのかを。

午後、関市にある友人のお店「cafeぷらな」でちょっとした話し合い。ちょっとした・・・原子力発電に始まり、明治維新の問題等、多義に渡る結構ディープなお話だった。そこに一人の21歳の若者が居た。彼は自分の説をまくし立てた。彼の意気込みは良かった。熱き思いも良かった。しかし・・・自衛隊ではなく、しっかりした軍隊をもって、力で外交相手を抑えるべし・・・的な論調。ビックリした。彼のような若者たちにこのような芽吹きがあるとは・・・。私は危機感を感じすぐさまに矛盾点を批判した。維新は決して正しいものではなかったと。悪かったとは言わない。しかしあまりにも問題点が多すぎると。そしてその延長線上に靖国神社があることもお話した。さらにその考えそのものが日本的ではないことも伝えようとした。

私は改めて感じている。明治維新批判をしっかりとすべきではないかと。正しかったこと、間違ったこと、これらをしっかりと明確化すべきではないかと。これをしなかった日本・・・だからこそ戦後も同じような目をした。敗戦はある意味日本の神々が日本人に目を覚ますように仕組んだものであったような気がする。敗戦しても国が滅びなかった日本。日本の神々は敗戦後の日本にチャンスを与えてくれた。しかし、そこには歴史の断絶が生まれてしまった。連綿として流れていた美しき流れさえも断絶させることに躍起になりすぎてしまった。そして今、そのツケを私たちが担っている。高度経済成長やバブルのツケではない。それは既に明治維新に始まっている歴史的なツケ。だからこそ、今の私たちは根本的に精神を立て直さなければならない気がしてきた。日本の神々の復活・・・私が神々に縁を得て生まれ育ち、そして真言宗の僧侶になった理由の一つが何となくここにある気がする。今日はこのことに気づかせていただいたことに深く感謝する。

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