2008/09/20

阿弥陀如来 9月仏部

阿弥陀如来
[読み]あみだにょらい
[別名]観自在王 無量光 無量寿 清浄金剛 大慈金剛 甘露王
[特徴] Amitaは無量、ābhāは光、āyus寿を表す。金剛界四仏の一で、胎蔵四仏の一でもある。清浄・智慧・妙観察智・証菩提・禅定の徳を司り、大悲の象徴。無量の光、無量の寿を意味する。金剛界四親近は、金剛法・金剛利・金剛因・金剛語。法蔵比丘が四十八の誓願を起こし、遂には西方極楽浄土の主となり阿弥陀如来となる。脇侍は大悲の象徴の観音菩薩と智慧の象徴の大勢至菩薩。阿弥陀如来は観音菩薩の頭に観音の本体であることを示す化仏として乗ることが多い。
密教の阿弥陀如来は基本的には坐像である。禅定にいり、観自在するためである。一方、浄土教などの阿弥陀如来は金色で立ち姿が多い。指は説法印を結んでいる。

<<メッセージ1>>

西に沈む太陽に、赤い大悲を感じ、極楽浄土に故人を想い、泥に染まらない蓮の清浄さを観じよう。
《解説》
西に沈む太陽。その最果てに、極楽浄土をイメージしてみる。多くの亡くなった人たちが極楽浄土を願い逝った。亡くなった方々がいるから、今の世界があり、亡くなった方々がいたから今のあなたがいる。先祖を思い、偉人を思い。名もなき人々を思い、名もなき命を思う。それらの方々の大悲(深い愛情)の思いが今のこの世界を作ってくれた。あなたは、大いなる大悲に包まれて生まれたのだ。そしてその思いは決して、垢に染まることのないもの。大悲の心は泥に染まることはない。西に沈む太陽の赤は大悲のシンボルカラー。決して染まることのない清浄のシンボルでもある。西に沈む太陽を見つめることで、先祖をはじめとする故人を想い、清浄な大悲を観じよう。

<<メッセージ2>>

蓮は泥の中に咲けども、決して泥に染まらない。
《解説》
心の中にやましさや苦しさが生じたら、阿弥陀如来に祈りを捧げ、ありのままの自分を見つめよう。蓮の花は泥の中で美しい花を咲かせる。泥があるからこそ、あの美しい花を咲かせている。決して周りの泥に染まることなく咲く。あなたもこの世という泥に満ちた世界に咲いた花。泥があるからこそ、あなたも生まれ、、この世はあなたという花を必要としている。泥の中にいることをなげくことはない。あなたの花は決して泥に染まらない花。あなたという花を泥の中で染まることなく思い切り咲かせるように。

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千手菩薩 9月菩薩部

千手観音
[読み]せんじゅかんのん
[別名]大悲金剛・千光眼・千手千眼観自在・蓮華王
[真言]オン バザラタラマ キリク
[特徴]六観音の一。すべての変化観音の元が聖観音であるのに対し、最終形態が千手観音。千とは無量であり、円満の意味がある。ありとあらゆる手段・方便を尽くし、衆生を救済するために千手を持つ。千手は大悲の象徴。ありとあらゆるものをありのままに観ることができる千眼は、衆生の能力や縁に応じて助け導く智慧の象徴。千の手、千の眼を有し、あらゆる果徳を円満する。
観音霊場といわれる補陀洛山は小花樹山・海島と訳され、南海上にあるとされた観音の常住する霊地である。

<<メッセージ1>>

ありとあらゆる姿に変えて大いなる命があなたを守っている。その姿を知り、あなた自身の手段を尽くそう。
《解説》
千手観音はありとあらゆる方法を使い衆生を救う。あなたの周りにあるものすべてが、あなたの周りにおきている出来事すべてが、千手観音の大悲の方便である。時には辛いことや悲しいこと腹が立つことが起きるかもしれない。それはあなた自身を清めるための方便。時には嬉しいこと楽しいことが起きるかもしれない。それは、あなたの悦びを他者に伝えて功徳を積んでいくための準備ができていることを伝えている。目の前に白い花があれば清き心をあなたに伝え、固き石があれば堅固な意志をあなたに伝えている。あなたは千手の方便に包まれている。あなた自身がその方便に守られているのだから、あなた自身が千手となり、ありのままに物事を観つめ、ありとあらゆる手段を使って苦海に溺れる人を助けていこう。

<<メッセージ2>>

一つの方法にとらわれていないか?方法はいくつもある。ありとあらゆる手段を尽くし、あなたの問題を解決しよう。
《解説》
千手観音の千手はあらゆる方法(方便)を用いて、千眼はありとあらゆることをありのままに観ることで問題を解決することを示している。解決方法は一つではない。さまざまな道が残されている。心を白蓮華のように真っ白にし、今の問題をじっくりとありのままに観つめてみよう。ありのままに観れば、ありとあらゆる手段が見えてくる。問題解決方法は一つではない。時と場所と場合によっても解決方法は異なっていく。一つ二つを試して諦めるのではなく、ありとあらゆる方法を試してみよう。その手段は千手観音が支えてくれている。既に問題は解決に向かって大きく進んでいる。深く感謝しよう。

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金剛鏁菩薩 9月供養部

金剛鏁菩薩
[読み]こんごうさぼさつ
[別名]堅持金剛 妙住金剛
[真言] オン バザラソホタ バン
[特徴] 金剛界四摂菩薩の一。大日如来が、道を歩み始めた者がその道から外れることがないように繋ぎ止める役目を担った菩薩として流出した。

<<メッセージ1>>

他に赴く門は閉じられた。大慈悲によってあなたは守られている。あなたの道を迷わず進め。
《解説》
世の中には多くの門がある。どこから入るのかは、その人の縁と性質による。しかし、その門の数の多さに眼を奪われると、門の中に入れない。しかし、今、あなたの門は開けられ、大慈悲によって他の門は閉ざされた。もう迷うことはない。あなた自身の今の道を進め。

<<メッセージ2>>

他を振り向かず、今の自分をよく保とう。今のあなたを大切にしよう。
《解説》
隣の芝は青い。あなたは既に門に入っているのに、他の門が気になっていないか?あなたが入る門は今の門しかなかったのだ。その門はあなたのために準備された門。大慈悲によって開けられた、あなた自身の門。他の門はあなたの門ではない。迷うことはない。他の門は、あなたには閉じられた門なのだ。あなたが決して開けてはならない門なのだ。どんなに隣の芝が青く見えようと、実はあなたの庭の芝が一番青い。今のあなたの道を大切にして、他を振り向くことなく、今のあなたの道を進め。

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広目天 9月守護部

広目天
[読み]こうもくてん
[別名]醜眼雑色 雑語
[真言]オン ビロハキシャナカジハタエイ ソワカ
[特徴]四天王の一。般若十六善神の一。諸龍および富單那(臭餓鬼の最勝者)を眷族とする。さまざまなものによって、さまざまな言葉によって荘厳することを本誓とする。さまざまな物質によって飾りつけ施し守護する。

<<メッセージ1>>

龍神の力が宿った。今こそ力強く龍王のように自他共に歓喜という潤いを与えるとき。
《解説》
広目天は龍の統御者。その龍の力が、今のあなたに与えられたことを。龍は、天の雨を統べる。雨は甘露の潤い。人は財物により物質的に潤され、法によって心を潤す。今、あなたは布施の行に専心するように求められている。あなたが持てるもので、他者を潤そう。その潤いはあなた自身をも潤していくだろう。

<<メッセージ2>>

広く周りを見渡し、様々なもので周りを飾りつけるとき。心身も部屋の中も仕事場所も大いに飾りつけよ。
《解説》
殺風景な場所を様々なものによって、さまざまに飾り付けてみよう。それは、あなたの寝室かもしれない。居間かもしれない。仕事場かもしれない。ひょっとすると、あなたの心の中かもしれない。一見無駄に見えるものであっても良い。機能的なものばかりでなく、一見無駄に見えてもあなたの力を引き出すための飾り付けが求められている。あなたの中の龍のような大いなる力を引き出すために、周囲を飾りつけ、あなた自身の中も飾り付けよう。

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水天 9月天部1

水天
[読み]すいてん
[別名]龍王 水神
[真言]オン バロダヤ ソワカ
[特徴]八天、十二天の一。水を司る神。インドのヴァルナ神のこと。諸竜王の主。天地を保持する神であり、よく天界・人界の両界を知るものとして尊崇される。水の神・河の神・海の神であり、請雨法の本尊として扱われる。また、水はよくすべてのものを潤うことから、布施を象徴し、また大悲の徳を司る。

<<メッセージ1>>

水は、乾きを癒し、命を育み、穢れを洗い流し、熱を除き、よく周りの環境に順応する。あなた自身が水に触れ、水となれ。
《解説》
雨水は高きより低きに進んで潤いを広げ草木を育てる。あなたの衆生を救いたいという下化衆生の思いは水と同じように広がりを持ち、衆生の心身に潤いを与える。水は清浄なものであり、よく穢れを洗い流し、渇きを癒す。あなたの布施行はあなた自身を浄化し、また心身ともに飢える衆生に潤いを与える。水はその冷たさを保つ性質のために熱さをよく除く。水はその入れ物によって形を変え、隅々にいきわたる。同じようにあなたの布施行も様々な方向へいきわたっていく。水に触れることにより、水の持つ性質を観じ、あなた自身が水となって、あなたの周りを感化しよう。水の持つ力を活用するときがきている。

<<メッセージ2>>

他者を潤す者が、自らも潤す。布施行に専心せよ。
《解説》
心身に潤いを与えるので、水は布施の象徴とされる。自分の持てるものを他者によく与えよ。物質的に施しをする財施でも良い。慈しみに満ちた眼差しの眼施。優しく穏やか顔や笑顔の和顔施、優しく心温まる言葉の愛語施。自らの身体で奉仕をする身施。気配りや、感情の共感などの心施。電車バスそのほかの席を譲る牀座施。雨風をしのぐために軒先を貸したりする房舎施などの無財の七施もよい。また畏れるものの傍に居るのも大きな布施だ。他者に見返りを求めずによく布施するものは、また自らをも潤していく。布施行そのものが潤いであり、またそこから派生してやってくるのもまた潤い。布施行に専心しよう。

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摩利支天 9月天部2

摩利支天
[読み]まりしてん
[別名]威光天 陽焔天
[真言]オン マリシエイ ソワカ 
[特徴]太陽や月の光線を象徴する天。元々は陽炎の神格化。梵天の子でインドで人気のクリシュナと同体。常に太陽の前にあり、その姿は光によって捉えることができないため隠形の尊とし信仰される。隠形のため傷つけられずない意味から武士によく崇拝された。阿修羅と帝釈天が戦った際に、その隠形によって阿修羅を迷わし日月を守ったといわれる。女尊

<<メッセージ1>>

勝つことではなく、負けないことに意を注げ。けっして傷つくことはない。己の光を強め勝負に出る時。勝利の女神が守ってくれている。
《解説》
太陽や月の光は、粒子でもあり波でもあり、また手につかむことができないもの。その光のために、その本体は見えない。陽炎も同じで、はっきりとした形が分からない。摩利支天は、つかみどころがないために、決して傷つくことのない尊。勝負事は、負けないことが第一義であり、まさに摩利支天は、傷つかない負けない勝負事の女神。負けないことに意を注ごう。

<<メッセージ2>>

光が強いとその実態は見えない。目に見えなくても力強いものはある。目に見えないものにも意識を向け、あなたも目に見えない功徳を積もう。
《解説》
摩利支天は、常に太陽の前に立ち、その光のために決して姿を現さない。隠形の本尊。その力は絶大で、古来日本のの武士たちはこの尊を大いに崇めた。目に見えるものにとらわれがちな日常生活。しかし、その目に見えるものも目に見えないものによって支えられている。目に見えるものをよく観察すれば、その目に見えないものの力強さがよく見えてくるはずだ。目に見えない場所で功徳を積もう。

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2008/08/20

文殊菩薩 8月仏部

文殊菩薩
[読み]もんじゅぼさつ
[別名]文殊師利・金剛利菩薩・一切無戯論如来・妙吉祥・法王子・金剛慧
[真言]オン アラハシャ ノウ
[特徴]普賢菩薩と共に釈迦如来の脇侍。般若波羅蜜・智慧・喜無量心などの象徴。無我無執であることから童子形であり、よく釈尊の教えを受け継ぐゆえに法王子とも呼ばれる。修行者をよく導く菩薩。般若経との関連が深い。戯論を離れ、両極端を離れ、分別心を離れ、中道の象徴でもあり、一切無戯論如来とも呼ばれる。

<<メッセージ1>>

獅子のごとく堂々と歩め。右にも左にも寄ることのない真ん中の道が、そこにある。そこは喜びの道だ。
《解説》
文殊菩薩は、八不(不生不滅・不常不斷・不一不異・不去不來)を表す智剣を持つ。八不とは、両極端に偏ることない智慧だ。両極に偏ったものを鋭い剣(利剣)で断ち切り、中道に導く。釈尊は若き日に享楽の生活を送り、出家した後は苦行に身を投じた。しかし、そのどちらも心を満足させるものではないことを見極め、中道を歩むことが大切であると宣言した。釈尊の法王子である文殊菩薩は、その中道の象徴でもある。安楽なりすぎず、厳しすぎないように生活することが大道を歩むことだ。そこにこそ本物の喜びがある。中道を歩むとき真の喜びを得る。


<<メッセージ2>>

ありのままに観よ。智慧で照らせば、とらわれるものは何もない。それを実感すれば心の奥底から喜びを覚える
《解説》
文殊菩薩の別名は無戯論如来。戯論とは、情にこだわり執着する言説(愛論)と知的にこだわり固定した見解をもつ言説(見論)のこと。情にも知にもとらわれずに、物事をありのままに見ることこそ文殊の智慧。極端な考えを離れ、ありのままに見れば、そこは苦しみの世界から解放された喜びの世界がある。文殊菩薩に祈りを捧げ、自らの煩悩を智慧の鋭い剣で断ち切って、文殊の導きに身を任せよう。極端な考えを離れ、ありのままに見ることによって悲しみや苦しみから逃れられ、そこから大いなる喜びに導かれる。

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白衣観音 8月菩薩部

白衣観音
[読み]びゃくえかんのん
[別名]白処尊 白住処 離垢金剛 普化金剛
[真言]オン シべテイ シベテイ ハンダラバシニ ソワカ
[特徴] 白衣とは清浄な菩提心を示す。純白無垢な心は、諸仏の大悲をよく生じる。この白衣は、智慧を意味する白身白衣、真理を意味する白処、理智二徳を意味する大明白身の三種を象徴する。星宿の部首とされ、また諸魔を防ぎ、悪人の災難から逃れるとされ、天変地異や戦争が起きた際に祈られた。更に、除病・安産・育児など子育て観音としても日本では尊崇されている。女尊。

<<メッセージ1>>

何事にも純粋無垢な気持ちで臨め。無垢な心は星々の力を呼び、災難より身を助けてくれる。
《解説》
白衣観音の白衣は純粋無垢な心を象徴する。白衣観音は星々の部首である。純粋無垢な心を持つものは、その心の中に星々の力を宿すことができる。星の力は大宇宙の力。その力を呼び起こすチャンスを得ているのだ。正邪、善悪、浄穢などの価値判断をすることなく純粋無垢に臨め。そのとき、白衣観音の助けにより星宿の力を最大限に使うことができる。

<<メッセージ2>>

心の穢れを落とし、真っ白な穢れなき心を取り戻そう。無垢な心は星々の力を呼び起こしてくれる。
《解説》
大宇宙の星々は、大いなる力を降り注いでくれている。しかし、それを邪魔するのが心の穢れだ。まずは心を浄化しよう。懺悔し、他者への施しをよくしよう。水は布施の象徴。布施も水も潤いを与えてくれる。水で手を洗い、身体を清め、口を濯ぎ、布施で心を潤そう。懺悔・礼拝し、背負った重荷をその場に降ろそう。そのとき、心は浄化されていく。心が浄化されれば、真っ白な純粋無垢な心を取り戻せる。純粋無垢な心は星々の力を受け入れてくれる。
白衣観音の大悲にあなたは包まれている。心を浄化するチャンスを得たのだ。今すぐに、白衣観音に祈りを捧げ、懺悔礼拝、布施行などにより心を清め、星々の力を呼び起こそう。

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金剛華菩薩 8月供養部

金剛華菩薩
[読み]こんごうけぼさつ
[別名]妙色金剛・清浄金剛
[真言]オン バザラホシュベイ オン
[特徴]宝生如来が大日如来を花で供養するために流出した菩薩。花は夏の暑さと冬の寒さを耐え忍ぶがゆえに美しい花を咲かせる。花は忍辱波羅蜜の象徴。また、花が咲き誇る姿は福徳円満・万徳荘厳の象徴でもある。花は美しい色、美しい形、美しい香りも有することから清浄無垢な美を表す。花を咲かせるがゆえに実がなることからも、果を得ることをも示している

<<メッセージ1>>

周りも、あなた自身をも花で飾ると同時に、新たな花の種・苗を植えよう。
《解説》
花は心を和ませる。花には、美・清廉・忍辱・般若波羅蜜(智慧)・荘厳・福徳円満など、さまざまな意味がこめられている。その花を部屋の中、家の内外、そのほか、さまざまな場所に飾りつけ彩らせることで、心地よい空間が生まれていく。同じようにあなた自身にも花を飾りつけよう。それは、忍辱・忍耐かもしれない。大いなる慈悲の心かもしれない。清廉潔白な清き心かもしれない。彩り鮮やかな智慧かもしれない。また、
あなた自身を花で荘厳することで、あなた自身もこの世に咲く花であることを知ることができることを示している。全ての事物がこの世に咲く花であることをも暗示している。あなた自身が花なのだから、その花を次なる場所に咲かせよう。あなたの種・苗を次なる場所に植えるように心がけるように。

<<メッセージ2>>

周りを花で飾ろう。そして同じように、心に花を咲かせよう。辱めを忍ぶ忍耐により、心に美しい花が咲く。あなた自身の花は何なのかを知ろう。
《解説》
一輪の花を置くだけで、その場が和む。花の力は偉大だ。あなたに合った花を部屋に飾ろう。あなたの家の周りに飾ろう。職場や関連した場所を飾り、あなたの大切な人に花を贈ろう。
夏の暑い時期、冬の寒い時期に蕾を膨らませつつ、じっと耐える花。それゆえに秋や春に美しき花を咲かせることができる。同じように、あなた自身も辱めを受けたり、耐えがたきことにであったら、それは花を咲かせる前にあなたにとって大切なの忍辱のときであることを知るように。辱めを受けながらも、忍んでいる姿は美しい。あえて表立って他者に抗わず、自分の内面を深めていく忍耐はとても感動的だ。あなたにとって忍辱しなければならないときが来たのならば、逆に悦ぼう。生まれ生まれ死に死に、何度も繰り返してきた生の中で、あなた自身が積んできた悪業が、その瞬間に果となり、消えていく瞬間こそが、耐え難く辛いときなのだ。その苦しみが、自分の悪行が消える瞬間と知るものは、忍耐をよくし、美しい花を咲かせていく。忍辱をしつつ、あなたが咲かせるべき花とは何なのかを見つけよう。あなた自身が花となり、この世にどんな花を咲かせるのかを見つめてみよう。
部屋をはじめ、周辺を花で飾ると同時に、あなた自身がこの世を彩る花であることを知るときがきている。

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大威徳明王 8月守護部

大威徳明王
[読み]だいいとくみょうおう
[別名]降閻魔尊 持明金剛 炎曼徳迦 六足尊
[真言]オン シチリキャロラワウンケンソワカ
[特徴]五大明王の一。西方蓮華部の守護尊。阿弥陀如来・文殊菩薩の変化した教令輪身。閻魔すなわち死を降伏する明王。六足・六首・六臂がある。六とは六道輪廻(天・人・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄の六世界を輪廻すること)から解脱すること、六波羅蜜(六度)をよく満じ、六神通(神足通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通)を成じることを意味する。水牛は水陸を自在に渡るので、生死涅槃を自在に往来することを意味する。髑髏を瓔珞とする。大日如来の智慧である文殊菩薩の化身であり、種種の器仗を持ち、煩悩をよく断じ、悪人・患悪・瘡・怨敵などあらゆる悪を滅する。


<<メッセージ1>>

あらゆる悪害を滅する威徳を得るときが来た。死さえも恐れるものではない。
《解説》
あなたの死とは何か?肉体の死があなたの死を意味するわけではない。あなた自身が、あなたらしく生きていないことそのものが、あなたの死なのだ。しかし、今のあなたは既にあなたの道を歩んでいる。あなたの死を超越したのだ。あなたを根本的に傷つけるものは何も無い。あなたはそれらを滅する威徳さえ身に着けたのだ。心身に辛いことも、あなたにとってはもう悪害ではない。辛いことは、過去のあなたの清算であり、真のあなたの抜苦に過ぎないのだから。あなたは、あなたの本当の死を克服して、あなたの道を歩み始めた。真の死を超越したことを悦び、あなたの命を最大限に輝とき。

<<メッセージ2>>

死を恐れていないか?何かに縛られていないか?死を知り、煩悩を知れば、死を超え、煩悩の鎖から逃れられる。
《解説》
あなたは肉体の死を恐れていないか?肉体はいつかは必ず滅びる。その死をむやみに恐れると、あなたの本当の死が見えなくなる。あなたが畏れるべきは、何かに縛られることだ。何かに縛られることは、あなたの道を邪魔することであり、それこそがあなたの本当の意味での死を意味する。ありのままに見つめよう。あなたを縛っているものは何かを。あなたを縛っている鎖が何かを知れば、その鎖が永続的なものではないことを知ることができる。その鎖は、智慧の剣で断ち切ることができるはずだ。ありのままに観よう。智慧の剣で、あなたの鎖を断ち切ろう。その鎖こそが、あなたの死であることを知ろう。鎖が断ち切られたとき、あなたは死から解放される。あなたの鎖を断ち切り、あなたの真の生を活かすとき。今、あなたはあなたの死を乗り越え、本物の生を活かすチャンスに恵まれたのだ。死を乗り越えるチャンスを得たあなたは実は最大の幸福者なのだ。

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羅刹天 8月天部1

羅刹天
[読み]らせつてん
[別名]羅刹王
[真言]オン ヂリチエイ ソワカ
[特徴] 十二天の一、八方天の一で、西南の護法神。羅刹には三種類がある。藥叉鬼神がその一。その二は無信仰な類。第三が墓場などを彷徨い、人を食らう鬼神。その羅刹の王が羅刹天。破壊・滅亡を司る神で、その破壊滅亡の力で、畏れることの大切さを示すことを本誓とする。その破壊の力によって一切の業苦をも取り除く神。

<<メッセージ1>>

自然は時に猛威を古い破壊をもたらす。しかし、その本質を見極めれば、破壊は創造の始まりであることを知る。
《解説》
暴風雨は樹木をなぎ倒し、建物をも破壊する。時には山さえも崩してしまう。大自然の破壊する力は、あまりにも圧倒的だ。その破壊の力は、大自然に対する畏敬の念を抱かせる。破壊は単なる破滅ではない。畏敬の念が生まれるということは、そこに信仰心を抱かせ、深める担い手にもなることを示している。人はいま環境破壊を進めている。大自然の破壊だ。その破壊は、次は大自然の猛威となって返ってくる。そのことは覚悟をせねばならない。自らが犯したことは、自らが刈り取らねばならないからだ。そのために、大いなる命は、大いなる慈悲の心を持って、時には破壊的なことをもたらす。その破壊が、実は自らの罪障の破壊にも繋がっていると知れば、破棄的なことにも感謝できる。大自然の破壊力に大いに感謝しよう。それは私たちが背負った罪障の破壊でもあるからだ。大いなる命は、人の恣意を超えた形で、衆生を救っていることを知るように。

<<メッセージ2>>

破壊は創造の始まり。今まで固執してきたことやあなたの小さな枠組みを破壊するときが来た。
《解説》
あなたのなかの固執しているものは何なのか?なぜ固執しているのか?あなたの枠組みは何なのか?多くの場合は、その枠組みに固執することで自分が自分であることを保とうとしている。しかし、その枠組みは本物の自分ではない。幻想を作り出し、新たな苦を作り出していく枠組みだ。その枠組みへの固執を破壊しよう。あとのことは考えなくてもよい。破壊することで、そのあとは自然に創造が始まる。あなたの枠組みを一層大きなものへ切り替えるときが来ている。

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恵比寿 8月天部2

恵比寿
[読み]えびす
[別名] 夷、戎、蛭子、恵比須、恵比寿
[真言]南無恵比寿(なむえびす)[特徴]七福神の一。日本の神。伊邪那岐・伊邪那美の両神の最初の子である蛭子と同体。海の向こうからやってきた神。大漁・商売繁盛・豊穣の神。

<<メッセージ1>>

「釣りして網せず」暴利を貪ることなく、清い心で財物を得よう。
《解説》
恵比寿は大漁の象徴である。しかし、手に持っているのは網ではなく釣竿である。網は、暴利を貪るシンボルであり、釣竿は適量を得ることである。自然は、その再生能力の範囲ならば、自然より利益を得ることを許している。しかし、それを超えると、循環システムに狂いが生じ、おおいなる災いをもたらしてくる。
心の一番奥底の微妙な心に従えば、決して暴利を貪ることはない。自らの心の奥底に従い、暴利を貪ることないように利益を得ていこう。

<<メッセージ2>>

生き続ける限りリベンジは可能だ。諦めることなく工夫を凝らして再チャレンジしよう。
《解説》
恵比寿は、失敗作として一度は親神に捨てられる。しかし、再び沿岸に漂着し、財物をもたらす神として、大いに祀られている。これは一失敗をしたからといって諦めてはならないというメッセージを含んだものだ。どんなことであっても諦めることなく再チャレンジしよう。その再チャレンジは、前のままではなく、工夫を凝らして、新たな形にしていくようにするとき。諦めかけていたことに、諦めずに、工夫を凝らして再チャレンジしよう。

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2008/07/20

一字金輪 7月仏部

一字金輪
[読み]いちじきんりん
[別名]金輪仏頂 一字頂輪王 奇特仏頂
[真言]ノウマクサーマンダーボダナン ボロン
[特徴]仏眼仏母と一具で、金剛界大日如来が胎蔵の月輪三昧に入っている姿という。浅い解釈ではボロン一字、に帰するから一字といい、また深い解釈では諸尊の功徳がこの尊に帰するから一字という。この一字真言を唱えると四方のすべての功徳が集められ修法の成就を助ける。その一字金輪の力が強すぎるので修法の功徳を蘇らせるために、一字金輪の後には必ず仏眼の真言を唱える。

<<メッセージ1>>

徳を円満させよう。布施・戒・忍辱・精進・禅定・般若の六波羅蜜を意識的に行ずる時だ。
《解説》
一字金輪は、すべての功徳を一字に収めた如来。大乗仏教の功徳の積み方の基本は、まず六波羅蜜にある。六波羅蜜とは布施・戒・忍辱・精進・禅定・般若の六つ。布施とは財を施し教えを広め他者の恐れを除くこと。戒とは、規律ある生活を送ること。忍辱とは、他者より辱めを受けてもじっと耐えること。これはやせ我慢ではない。精進とは、工夫に励むことを続けること。禅定と何かに集中し心を乱さないこと。般若とは、ものごとをありのままに見ること。これらの六波羅蜜を行じることで、徳を積んでいくことができる。密教では、布施は潤いに繋がるので水に、規律は身に着けることなので塗香に、忍辱は美しいものなので花に、精進は続けるものなので焼香に、禅定は心を満たすので飯に、般若は暗闇を照らすので灯明に、それぞれシンボル化させて六種供養として六波羅蜜を身に着けさせていく。
この六波羅蜜を行じつつ、ボロンの真言を繰り返し繰り返し唱えることで最上の徳を積むことができる。ただし、ボロンの真言は強力すぎるのでボロンの真言を唱え終わったら、かならず仏眼仏母の真言「ノウボウ バギャバトウ ウシュニシャオンロロ ソボロ ジンバラ チシュッタ シッタ ロシャニ サラバアラタサダニエイ ソワカ」を唱えること。

<<メッセージ2>>

あなたは光り輝いているか?輝きは障碍を消し去る。自他の最高の特徴とは何かを探し出し、それを最高に輝かせるときだ。
《解説》
諸尊は、この一字金輪に治められるいう。ただし、この一字金輪だけを祈ればよいというものではない。一字金輪の真言ボロンは、諸尊の特徴を最高に輝かせる力を持つ。その力は、あまりにも強大であるために、輝きがあまりにも強力であるために、仏眼の力で眼を確保せねばならないほどだ。
あなたの特徴を見つけ出し、その特徴を最大限に伸ばすとき。また、他者の特性を最高に引き出し、伸ばさせることを勧めている。
まずは自他共にありのままに観察しよう。そして、善悪の分別を超え、それぞれが持つ特徴をよく把握し、その特色を思い切り引き出そう。そこに一字金輪の真言を唱え、より集中することで、さらに輝きを増し、功徳を最大限に増進させることができる。

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地蔵菩薩 7月菩薩部

地蔵菩薩
[読み]じぞうぼさつ
[別名]悲願金剛 悲愍金剛 与願金剛
[真言]オン カカカビサンマエイ ソワカ
[特徴]大地が実り豊かに恵まれれば大いに笑いが出る。豊穣を象徴しているのが地蔵菩薩だ。また大地が堅牢なように、堅固な菩提心をも表し、衆生に代わって諸々の苦を得ても揺れ動かない。釈尊が涅槃に赴き弥勒菩薩が如来となるまでの間の仏であり、この世とあの世の境の中有の仏でもある。

<<メッセージ1>>

大いに笑え。大いに笑え。すでにあなたの大地は満たされている。笑う門には福来る。
《解説》
あなたの大地は大いなる実りをつけた。それを収穫するときが来た。大きく喜べ。大きく笑え。あなたは最大の実りの大地を得て、その実りをしっかりと受け取るときが来たのだ。守護尊カードは、あなたの揺れ動かない大智の力により、苦しむ人々を救うように促している。地蔵尊は堅固な菩提心の象徴でもあり、笑いの象徴でもある。あなたの笑顔が、あなたの笑い声が、あなたの大いなる悦びが、苦しむ人の苦を抜くことになるだろう。あなたは十分に実りを得た。次はその実りを他者を救うために大いに役立てていこう。

<<メッセージ2>>

あなたの大地の中には大いなる種子が秘められている。芽を出し、根を出し、大きく育て、大いに笑え。
《解説》
あなたの大地には既に種が植えられている。種を育てるためには、水が必要であり栄養が必要だ。六波羅蜜を行じよう。飢えるものには食を施し、乾くものには水を施し、持てない者に見返りのない財物を施し、心が乾くものには法を説いて潤してあげよう。自らの身だしなみを整え、生活のリズムを作って厳しすぎることのない規律正しい生活を行おう。怒ることなく辱めをよく忍ぼう。怠慢な心を統御し、努力に溺れることなく、工夫することに努力をし続けよう。止観・禅定などによって心を散乱することないように集中し、穏やかで静寂な心を保とう。ものごとを言葉で判断するのではなく、ありのままに見つめよう。あなたの行いは水となり栄養となって、あなたの大地の中の種を育てあげる。
その行いをするとき、難しい顔をするのではなく笑顔であるようにと、守護尊カードは伝えている。大いに笑い、あなたの道を歩むとき、あなたの中の種は増進し、根が張り、幹は太くなり、枝を張り、葉をつけ花を咲かせて、大きな果実へと繋がっていく。どんなに苦しくとも辛くとも、あなたは揺れ動かない大地を得て、そこには次なる種が蒔かれているのだ。大いに笑え。

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金剛鬘菩薩 7月供養部

金剛鬘菩薩
[読み]こんごうまんぼさつ
[別名]妙厳金剛  金剛華鬘
[真言]オン バザラマリ タラタ
[特徴]大日如来が、南方宝生如来を髪の花飾りをもって供養するために流出した菩薩。金剛界内四供養の一。花鬘は荘厳を意味する。醜き形を除いて、荘厳な形に飾りつけることである。それは外形的な飾りつけばかりでなく、内面の醜さをも取り除くことを意味している。

<<メッセージ1>>

荘厳は大いなるいのちへの感謝の現れ。心の奥底に従って、自身や周りを荘厳せよ。
《解説》
荘厳とは、そのものが持つ本質を大きく活かすための飾り付けのことである。本質を隠すための飾りつけではない。本質を活かすための飾り付けは、心を穏やかにし、悦びあふれるものである。大いに荘厳しよう。あなた自身の身体も、言葉も、心も、そしてあなたの周囲の環境も。その飾りつけは、大いなる命への感謝の気持ちを形に表したもの。一つ一つ丁寧に荘厳し、あなたの感謝の心を見える形で表現しよう。そのとき、その荘厳は大いなる命への感謝と共に、自分自身への感謝となっていく。


<<メッセージ2>>

身体を、できる範囲で最高にお洒落してみよう。まずは見た目をよくすること。そして、言葉のお洒落と、心のお洒落を心がけよう。
《解説》
お洒落は何のためにするのか自分自身が気持ち良いことはもちろんのこと、他者を喜ばせるためのもの。華美過ぎるお洒落は、失笑を買うが、あなた自身の本質を活かし、あなた自身を表現するお洒落は、あなたをも周りをも和ませる。まったく素のままもあなたそのものであるが、お洒落したたその姿もまたあなた自身のもの。あなたを表現しあなたに合った色を身に着けよう。あなたに合った素材を選ぼう。まずは見た目を飾り、あなた自身を飾り付け表現することは、大いなる命への感謝の表現に繋がっていく。この世に生まれ、この世で生きているそのことに対する感謝をあなた自身がお洒落することで見える形に表すのだ。そして、身体をお洒落にすると同時に言葉をお洒落にして、言葉で深い感謝を表現しよう。また心を爽やかにし、お洒落な心を心がけよう。言葉と心をお洒落にすると、また身体の飾りつけも一層深みのあるお洒落へとなっていく。守護尊カードは、眼に見える形でおしゃれに飾りつけることで、大きな命への感謝の気持ちの表現をすることを勧めている。

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軍荼利明王 7月守護部

軍荼利明王
[読み]ぐんだりみょうおう
[別名]甘露金剛・吉里吉里明王(きりきりみょうおう)
[真言]オン アミリテイウン ハッタ
[特徴]五大明王の一で、南方を守護する。宝生如来または虚空蔵菩薩の所変。

<<メッセージ1>>

水で身体を清め、心の中も洗い流そう。心の中が清まれば、福徳智慧を速やかに集めることができる。
《解説》
軍荼利明王は甘露水の象徴でもある。その甘露水で、身体を清めれば心も浄化される。沐浴や手を洗うこと、口を漱ぐことは、心の中の浄化にも繋がる。浄化されれば、そこには福徳智慧の二資糧を集めやすくなる。軍荼利明王は浄化の象徴。守護尊カードは、さまざまなことを浄化することで、新たな道が自然に開かれることを示している。

<<メッセージ2>>
飲食・感謝・懺悔で積もり積もった煩悩の種を洗い流そう。宝はその後に生じてくる。
《解説》
身体の垢は水で洗い流すことができる。身体の中は、食事を正しくすることにより、浄化されていく。口を水で注げば口内をきれいにでき、感謝は言葉を清めてくれる。懺悔の行いと懺悔の心が心の中の塵芥を除いてくれる。飲食や感謝・懺悔を深く深く意識することを守護尊カードは勧めてくれている。この浄化が行われれば、軍荼利明王の本体である宝生如来や虚空蔵菩薩は、あなたに大いなる宝をもたらしてくれるだろう。

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閻魔天 7月天部1

魔天
[読み]えんまてん
[別名]死王・黄泉國善賀羅王・料罪忿怒王・檀拏少忿怒王
[真言]ノウマク サーマンダーボダナン ヤマヤ ソワカ
[特徴] 十二天の一で南方を守護する神。地獄の王として、人間のなす罪の輕重・善惡を常に見ている神。御本地は地蔵菩薩。

<<メッセージ1>>

死さえも、あなたの思いを遮ることはできない。畏れることなく笑顔で前に進め。
《解説》

死を司る閻魔天は、あなたに死を克服することを伝えている。すべての死は終りではない。死を恐れる必要はない。あなたが強い信念を抱いたとき、それは死さえも克服することを閻魔天は伝えている。閻魔天の御本地である地蔵菩薩のように、笑顔で前に進むことを守護尊カードは勧めている。

<<メッセージ2>>

大いなるいのちに懺悔せよ。そして重荷を下ろし、感謝し、笑顔で新たな道を進むとき。
《解説》
閻魔天は、人の罪悪をよく知る神。だからこそ、今まで自分が犯してきた罪業を深く懺悔して、閻魔大王の前に重荷を下ろす必要がある。そして、懺悔できたことに深く感謝し、笑顔で閻魔大王の顔を見つめよう。深く懺悔をなした後は、忿怒の顔の閻魔ではなく、限りなく明るい笑顔をした地蔵菩薩がそいこに居ることを知ろう。閻魔は単純に罪を裁く天ではなく、その罪業を知る天であるからこそ、懺悔するものには慈悲深く笑顔で迎えてくれることを知ろう。

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寿老人 7月天部2

寿老人
[読み]じゅろうじん
[別名]南極老人星 寿老尊
[真言]南無寿老人(なむじゅろうじん)
[特徴]龍骨座のアルファ星(カノープル)を人として表した神で七福神の一。黒い頭巾をかぶり、経典を巻きつけた杖を左手に、団扇を右手に持ち、神の使いであり不老長寿や出世のシンボルである鹿を従えている。

<<メッセージ1>>

天下泰平の星が、あなたの頭上で輝いている。
《解説》
天下泰平のときにあらわれる星を象徴した神が寿老人。古代中国の皇帝たちは、寿星壇でこの寿老人を祀ったという。
かつて日本では、老・年寄とは智慧の象徴であった。江戸幕府の職制では「大老」「老中」「若年寄」「大奥の中老」があり、今でも相撲界では「年寄株」がある。都市を経ていくとは人生の知恵者となることであり、まさに吉祥事であった。
このカードが現れたあなたは、まさに天下泰平のときを迎えようとしている。それと同時に、この寿老人を祀ることによりあなた自身が天下泰平へとつながっていくときだ。あなたじゃ吉祥につつまれていることを知ろう。

<<メッセージ2>>

争いごとを治め、すべての事物を平和に包み込むとき、あなた自身も平和となる。平和を祈り感謝せよ。
《解説》
寿老人は天下泰平の象徴。まさに平和を象徴している。守護尊カードは、平和を望んでいる。平和が目前であることを語っている。自分ばかりでなく、あなたの周りのすべての人・物・出来事を平和で包み込むとき、外的にも内的にもあなた自身が平和となる。平和を祈り、その平和を祈ろう。

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2008/06/21

宝生如来 6月仏部

宝生如来
[読み]ほうしょうにょらい
[真言]オン アラタンノウ サンバンバ タラク

[特徴]金剛界四仏の一。南方の如来。宝が出生するという意味。
宝を生むのではなく、宝が自然に生じてくる如来で、平等性智を司り、福徳を生じる。灌頂・布施を象徴する。四親近は、金剛宝・金剛光・金剛幢・金剛笑。目標や目的。無限の価値などをも象徴する。

<<メッセージ1>>
大いに与えよ。他者を潤す者こそ、真の意味で自らも潤す。

《解説》
密教では宝生如来は、施すことを象徴する。施しのシンボルは水。水がノドの渇きを潤すように、お金や物による施しは肉体的に生きる支えとなり、教えを施すことは精神的に生きる支えとなる。真に価値あるものは何かを見極め、物にせよ、教えにせよ、自らが手にしたものを他者に施そう。他者によく施しをする者こそが、誰よりも自らが最も潤っていくものである。

<<メッセージ2>>

心身ともに乾いていないか?水分を適度に摂り身体に潤いを。仏法を見聞きして心に潤いを。自他共に心身に潤いを。
《解説》
大乗仏教の最初で最大の修行は布施行だといわれる。自ら持てるもの(お金や物でも教えでもよい)を他者に施し、周りを潤すことであなた自身が最大に潤される。心身に潤いを与え、施しの行をおこなおう。そこからあなた自身の真の価値とは何かが見えてくる。お水をお供えすることで、潤いを与え渇きを癒すことに意識を傾けることもできる。潤いは施しに繋がる。心身ともに乾いていたら、宝生如来に施しのシンボルであるお水を供え、自らそれを飲み干そう。法話を聞いたり、書物を読んだり、仏像仏画を見たり作ったりしよう。そして、一人でも多くの人に心身の潤いを与える施しをしよう。

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虚空蔵菩薩 6月菩薩部

虚空蔵菩薩
[読み]こくうぞうぼさつ
[別名]金剛宝・如意金剛・富貴金剛・無尽金剛
[真言]ノウボウ アキャシャギャラバヤ オン アリキャマリボリ ソワカ

[特徴] 宇宙の蔵を意味し、福徳智慧の二資糧を満たす菩薩。金剛宝菩薩と同体。光炎を発する宝珠を象徴とする。また明星(金星)を象徴ともすることあり。あらゆることを憶持する求聞持法の本尊とする(求聞持法は他の尊を本尊にする場合もある)。十三参りはそこから得られた智慧に結び付けられ信仰されている。

<<メッセージ1>>
平等とは均一化ではない。各々の特性を生かすことこそ、真の平等である。その特性こそ、最大の宝であることを知ろう。
《解説》
平等とは何なのだろうか?均一化という謝った平等観を捨て去って、各々が持つ特性を生かすことに注意を払おう。特性があるからこそ、価値が生じる。その価値とは、低い高いではない。ダイヤモンドという宝石さえも、人によっては大切な至極の宝石であり、人によっては金属を磨く道具であり、人によっては無用の長物である。同じものでも、人によってその価値は異なってくる。しかし、人によってその価値が異なるからこそ、各々が持つ個性が重要になってくる。人の顔が、全く同じであることはない。群がる蟻も、一体一体個性があるという。制服という服装さえも人によって着こなしが異なり全く別物に見えることがある。自分の価値基準を他者に押し付ける均一化という平等ではなく、個性を見出す平等性に眼を向けよう。平等とは、大きな価値を見出すことでもあるのだ。


<<メッセージ2>>

欲しければ、それ以上に持てるものを他者に与えよ。与えれば思わぬ方向から願い以上のものを得ることができる。
《解説》
何かを手に持っていると、他のものを持つことはできない。物にせよ、考えにせよ、教えにせよ、あなたが持っているものを、他者に与えよう。ただし、それは相手に見返りを求めて与えることではない。取引とは異なる。神社仏閣教会への寄付でも良い。事前団体への寄付でも良い。自らの労働を無償提供することも可能だろうし、教えを他者に語ることも良いだろう。おびえる人の傍に居てあげるのもよい。笑顔で語り、優しい言葉をかけるのも他者への無償の施し。
光が与えれば影ができる。光が強ければ強いほど、濃く深い影ができる。自らの利益を求めず他者に施すものは、あらゆる方向からの光を得て、この深き影から逃れることができる。虚空蔵菩薩は、利益を求めず施しをする者の深く濃い影を照らし出し、影を消滅させる。
すでにあなたは満たされていることを知ろう。欠けていると感じるの、他者に手渡していないからだ。あなたの大切なもので他者へ施しをしよう。そして虚空蔵菩薩に祈りを捧げることで、あなたの影は消えていくだろう。



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金剛索菩薩 6月供養部

金剛索菩薩
[読み]こんごうさくぼさつ
[別名]等引金剛・慈引金剛
[真言]オン バザラハシャ ウン

[特徴]金剛界四摂菩薩の一。金剛界曼荼羅の南門に位地する。大日如来より出で、慈悲心で衆生を仏法に等しく引き入れることを象徴する。

<<メッセージ1>>
慈しみの心をもって、平等に人物事物を招き入れよう。未知なる世界に飛び込み、他者と共に語り、他者と共に行動をするとき。
《解説》
あなた自身は、大いなる命の大慈悲心によってすでに神仏の世界に引き入れられている。あなたは大慈悲心に包まれている。それゆえに、未知なる世界に飛び込んで、慈しみの心をもって、他者と語りと他者と行動を共にしよう。共に語り共に行動することで、自他の区別なく相手もまた大いなる命の大慈悲心に包まれる。

<<メッセージ2>>
すでに縁を得ているにもかかわらず、一歩踏み出すことをためらっていないか?門の前でためらっていないか?思い切って門の中に入ってみよう。
《解説》
門の中に入らねばならないことを知っているのに、門の前でためらう。多くの人がこうした経験をしている。。大いなる命が大慈悲心をもってあなたを中に引き入れようとしている。怖がることはない。すでにあなたは慈しみの心で包まれているのだ。
もう一つあなたには伝えられようとしていることがある。自らが大いなる命の門の中に入るのと同時に、あなた自身が他者を慈しみの心を持って引き入れるときが来ている。未知なるものも既知なるものも、人物も事物も、平等に中に引き入れ、そして自らもためらいを捨て思い切って門の中に入ろう。

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増長天 6月守護部

増長天
[読み]ぞうじょうてん
[別名] 毘廬勒叉善神
[真言]オン ビロダキャヤシャ ジハタエイ ソワカ

[特徴]四天王の一。鳩槃多・毘廬擇などの二十八将の鬼類を眷族とする。般若守護十六善神の一。威徳を増長させることを本誓とし、万物をよく生み出す徳を象徴する。

<<メッセージ1>>
心身ともにエネルギーが増大している。あなた自身を守ると同時に他者をも守る力に満ち満ちている。
《解説》
増長天は南方の守護神である。エネルギーや威徳の増大をも司る。守護尊カードは
あなたがエネルギーに満ち満ちていることを告げている。増長天は鬼神の頭領でもある。あなたの中の鬼神のような力強いエネルギーを昇華しそのエネルギーを自分を守ることはもちろん、他者をも自分のように守ることを求めている。、

<<メッセージ2>>
怒りのエネルギーも、邪な思いも、使い方によっては威徳を増長させる。感情に振り回されることなく、強き思いをよくコントロールせよ。
《解説》
荒々しい感情を押さえつけようとすると、かえってその力で自分自身が振り回されてしまう。その力を押さえつけてはならない。荒々しい感情は大いなる破壊をもたらす。破壊の後に創造があるように、善にも悪にもエネルギーが増大している。破壊をするなら、悪習を破壊しよう。悪癖を破壊しよう。そして新たな習慣づけを行うことで、あなたの中の偉大なエネルギーをコントロールしよう。

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韋駄天 6月天部1

韋駄天
[読み]いだてん
[別名]陰天・私建陀・塞建陀・違陀天
[真言]オン イダテイタ モコテイタ ソワカ

[特徴]増長天の八将の一。伽藍の守護神として尊崇される。シヴァ神(大自在天)の子で、六人の乳母に育てられたために六つの顔を持つ。鬼神の首領。韋駄天の韋は建の誤写とされ、そこから韋駄天という名前が生まれたという。俗説で、捷疾鬼が仏舎利を持って逃げた際に、これに追いつき取り戻したことから足の速い韋駄天走りという言葉が生まれた。経典では塞建陀の名が使われる。

<<メッセージ1>>
韋駄天の足を得た。すべてのものに追いつくことができ、すべてのものが追いつけない。まさにスピードアップのときだ。
《解説》
韋駄天走りは経典に根拠があるものではなく、伝承の中で生まれた言葉。ギリシア神話のヘルメスになぞらえ、足の速い神として尊崇されている。韋駄天を情報の象徴と捉えてもよい。
あなたは走ることを求められている。今、あなたには韋駄天が守っているから安心だ。今またはこれから行うことをスピードアップしても良い時期だ。アクセル全開で、前に進め。

<<メッセージ2>>
情報を手にしているのに放っていないか?素早い足を持っているのに、遅れていないか?止まっていないか?情報を見つめなおし、その足で素早く走るときがきている。
《解説》
どんなにすばらしい情報があっても、それを使わなければそれは情報ではない。情報は英語に直すとintelligennce。つまり知性を意味する。使ってこそ情報だ。その情報を素早く使うときがきている。寝ていたり座っているのならば、立ち上がって情報を使え。とまっていたり、遅れているのならば、素早く行動せよ。素早い動きと情報の活用があなたに求められている。

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鬼子母神 6月天部2

鬼子母神
[読み]きしもじん
[別名]訶利帝母・歓喜母・天母・青色鬼・愛子母
[真言]オン ドントマリギャキテイ ソワカ

[特徴]。
半支迦という夜叉の妻で五百人の子供が居た。鬼子母神は人間の子供を捉えては食べていた。それをとめるべく釈尊は彼女の末娘を隠してしまう。それに怒り狂った鬼子母神だが、一子を思う母の心を釈尊に説法され、子供を返してもらった後は、子供の守護神となり、仏法を守る善神になったという伝説がある。五百人の子供が居ることから、子授けや出産・育児の象徴でもある。人の子を食べることを諦めたために、そのかわりに赤い血のような果汁を出す柘榴を好んで食べるようになった。

<<メッセージ1>>
母親が一子を思うような慈しみの心で、事物を育てよう。
《解説》
母は自分の肉体の一部として子を産み、育てる。その愛情の深さは計り知れない。自分の命よりも、もっともっと大切に思うからだ。この愛情を、自分の子や家族ばかりでなく、他者へも、また居他の生き物へも、そしてありとあらゆる事物へと広げていくとき、大いなる慈母の心となる。
ありとあらゆる事物に対し、自分の子供のように見つめたとき、あなた自身が大いなる命の最大限の愛情の深さを実感する。守護尊カードは語る。その慈母の心を、ありとあらゆるものに向け、あなた自身が最大限の慈母の心を知るとき来ていると。

<<メッセージ2>>

自分の中の悪鬼を探し、そのエネルギーを昇華せよ。子や家族を愛するのは自分ばかりではない。他者もまた同じように、子を愛し家族を愛するものであることを知ろう。
《解説》
鬼子母神は自分の子さえ良ければ好いという考えで、人間の子を食らってきた。その独善的な考えも、実は自分と自分の子の愛しさゆえの蒙昧であった。子供や家族への愛情は人の心を潤すが、一方では他者はどうなってもいいという排他主義の裏面もあることを知らねばならない。釈尊に出会うまでの鬼子母神は、まさに愛ゆえに盲目になった鬼女であった。しかし、自分の子が行方不明になり、半狂乱と成ったときに初めて知る。自分に子を食らわれた親は、今の自分と同じように半狂乱になったに違いないと。そこから彼女は大きく変化し、すべての子供の守護神となり、母親の愛情のシンボルとなっていく。
最初は、自分の子供のみ、家族のみの愛情であってもよい。その愛情をとことん追求することも時には大切だ。しかし、子供や家族を愛するのは自分だけではない。他者もまた同じであることを知るときが来ていると、守護尊カードは語っているのだ。
自分の中の愛に溺れた鬼女の側面を見つめよう。そして、その愛情は実は大慈心と表裏一体であり、他者の気持ちを知り、他者をもその愛情で包もうと決意したとき、あなたの中の鬼女は消え、誰よりも愛情深い慈しみに満ちた存在となるだろう。

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2008/05/21

普賢菩薩 5月仏部

普賢菩薩
[読み]ふげんぼさつ
[真言]オン サンマヤサトバン

[特徴]文殊菩薩と共に釈迦如来の脇侍、胎蔵中台八葉院の四菩薩の一、金剛界曼荼羅金剛薩埵よ同体。金剛心、菩提心、徳、大捨無量心を司る。菩提行をよく行じ衆生をよく引導する菩薩で、一切平等建立如来でもある。宇宙がなくなるまで、衆生が居なくなるまで、衆生の業がなくなるまで、衆生の煩悩がなくなるまで、自らの願いは尽きることがないという衆生済度の大誓願を立てている。

<<メッセージ1>>
何かを得るには手に持っているものを手放さねばならない。物事に執着せず、勇気をもって進め。あなたは願いそのものだ。既に目的に到達したのと同じだ。
《解説》
普賢菩薩は堅固な菩提心を表す。菩提心は、花にたとえるならば種。種が植えられるからこそ、芽が出て、根が出て、花も咲かせ、実もなる。種こそがすべての始まりである。逆に言えば、種をしっかりと蒔けば、収穫も得られたと同じことである。それと同じようにすでに種は植えられている。それを上手に育てさえすれば目的に到達したことと同じなのだ。さらに普賢菩薩は、四無量心のうち、大捨無量心を司る。手に何かを持っていると、次なるものをつかむことはできない。どこかに放り出さなくてもいい。その場に手に持てるものを置き、まず手の内を空にすることだ。そうすれば、果実を得ることができる。持てるものを手放すことで、次なる果実を得られたと確信して欲しい。
自らの胸の辺りに大きな月輪(柔らかに光り輝く満月)を想いうかべ、そこにあなたが行おうとしていることのシンボルを置くことだ。そのシンボルは、文字であってもよい。何か形であってもよい。そのシンボルを心に置くことで、あなたの意志はより堅固になっていくだろう。

<<メッセージ2>>
何かに執着していないか?あれもこれもと欲張っていないか?持てるものを手放して、他者を潤おそう。直接、自分に利得のない分野へ供することにより、より大きなものを得ることができる。
 《解説》
何かに執着していると、そこから身動きが取れなくなる。身動きが取れないとせっかくの果実を得ることができない。執着心を離れなければ成らないときが来ている。
だからといって、執着心から遠ざかるには布施ががもっとも有効だ。自ら持てるものを持てないものに提供することで執着から離れていく。特に、見返りのない分野へ提供することは大切だ。大成功を収めたものが、自らの得にならない分野へ寄付するのは、布施の効果や意味を本能的に分かっているからだ。成功してからではない。成功する前に提供しよう。普賢菩薩に祈りを捧げ、今すぐにあなたの持てるものを持てないものに手渡そう。そうすることで、空になったあなたの手元に、望むものよりも大きなものがやってくる。

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般若菩薩 5月菩薩部

般若菩薩
[読み]はんにゃぼさつ
[真言] オン チシュリ シュロタ ビジャエイ ソワカ 

[特徴] 智慧である般若波羅蜜は暴風雨にも微動だにしない、山の中の王の須弥山に喩えられる。全てのものを受け入れる大海にも喩えられる。般若菩薩は般若波羅蜜の象徴。尊形は女尊。そのために仏母・覚母とも呼ばれる。般若心経の真言「ギャーテイ ギャーテイ ハーラーギャーテイ ハラソウギャーテイ ボウジー ソワカ」は、大般若菩薩の大心真言とされる。

<<メッセージ1>>

暗闇を照らせ。ありのままに見よ。右でも左でもない。上でも下でもない。あなたの求めるものはここにある。
《解説》
真っ暗闇を照らすときには灯火が要る。灯火があれば、暗闇で見えなかったものが見えるようになる。灯火は般若の象徴。灯火と同じように般若(智慧)は、暗闇を照らし出す智慧。もっと進めて言えばと、特別に得るものではない。誰もが備わっている、ありのままに物事を観ることを般若という。般若の灯火で心の中を照らし出すと、必要としていたものはどこか遠くにあるのではなく、目の前にあることに気づく。目の前にあったのに、暗闇でそれに気づかなかっただけなのだ。
あなたの暗闇に光を当て、物事をありのままに観ることを勧めている。そうすることで、本当に大切なものを見つけ出すことができる。

<<メッセージ2>>
真実から目を逸らしていないか?暗闇の中でもがいていないか?光を照らしありのままに見ることで、今の苦しみから解放される。
 《解説》
暗闇の中では、いたずらに不安が募っていく。悲しみや苦しみの想像が膨れ上がり、自分自身で巨大な怪物を作り上げてしまうのだ。しかし、実際にはそのような怪物など居るわけではない。ただ自分の恐れが引き起こしているに過ぎないのだ。その怪物から逃れるためには、ものごとをありのままに見つめ、それを受け入れることから始めねばならない
暗くした部屋に、蝋燭などで灯火をつけ、般若心経をお唱えすることだ。部屋を暗くすることで、蝋燭の明るさを実感できる。「暗闇に包まれた人生こそが、実は明かりの意味を知る最大のチャンス」ということを知るとき。般若菩薩に祈りを捧げ、あなたの暗闇を照らして、ありのままに見よ。そこには恐れるものは何もない。

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金剛香菩薩 5月供養部

金剛香菩薩
[読み]こんごうこう
[真言] オン バザラドベイ アク

[特徴]金剛界外四供養菩薩の一。アシュク如来が、大日如来を供養するために流出した菩薩。香を焚くと速やかに広がるところから速疾を意味し、香が悪臭を消すところから煩悩という悪臭を消しさる適悦無碍の智を司る。

<<メッセージ1>>
薫香は素早く部屋の中を広がるように、あなたの思いも素早く広げるときだ。悪臭を消し去ろう。悪習を断ち、速やかに行動し、工夫努力を続けるとき。
《解説》
薫香は焚き続けるもの。続けることは継続を意味し、精進を重ねていくことを象徴する。また悪臭漂う場所でも、香りよい薫香を焚けば、心地よい香りへと変わっていく。薫香は素早さと、悪い習慣を断つことを意味する。
今までの悪習を断ち、速やかにあなたの心の底の思いを達成することを望んでいる。そのためには、速やかに行動し、工夫することを続けることが重要な鍵だ。精進せよ。

<<メッセージ2>>
悪習という悪臭を放っていないか?自らに戒め、精進を続けることにより悪習から開放される。
 《解説》
 今までの生活の中で、知らぬ間に身についている習慣。そのなかでも、悪しき習慣は悪臭のように周りを辟易させるものだ。十善戒などの善き習慣を身に着けることで悪習を断つことができる。
部屋に薫香を焚き、精進をしていくことに意識を傾けることを、あなたに勧めている。まず一つの善き習慣を身につけ、悪習を断て。何度も何度も繰り返し繰り返し、善き習慣が身につくように、工夫努力し続けよう。

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不動明王 5月守護部

不動明王
[読み]ふどうみょうおう
[真言] ノウマク サーマンダー バーザラダン センダー マーカロシャーダー 
ソハタヤ ウン タラター カン マン

[特徴]大日如来が変化(へんげ)した尊。行者をよく守護し、よく仕え、仏法を障碍するものを断つ。忿怒の姿をするのは煩悩を憎むためであり、体から出る炎は煩悩を燃やし尽くすためのもの。内には慈悲の心を秘め、いつも衆生を救うわんと思っているために額には水波の皺があり、独り子を救うような慈悲をたれることを意味する弁髪を左肩に垂らしている。右手には煩悩を切り裂く般若利剣を持ち、左手には畏れて逃げ出す衆生を繋ぎ留める羂索を持っている。どの尊よりも早く願い事をかなえてくれる尊でもあり、日本ではもっとも人気のある仏の一人。

<<メッセージ1>>
中心軸がぶれないこと。中心軸がぶれなければ自由自在に動ける。今こそ動くとき。何事にも尽力せよ。
《解説》
不動明王は、その名前に反し最もよく動く仏である。では、なぜ不動明王なのか?スポーツや武道をするとよく分かるのだが、中心軸がぶれないものこそがもっとも自由自在に動くことができる。まさに、この中心軸がぶれない仏が不動明王。仏法の中心軸は、菩提心。堅固な菩提心を象徴する仏であるからこそ、もっともよく動くことができる。
今こそ行動のときであることを告げている。ただし、そのためには、心の中心軸をしっかりと保つことがキーワードだ。

<<メッセージ2>>
重荷を背負っていないか?重荷を下ろすときが来ている。神仏に懺悔せよ。そのとき望みが叶えられる
 《解説》
不動尊は、行者の懺悔を数えて、その望みを叶えることを誓願としている。生まれ生まれ死に死に、何度も繰り返してきた生。その間に私たちはあまりにも多くの罪障を背負ってしまっている。それは意識したものもあれば無意識のものもあるはずだ。その重荷を背負ったまま歩くと手足が自由に動かなくなる。その重荷を下ろすことを勧めている。重荷を下ろすには、懺悔がもっとも効果的だ。神仏に向かって礼拝し、その一回一回の礼拝のたびに、自分の背負った罪業が一つ一つ消えるとイメージする。懺悔によって、しがみついていた罪業を手放そう。手放せば次なるものが手に入る。欲しければ手放すこと。懺悔によって、罪業を手放し、あなたが本当に必要とするものを、その手につかもう。

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火天 5月天部1

火天
[読み]かてん
[真言]オン アギャノエイ ソワカ

[特徴] 十二天の一。西方の守護天。インドのアグミこと。人間と天の神々の仲介者として火の神として古くからインドで尊崇される。火を燃やし、その中に供物を入れるといち早く煙となって天に昇るからである。また水の難がある場合、煩悩を焼き尽くすには火天に祈ると良いとされる。さらに、火天が喜ぶときには、人身の熱気が時にしたがって増減し、時節の温暖が順調であるという。
火天に十二の火があるという。智火(増益)・行満(息災)・風燥・三角赤色(敬愛)・仁恵哀憐・忿怒(降伏)・温腹・費耗・意生・受食・悉成などがそれである。

<<メッセージ1>>
あなた自身が炎となって、周りを温め、暗闇を照らし出せ。
《解説》
火を用いることで、人類は知恵を増進させていくことができた。暗闇を照らし出し、食物に火を通すようになり、大いなるエネルギーを活用するようになった。また火は智慧の象徴。智慧は煩悩を燃やし尽くす。
周りに明かりがなくても、あなた自身が灯火となれば、他者の消えた灯明に火を点けることができる。一つの灯火が万灯へと連なっていく。
 暗闇に灯火を点け、明るく照らし出そう。寒く凍える場所では、炎によって温めていこう。身体も言葉も心の内も、炎の持つ力を上手に活用し、力強く温かく、活かしていくときが今だ。

<<メッセージ2>>
願いばかりを望んでいないか?あなたの煩悩をまず燃やせ。その火は智慧であり、周りやあなた自身を温め、光を与えてくれる。その火はあなたの願いを速やかに叶えてくれる。

《解説》
火は煩悩を燃やす智慧の象徴。智慧を使い、周囲を利益しよう。周りを利益することによってあなた自身が誰よりも利益を得ることができる。火天に祈ると天にいち早く願いが届くという。智慧の火により煩悩を燃やすことによって、あなたの願いはかなえられる。

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福禄寿 5月天部2

福禄寿
[読み]ふくろくじゅ
[真言]ナム フクロクジュ

[特徴] 七福神の一。福(幸運・子孫繁栄)・禄(財産)・寿(長命長寿)の化身。。短身、長頭で、ひげが多く、経巻を結びつけた杖を携え、多く鶴を従えている。中国では南極星の化身。

<<メッセージ1>>
幸運・財運・長寿に守られている。今の自分に十分感謝しよう。
《解説》
中国では、三つの徳を大切にしている。福(幸運・子孫繁栄)・禄(財産)・寿(長命長寿)がそれだ。人には天が定めた命数がある。長い短いは他者が決めることではなく、その人自身が感じること。守護尊カードは、今の自分とその環境に深く感謝の祈りを捧げることを臨んでいる。ありがとう。随意となえることで、三つの福徳がますます増進していくだろう。

<<メッセージ2>>
幸福になりたい、財運に恵まれたい、長寿で居たいと願ってないか?希望は今の自分の否定であり、今の自分が福徳に恵まれていないと宣言することになってしまう。希望するより感謝せよ。今の自分にも未来の自分にも感謝するとき、真の福徳は引き寄せなくても向こうからやってくる。
 《解説》
守護尊カードは、あなたに「望む」ことよりも「感謝する」ことを勧めている。幸運は自ら引きよせるものではなく、向こうからやってくるように見える。より大きな視野で見ると、それはやってくるのではなく、実は自分の思念が作り出しているものであることがわかる。「しあわせになりたい」「おかねもちになりたい」「長生きしたい」と願うことは、現状を否定しているに他ならない。今の自分をまず認めるところから始めよう。そしょいてそれを大いなる命に感謝するとき、寿老人はあなたと共にある。

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2008/04/21

薬師如来 4月仏部

薬師如来   [読み]やくしにょらい  [別名]医王・瑠璃光王
[真言]オン コロコロセンダリマトウギ ソワカ 

[特徴]東方瑠璃光浄土の主。十二本願を持つ。釈尊がよく人の心の治療者であったことから、その治病の面が人格化した如来。月光・日光に両菩薩を脇侍とする。十二本願とは、相好具足・二光明照被・所求満足・安立大乗・持戒清浄・諸根完具・除病安楽・転女成男・去邪趣正・息災離苦・飢餓飽満・荘具豊満のことで、そのために日本では国分寺が各國に作られた際に本尊を薬師如来とした。

<<メッセージ1>>
三種の薬あり。下薬はいわゆる治病の薬。中薬は毎日摂る食事。上薬は常に行っている呼吸。呼吸と食事を整え心身を整えるとき
《解説》 仏教経典に、三薬が説かれているわけではない。道教の『神農経』と呼ばれるものに、上薬、中薬、下薬が説かれている。下薬は除病、中薬は養性、上薬は養生の薬とされる。上薬は毒性がなく、下薬は毒性ありとも言われている。この薬を人に約せば薬師如来となる。毒性がなく心身を養生するものといえば常に行っている呼吸。毎日定時に摂り、身体を整え、医食同源とするのが食事。病になったときに。その除病のときに用いるのがいわゆるお薬。薬よりも、呼吸と食事に意識を傾ければ、より心身が健康。

<<メッセージ2>>
薬を使い過ぎていないか?食事を取りすぎたり、偏ったりしていないか?呼吸が浅くなっていないか?過ぎたるはなおおよばざるが如し。呼吸も食事も薬も適度にする必要がある。 
《解説》 病を治すときには薬を使う。ただその病に対しての効能の部分にばかり目が注がれ、副作用に関してはあまり注視されない。そのために、病は癒えても別の病に罹り、また別の薬を飲まざるを得なくなったりする例は少なくない。また、本来は少量を一時期だけ飲むべき薬を連続使用することで、その使用量が徐々に増えていき、ついにはどんなに多量に使用しても効果がなくなってしまう例もある。目先の病を癒す薬は徐々に減らしていく必要がある。その代わりに、食事や呼吸により体質改善と心身の安定を図り、心身全体として健康を維持していくことが大切。その食事も摂り過ぎると栄養過多になり、偏食するとバランスを失う。呼吸も同じで、吸うことばかりに気を取られると過呼吸になりやすく心身のバランスを失う。薬も食事も呼吸もその心身に合わせた適度なものが必要だ。
 薬や食事と呼吸のバランスを求めている。また薬ばかりでなく、何事においても過度になり過ぎないようにバランスを保つこと。

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月光菩薩 4月菩薩部

月光菩薩  [読み]がっこうぼさつ[別名]清涼金剛 適悦金剛 威徳金剛
[真言] オン センダラ ハラバヤ ソワカ 

[特徴]日光菩薩と共に薬師如来の脇侍。月は清涼感を与えてくれる。その月を象徴する月光菩薩は、煩悩の灼熱に苦しむものに清涼感を与え、そのやさしい月の光は慈愛を示す。また、三日月は別名を磨鉱といい、これから修行を行っていくことを象徴し、十三夜は円満する直前の美しさを表している。満月は円満する菩提心を表し、十六分月は、十六空または十六大菩薩を象徴する。童子形。

<<メッセージ1>>
月のメッセージを受け取ろう。月はあなたに多くを語りかけている。
《解説》
月を十六に分ける観想がある。堅固な菩提心を表し、不動の意志を象徴する金剛薩?・金剛王・金剛愛・金剛喜。福徳を表し、価値や目標を象徴する金剛宝・金剛光・金剛幢・金剛笑。智慧と慈悲を象徴し、知識や情報(informationではなくintelligennce)を表す金剛法・金剛利・金剛因・金剛語。円満する事業活全動を象徴する金剛業・金剛護・金剛牙・金剛拳。これら十六の菩薩を月に配当させ、この十六大菩薩が円満したものを満月とする観想である。これは月には多くの意味が含まれていることも象徴している。ここからどんな意味を見出すかはあなた次第だ。
あなたに月を実際に見ることと、あなたが観想で月を観ることの両者を勧められる。そして、そのどちらからもあなたへ多くのメッセージを発していることを知ろう。

<<メッセージ2>>
月は満ち欠けする。満ち欠けは命の躍動。月の光は優しい慈愛の光。月はツキを呼ぶ。
《解説》
世の中悪いことばかりではない。厭なこともあれば、良きことも必ず起きる。それは月が満ち欠けするのと同じだ。しかし、月は実際に満ち欠けするのではなく、地球の陰に隠れて欠けているように見えるだけだ。実際の月は満月そのもの。同じように人の心も満月そのもので、煩悩という雲霧によって満ち欠けしているように見えるだけなのだ。しかし、この満ち欠けこそが命の躍動。煩悩があるからこそ覚りを実感できる。煩悩は昇華すれば、大慈悲に繋がる。
満ち欠けすることを嘆くのではなく、満ち欠けするからこそさまざまなことに気づくことができることを感謝しよう。その感謝は、人生の大いなるツキを招く。

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金剛嬉菩薩 4月供養部

金剛嬉菩薩  [読み]こんごうきぼさつ  [別名]金剛嬉戯 普敬金剛
[真言]オン バザララサ コク

[特徴]金剛界内四供養菩薩の第一。大日如来が阿?如来のために流出した菩薩。不動の菩提心を衆生が発すことを悦ぶことを象徴する

<<メッセージ1>>
既に道を歩み始めている。大いに喜ぼう。大いに悦ぼう。深く感謝しよう。
《解説》
自分自身がこの世に生かされ、自分らしく生きることができることに深く感謝しよう。それは心の奥底の喜びに繋がるものであり、世間的な目先の悦びとは根本的に異なっている。心の奥底からの喜びは、世間的な皮相的な悦びを打ち破り乗り越える力を持つ。世間的な悦びが刹那的なものに対して、心の奥底の喜びは永続的なものである。守護尊カードは、あなたは既にその心の奥底の喜びにつながる道を歩んでいることを示している。そのことを大いに喜べ。大いに悦べ。大いなる堅固な意志に支えられたその道を邁進できることに深く感謝しよう。

<<メッセージ2>>
どんな時に、どんなことに、嬉しさを感じるのか?それは永続的なのか?刹那的なのか?貪るような悦びを超え、心の奥底からの悦びを感じるときが来た。
《解説》
この世に現れたものは、全て大いなる意志の顕れである。大いなる命の中で生かされているからこそ、その命を生かすときに、心の奥底からの永続的な喜びを感じることができる。それは刹那的な世間的な悦びと、表層的には似ているが、実態としては全く異なったものである。
あなたはどんな時に、心の奥底から打ち震えるような喜びを感じるのか?どんなことに、永続的な勇気あふれる喜びを見出すのか?その喜びを見出すときが来ていることをあなたに。あなたがこの世に生まれ、その肉体を持って生まれてきた意味を見つけ、大いに喜ぶときが来ているのだ。このチャンスに大いに感謝し、心の奥底の声に耳を傾けよう。

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降三世明王 4月守護部

降三世明王  [読み]ごうざんぜみょうおう   [別名]金剛吽迦羅
[真言]オン ソンバ ニソンバ ウン バザラウン ハッタ 

[特徴] 五大明王の一。東方を守護し、アシュク如来または大日如来、金剛薩?の所変とされる。三毒(貪瞋痴)三世(現在過去未来)三界(欲界・色界・無色界)三密(身口意)三身(法身・報身・応身)の毒をを象徴する大自在天・烏摩妃を踏みつけ倒し、新たな命を与える明王。

<<メッセージ1>>
大いなる力を得た。揺れ動かない強き思いが、邪魔するすべてを打ち砕き、新たな命を吹き込ませる。
《解説》
降三世明王は、菩提心の象徴である阿?如来や金剛薩?の所変した姿。ありとあらゆる煩悩を踏み倒す力を持つ。そしてその力は、倒した相手を生まれ変わらせ、大いなる力へと変成させる。堅固な菩提心は、煩悩を摧破し、煩悩即菩提の大いなる秘密をもたらしてくれる。

<<メッセージ2>>
貪っていないか?怒っていないか?流されていないか?物や過去に囚われていないか?未来を恐れていないか?自分の中の毒を踏みつけ、新たなものに。
《解説》
あれもこれも欲しいという欲望に振り回されたり、怒りに我を忘れたり、よく確かめもせずに他者の言葉に流されたりすると、そこはまさに荒れ狂う波の中。過去の出来事に執着したり、やまだ起きても居ない未来を恐れたりすると今を生きていることを忘れ、そこもまた苦しみの海。自分に中の毒を見つけよう。自分の中の執着を知ろう。それらの毒を堅固な思いで砕いてしまおう。破壊の後に創造があることを知れば、毒は使い方で薬になり、執着も堅固な思いに連なり精進へと繋がっていく。

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帝釈天 4月天部1

帝釈天  [読み]たいしゃくてん  [別名]天帝
[真言]オン インダラヤ ソワカ 

[特徴]八方天、十二天の一。東方の守護神。須弥山の主で、他の三十二天を統率する。仏法守護、鎮護国家、済世利民の天として梵天と対をなす。元々は雷雨神で、その威力が絶大であることから尊崇された。雷撃をもって魔を打ち滅ぼす神であり、雷撃の象徴として独鈷杵を持つ。帝釈天の住む城は喜見城という。喜見城の外の隅には善法堂がある。ここに諸天が集まり衆生の善悪を見極める。喜見城の内には殊勝殿がある。無量の財宝が蓄えられている。よく衆生を守り財宝を与えるために、施福の天として尊崇される。また帝釈天は衆生に害をなす阿修羅との戦いの伝説もある。

<<メッセージ1>>
あなたの道に精進せよ。雷撃のようにつきすすめ。
《解説》
帝釈天が手に持つ独鈷杵。雷撃が形となった武器。独とは、一。一筋に突き進み精進することを意味している。また、その雷撃により、煩悩・魔障を摧破することも意味している。天帝のように雄々しく、威厳をもって、今の道を精進して突き進むように。

<<メッセージ2>>
雷のごとき一撃をあなた自身に与えよ。目覚めるときが来た。
《解説》
あなたの中に目覚めていない力がある。その力はあなたそのもの。その力を目覚めさせるようにと、守護尊カードは勧めている。雷撃のように心揺さぶり、あなたの中の力を目覚めさせよう。あなたはあなたの道を精進し、まっすぐ進んでいかねばならない人なのだ。

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布袋和尚 4月天部2

布袋和尚  [読み]ほてい  [別名] 契此
[真言] 南無布袋尊

[特徴]七福神の一。唐代末に実在した僧。布袋和尚は一定のお寺に住することなく、人々の間を遊行し、喜捨によって生活をする乞食坊主を実践していた。戒律にも縛られず、何事にもとらわれない生き方は、大いに尊崇され、弥勒菩薩の化身といわれた。中国では、太鼓腹で、布袋を背負った姿の僧の布袋尊を弥勒菩薩とする民間信仰がある。

<<メッセージ1>>
外見よりも、全身全霊の笑顔と優しい言葉と穏やかな心を大切に。
《解説》
布袋和尚は、胸元が肌蹴て、太鼓腹の一部さえ見せた姿。その姿は外見的には決して美しいものではなかった。しかし、かれは外見以上に何事にもとらわれない人であった。そしてなによりも、笑顔をふりまいていきたたまに、多くの人に支持され、ついには弥勒菩薩の化身として崇められるに至った。守護尊カードは告げる。布袋和尚のように、外見にとらわれず、笑顔で生きよと。弥勒菩薩のように慈しみ満ちた言葉を発し、穏やかな心を保てと。

<<メッセージ2>>
何があっても、にこやかな笑顔を大切にせよ。
《解説》
何か悪いことや厭なことが起きても笑顔でいよう。その悪いことや厭なことは、いままでのあなたの悪業のもたらした果実であり、その果実が実を結んだということは、すでにその悪業が消えた証拠なのだから。また嬉しいことや楽しいことがあれば素直に喜ぼう。その喜びは、次なる喜びをもたらす。どんなときでも笑顔を絶やさず生きることは、何事にもとらわれない心を養い、大いなる福徳を授けてくれる。

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2008/03/21

阿シュク如来 3月仏部

阿シュク如来 あしゅくにょらい
オン アキシュビヤ ウン

[特徴]
金剛界四仏の一。東方妙喜浄土を主宰する如来。別名不動・無動・無瞋恚・無悶。阿(ア)とは否定の言葉。シュク(シュク・クショービヤ)とは動くことを意味する。つまり阿閦とは、不動、無動を意味する。不動の意志、金剛心、堅固な菩提心、無瞋恚を象徴する。阿頼耶識が転変した大圓鏡智を司る。高野山壇上伽藍金堂の本尊であり、チベット仏教でも最も尊崇される仏のお一人である。金剛界四親近菩薩は、金剛薩埵・金剛王・金剛愛・金剛喜。

<<メッセージ1>>
ありのままに観れば、恐れるものはない。不動の意志が流れを作る。勇気をもって一歩踏み出せ。
《解説》
普通の鏡は鏡像を左右反対に映し出し、すべてのものをありのままに映し出すことはない。一方、阿閦が象徴する大圓鏡智は、すべてのものをありのままに映し出す智慧。私たちは、煩悩という霞のためにこの心を曇らせてしまいがちである。ものごとは、ありのままに見れば畏れるものは何もない。そこに、不動心があれば、大いなる流れが出来上がる。そのキーワードが意志だ。何事も強き意志から始まる。強き意志を持てば、自然に流れは出来上がる。物事をありのままに見つめ強い意志をもって行動をするときが来ているのかもしれない。
 
<<メッセージ2>>
怒りに我を忘れていないか?恐れに我を忘れていないか。自らの怒りを社会に昇華せよ。社会を変革するのは、大いなる怒り。不動の意志を持って社会に働きかけるとき。
 《解説》
一度ついた火は、早く消さないと次から次へと物を燃やしていく。たった一つの小さな火が、山火事になり大火事になるものだ。他者に怒りを向けると、その炎によって、関係のないものまで燃やし、ついには自らも延焼してしまう。決して事物に怒ってはならない。その事物を起こしている元(煩悩)に目をむけ、その元を解決するように怒りの矛先を変えていく必要がある。怒りへの対処法は、自らをありのままに見つめることから始めること。怒っていた場合は、何に怒っているのかを見つめることが大切だ。たとえば信じていた人に裏切られたとしよう。その裏切りを許せないと言って怒りを燃やすことは誰にでもある。しかし、本当は裏切られたのでもなんでもない。その人が元々そのような決断をする人なのであって、裏切らないと勝手に決めたのは自分自身なのではないのか。そのように見つめていくと、他者への怒りはなくなり、怒りの対象は自らの内にある煩悩へと変化していく。また、その裏切った人がそのようになっていった社会問題へと、怒りの対象は変化していく。阿閦如来に祈り、自らの怒りを社会に昇華していこう。清浄なる怒りは、自らの煩悩を砕くと共に、社会改善へと繋がっていく。

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日光菩薩 3月菩薩部

日光菩薩 にっこうぼさつ
オン バザラテイジャ アン

[特徴]威徳金剛・金剛光菩薩・日光遍照菩薩・威光金剛を別名とする。月光菩薩と共に、薬師如来の両脇侍の一。金剛界十六大菩薩の金剛光菩薩と同体。際限なく広がり輝く日光を象徴する。一切如来の福徳の大威光は無智の暗を破る。諸の苦の根源である無明の闇を滅し尽くす智慧を太陽の光で象徴した菩薩。また、太陽の光が生きとし生けるものすべてに差別なく照らすように、慈悲を象徴する。

<<メッセージ1>>
冬の太陽のように自らが日光となり慈悲の優しさを有しつつ、暗闇を照らし出そう。
《解説》
太陽は多くの生命を育んでいる。太陽がなければ、この地球上には生命は存在しない。また、善悪を超えすべてのものに平等に光を与える。日光とは、単に暗闇を照らし出すものではない。そこには大きな慈悲がある。この慈悲の心を有したまま、さまざまな分野を照らし出すときが来ている。照らし出すのは自分の中の暗闇かもしれない。家族の暗闇かもしれない。自分が所属するものの暗闇かもしれない。社会の暗闇かもしれない。ただ物事を暴き出すのではなく、慈悲の心を有しつつ、明るくすること、それが智慧である。日光とは、大慈悲に裏づけされた智慧の象徴だからだ。

<<メッセージ2>>
昇る太陽に合掌。日の光で闇を照らし出す時。迷いも悩みも苦しみも、光を当てれば自然に消えていく。
《解説》
朝、太陽が東の空に昇るとき、旭日に手を合わせよう。どんなに暗くとも日はまた昇る。来る日も来る日も昇り続ける太陽に祈ることで、自分の中の暗闇に光を当てよう。あなたの中の闇は消え、大いなる命の優しい光であなたは包まれている。あなたの迷いや苦しみは、あなたの過去の清算であり、同時に未来への準備でもある。日光菩薩に祈りを捧げ、光に包まれた未来のあなたの道に感謝しよう。

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金剛鉤菩薩 3月供養部

金剛鉤菩薩 こんごうこうぼさつ
オン バザラクシャ ジャク

[特徴]
大日如来が大悲心をもって衆生を利益し引き入れるために流出した菩薩。金剛界四摂菩薩の一。大日経に菩提心を因とすとあり、まず最初は菩提心を発することから、全ては始まる。その菩提心に引導するために、衆生を大悲の鉤で引っ掛けて集める役目を持つのがこの金剛鉤菩薩である。別名を普集金剛、召集金剛、鉤引金剛という。

<<メッセージ1>>
不動の意志があれば仲間が集まる。あなたと共に歩む仲間・同志を集めよう。
《解説》
同志を得るには表現をしなければならない。その表現をすることによって、同志はあなたを振り向いてくれる。その表現も、実はあなたの熱き思いがあってできること。あなたの熱き不動の意志を、外に向かって表現をしよう。守護尊カードがあなたに告げるのは、あなたの熱き思いに共鳴するものたちを集めるのは、あなたの不動の意志であり、その表現であること。逆に言えば、あなたに不動の意志があり、その思いを表現すれば、大いなる命が、あなたのために同志を集めてくれるということだ。今こそ自己表現をし、あなたの中に同志を招きいれよう。
同志を得る場合の場合の、表現の一つとして、仏教では、四摂事を説く。暖かく優しく慈悲にあふれた言葉で語りかける愛語。物質的にも精神的にも広く施しを行う布施。相手を利益するように行動をする利行。相手と々目線で、共に歩んでいく同事。この四摂事が友と歩む場合に大切なこと。

<<メッセージ2>>
独りになっていないか?独りでできないことも、チームですれば可能になる。あなたの門を開け、友を招きいれよう。
《解説》
孤独を感じていないか?その孤独をよく見つめてみると、ほとんどの場合は、自分自身が扉を閉めてしまい、門に施錠をしている。鍵を開けよう。扉を開けよう。そしてその中に、あなたの友を招きいれよう。その友は人であるかもしれないし、人でないかもしれない。人にこだわりすぎると、あなたの友が何かを見失う恐れがある。まずはあなたの心の扉の鍵をはずそう。そのとき大きな命は、その力によって、あなたの中の閉じられた門はあけられ、あなたの友を仏の大悲の鉤で集められ、あなたの門の中へ引き入れるだろう。

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持国天 3月守護部

持国天  じこくてん
オン チリタラシュタラ ララハラハタノウ ソワカ

[特徴]
四天王の一。須弥山中腹東勝身洲を司る。般若守護善神の一。八部衆の一である乾闥婆・羅刹を眷族とする。乾闥婆はソーマを管理するもので、ソーマとは妙薬であるので、乾闥婆は良医とされる。また太陽の馬の通過する道を護衛するものとされ、帝釈天に侍って音楽を奏でるものであるいう。そうした乾闥婆を統御するのが、持国天である。国をよく治め護ることを本誓とする天王。帝釈天の軍神で東方を守護する。

<<メッセージ1>>
あなた自身を、あなたの家庭、あなたの住む場所、あなたの国家。あなたが専心できるものをよく治めよう。
《解説》
「国」とは時代によって、また場合によって指し示す意味が異なる。日本やインド、アメリカ、トルコ、ドイツ、エジプトなどの国家を指し示すことが、現代では一般である。ところが、「あなたのお国はどこですか」と問われれば、それは出身地を意味する。旧国名である、美濃、尾張、大和などもあれば、市町村を示すこともある。もっと示すと、国とは家族や一族でもあり、個人であるとも考えられる。世界のために生きる人も居れば、国家のために生きる人も居る。家族のために生きる人も、個人のために生きる人も居る。それぞれが、自分の適した生き方を保つということが持国天が指し示すメッセージといえる。

<<メッセージ2>>
あなた自身をよく保て。食・呼吸も、あなたの妙薬。また戒を保ち、精進することもあなたの妙薬。自身をよく修めよ。
《解説》
儒教の『大学』に終身斉家治国泰平という有名な一説がある。国を治めるものは家を斉えなければならない。家を斉えるものは身を修めなければならないというものだ。身体的には、食事と呼吸に気を使う必要がある。それらを整えることによって、身体はよく保たれる。また、戒をよく保ち、精進することで、あなた自身をよく修まっていく。その延長線上に、家は整い、一族や地方は治まり、世界平和が訪れる。

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歓喜天 3月天部1

歓喜天 かんぎてん
オン キリク ギャク ウン ソワカ

[特徴]
別名を聖天 大聖歓喜天 誐那鉢底という。大自在天と烏摩妃の息子。左牙の折れた象の頭を顔に持つ。誐那鉢底の誐那とは群衆・団隊の意味で。鉢底は主の意味。父である大自在天の軍を統率する大将。様々な障碍をもたらす毘那夜迦の首領その力強さのゆえに、財宝をもたらしさま座生願い事を叶えてくれる神ガネーシャとしてインドでは今も絶大な人気を誇る。日本ではもよく願い事を叶える天として尊崇され、その絶大な威力のために恐れられてもいる。この尊を拝むときは本地である十一面観音を祀るように伝えられ、その効果ないときは軍荼利明王に祈ると良い。

<<メッセージ1>>
大いに喜べ。大いに歓喜せよ。願い事は叶えられ、絶大な力を得た。
《解説》
歓喜天の絶大な力を得た。大いに喜べ。大いに歓喜せよ。あなたの願い事は叶えられたのだ。歓喜天の絶大な力を得、魔を封じ、障碍を除き、あなたの望むものを与えられたのだ。守護尊カードは、あなた自身が大いに歓喜し、その喜びを表現することを求めている。口に出して感謝の言葉を述べよう。そのとき、いっそう強い歓喜天の力を得ることができるだろう。

<<メッセージ2>>
欲望に振り回されていないか?心の底から求めるに集中せよ。
《解説》
歓喜天は願い事を最もよく叶えてくれる天。象の頭は、従順であり、その力強さの象徴。しかし、願い事をよく叶えてくれるために」、その欲望であなた自身が振り回されてしまう可能性もある。その欲望を制御し、荒々しい感情ではなく、微妙で微細な心の奥底の感情が求めるものに集中しよう。その願い事に集中したとき、歓喜天は、あなたに信じられないほどの力を与えてくれる。

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2008/03/20

青面金剛 3月天部2

青面金剛 しょうめんこんごう
オン デイバヤキシャバンダバンダカカカカソワカ

[特徴]
悪獣・病魔・風雷などの災難を除くといわれる。道教の天帝の家臣と、金剛青面菩薩の化身が一つにされたもの。人の頭・腹・足に居る三尸の虫(彭侯子・彭常子・命児子)は、常にその人を監視し、庚申の日の夜の寝ている間に天帝に犯した悪事を報告するといわれる。三尸の虫が天に上れないように、庚申の夜は町内や村の人達が集まり、寝ずに夜を明かした。この庚申講が江戸時代には民間信仰として盛んだった。今も、日本中のあちこちで石像が見られる。また、庚申のサルから導く神である猿田彦と同体ともされ、道の分かれ目に石像が置かれることもある。真言宗ではあまり修法されることはないが、猿をご神体とする日吉社と結びつきの深い天台宗では用いられることがある。

<<メッセージ1>>
庚申の日に、一晩中起きて、懺悔し、身語心を清めよう。そのとき、大いなる導きが現れる。
《解説》
六十日に一回訪れる庚申の日。この日は罪業が天帝に報告される日であるとされる。つまりこの日は、自分を振り返るのに適した日である。次の庚申の日は一晩中起きて、自分を見つめよう。あなたにとって大きな別れ道になる可能性が高い。この一晩に、大きな命に懺悔することであなたの中の罪障を滅して、心の中も言葉も身体も清潔に保ち、真っ白な状態で導きに身を任せるとよい。あなたは既に青面金剛によって災難が除かれ、猿田彦によって導かれているのだ。

<<メっセージ2>>
別れ道に立ったとき、目を瞑り、太陽が見える方へと進め。
《解説》
天孫降臨の際に瓊瓊杵尊を分かれ道で先導したといわれる猿田彦。輝きを持っていたことから太陽神とも言われる。この猿田彦と同体とされるのが青面金剛。そのために、青面金剛は別れ道に祀られることが少なくない。まさに、別れ道において導く神だ。守護尊カードは、あなたが別れ道に立っていることを告げている。どの持ちに行くのか、心の一番奥の最も微妙な優しい自分に聞いてみるとよい。その声が聞こえないときには、目を瞑り、イメージしてみる。どの道が最も太陽が輝いているかと。その道を進むようにと守護尊カードは勧めているのだ。

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2008/02/21

弥勒菩薩 2月仏部

弥勒菩薩 オン マイタレイヤ ソワカ

[特徴]釈尊が成道した後、五十六億七千万年後に地上に現れ成道し弥勒如来となるという菩薩。現在は、釈尊がこの世に現れる前に居た兜率天(とそつてん)で神々に対して説法している。その名のとおり、大慈心を象徴する。未来仏であることから、救世主として信仰される。

<<メッセージ1>>

可愛い赤ちゃんを見つめるときの心が「慈しみ」。慈の心・慈の言葉・慈の表情・慈の行動は他者も自分をも気持ちよくする。
《解説》人間・動物・植物を問わず、無垢な赤ん坊を見つめるとき、自分自身も無垢な心で笑顔がこぼれる。そのときの心が慈心だ。ありとあらゆるものに、その慈しみの心を向けよう。優しい言葉は慈しみの言葉。感謝の言葉も慈しみの言葉。笑顔は慈しみの表情。喜びもまた同じ。他者を楽にさせたりリラックスさせたり、笑わせたり、喜ばせたり、気持ちよくさせる行動もまた慈しみの行動。悲心を抜苦というのに対し、慈心は与楽という。
大いなる命は、すべてのものを慈しんでいる。その大いなる命の慈心こそ大慈心。その慈しみは、太陽の日のごとく、善悪を超えすべてのものに降り注がれている。
密教の修行では、この慈しむ心を自分が敵対している相手やにくいと感じてきた相手に対しても保つことができるように瞑想をする。その瞑想の繰り返しが、大慈心を心身ともに実感し、そしてそれをすべてのものに振り向けていけるようにしてくれる。

<<メッセージ2>>

あなたの愛情とは、愛欲か?慈愛か?あなた自身が大いなる慈愛に包まれている。他者に慈愛を与える者こそが、大いなる命の慈愛を深く感じられる。
《解説》愛という言葉には二面性がある。すべてを育む大いなる意味と、逆に他者を縛り付けてしまう意味と。あなたの語る愛情とはどちらだろうか。愛欲は甘美な香りがし、人を惹きつける魔力がある。恋愛ものはテレビドラマなどで放送しない日はない。映画も、この恋愛が下敷きになっているものがほとんどである。小説や雑誌も同じように、甘美な味のする恋愛物はあとを絶たない。しかし、よく見つめてみると、そこに説かれる恋愛はほとんどが愛欲であり、相手を縛り付けるものが多い。人を愛し、それゆえに苦しむのはまさに愛欲のなせる業。愛欲は人を捕らえ、傷つけ、苦しめる。愛欲は奪う愛であり、見返りを求める。その見返りがない場合には時には個人的な破滅さえ引き起こすことがある。為政者がこの愛欲におぼれると、政治が混乱し多くの人が苦しめられることになる。
一方、慈愛の番組や映画も皆無ではない。慈愛は燃え上がるものではなく、大きく揺れ動き飲み込むような浪ではない。心の奥深くで細やかな波を作り出すのが慈愛だ。それは暖かく、穏やかで、安心できるもの。慈愛は与える愛であり、見返りを求めないもの。
誰もが愛を求めるが、真に求めるのは愛欲ではない。慈愛なのだ。その慈愛を求め、得られないと感じるがゆえに愛欲におぼれていく。しかし、知って欲しい。大いなる命はすべてのものに分け隔てなく慈愛を降り注いでいる。来る日も来る日も、善悪を超え平等に慈愛を降り注いでいる。私たち自身も、他者に慈愛を振り向けたとき、その大いなる命の慈愛を知る。守護尊カードは語る。本物の慈愛を知るときが来ていると。慈愛は奪うものではない。与えるものだ。そしてそれを与える者こそが、大いなる慈愛に自身が包まれているという事実を知り、慈愛を得ることができる。

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十一面観音 2月菩薩部

十一面観音オン マカキャロニカ ソワカ

[特徴]六観音の一。さまざまな姿に変じて、大悲という甘露を注ぎ、煩悩という灼熱地獄から衆生を救う。多くの姿に変ずることを十一の面で表す。十一面のうち前の三面は慈相で楽を与え、左の怒りの三面は悪衆生を観じて悲心で苦を抜き、右の白牙の三面は清き行ないの者を賛嘆し、後ろの笑怒面は大乗の究極の教えを説くことを表し、頂に如来の果徳を乗せる。また、正面の三面は大空の徳を、左の三面は大智の徳を、右の三面は大悲の徳を、最上の如来は慈悲智慧の二徳をも表す。十一面観音に十種の勝利と四の功徳がある。疾病を離れ、如来が摂受し、財物や穀物を獲得し、怨敵に害されることなく、国王が慰問に訪れ、害虫や寒熱の苦しみを受けず、刀や杖で傷つけられず、水に溺れることなく、火に焼かれることなく、若くして死なないという十種の勝利。臨終の際に仏を見、悪趣に生まれず、命数終えるまで死なず、極楽に往生するという四つの功徳がそれである。

<<メッセージ1>>

時・場所・機会を見極める力を得た。物事をしっかりと見つめ、時を逃さず大悲の心で行動へ移そう。
《解説》
良き人も居れば悪しき人も居る。善人も時には間違いを犯し、悪人も仲間には慈悲を施す。時が満ちていなければ物事は成就せず、時が満ちれば自然に物事は導かれていく。色も音も香りも味も触感も合う合わないがあり、その合う合わないも人・時・場所で異なってくる。守護尊カードは、時・場所・機会にあわせて十一面の方便があなたに備わったことを示してくれている。あれこれと考えるのではなく、ありのままに見つめ、行動をすみやかにとろう。

<<メッセージ2>>

無理に何かに合わせていないか?逆に無理やりに何かに合わせさせていないか?自他共に、それぞれの持つ特徴を大切にしよう。
《解説》
どんなに良いものでも、無理に押し付けられたり、逆に押し付けたりすると、受け入れがたいものだ。その人の持つ性格や特徴を見極めよう。自分自身の性格特徴も、同じように見極めよう。また人ばかりでなく、時も、場所も、周りの環境も見極める必要がある。無理に合わせたり、逆に押し付けたりしていないか。無理をしたり、無理をさせたりしないように気をつけよう。無理をせずに、ありのままに物事を見極めたとき、あなたが驚くほどの方便の力を身につけることができる。十一面観音に祈りを捧げれば、その方便は他者を潤し、自らも潤す。

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金剛塗菩薩 2月供養部

金剛塗菩薩 こんごうずぼさつ:オン バザラゲンデイ ギャク

[特徴]不空成就如来が大日如来を塗香で供養するために流出した菩薩。金剛界外四供養菩薩の一。塗香は、身体に塗るお香。身体の香りを清浄にし、清涼な気持ちにさせる。煩悩の灼熱に悶えるものを清涼にすることも意味する。また、塗香は身体に塗るものであるゆえに、身体に保つべき戒をも意味する。戒を身によく保てば、真に安楽な生活をすることができる。その戒は、単なる戒めではなく、厳しすぎず安楽すぎない良き習慣である。この良き習慣を身に着けることを示しているのも金剛塗香の特色である。

<<メッセージ1>>

自らの戒を保つとき。あなたの道に精進するとき。戒も精進も良き習慣づけそのもの。
《解説》
塗香は身体に塗る清涼剤。ただし、過度な香水は塗香ではなく、むしろ他者の鼻につき、清涼ではなく不快な思いをさせる。戒律は良き習慣の担い手であり、心の清涼剤。戒律もあまりにも厳しいと、かえって心身を傷つけてしまう。最初の一歩は少し厳しい戒律で習慣づけることも大切だが、緩めることを忘れてはならない。強く張った弦は緩めることにより、きれいな音を出し、すばらしい弓矢を放つことができる。
またどんな道でも精進していくことで、身についていく。最初は意識付けて精進していかなければ決して身につかない。身に着けるという意味で、塗香はまた精進の象徴でもある。
あなたにあった戒をよく保とう。戒をたもち、あなたの道を精進していくとき。

<<メッセージ2>>

身だしなみを整えよう。マナーを学ぼう。良き習慣を身につけよう。良き身だしなみや良き習慣は、心を清涼にしてくれる。
《解説》
悪しき習慣が身についたものは、その習慣を手放すことを恐れている。さまざまな言い訳をして、悪しき習慣を手放そうとはしない。その悪しき習慣は身体に悪臭を染み付かせていく。そして悪しき習慣は煩悩という熱をますます増進させていく。煩悩という灼熱から逃れるためには、身語心の三つを清涼に保つ必要がある。そのうちの身体の清涼を象徴するものが塗香である。塗香は身体に塗るもの。身体に保つべきもの。身体に保つべきものとしては、見た目は身だしなみであり、動作としてはマナーであり、中身としては良き習慣。これらのものが整ってこそ、身体は清涼になり、その薫香が沁みて心の中も清涼になっていく。あなたに合った身だしなみを見つけよう。色も素材もあなたに合わせた身だしなみを探し出そう。マナーを学ぼう。過度なマナーは鼻につくが、洗練されたマナーは気持ちの良いもの。そして、あなたにとって心の奥底から気持ちの良い良き習慣を探し出し、何度も何度も繰り返して身に着けさせていこう。精進することで、習慣は身についていく。最後には意識することもなく、身足並みは整えられ、マナーを身に着け、良き習慣と共に歩むようになる。あなた自身が清涼になるのとどうじに周りをも清涼な気持ちにさせていく。
悪しき習慣を断って、よき習慣をしっかりと身に着けさせる時期がきている。

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愛染明王 2月守護部

愛染明王 :オン マカラギャ バゾロシュニシャ バゾロサトバ ジャク ウン バン コク

[特徴]高野山金剛峯寺は『金剛峯樓閣一切瑜伽瑜祇經』を典拠とする。愛染明王はこの経典を典拠としている。そのために高野山では、不動明王とともに愛染明王を重要視する。菩提心を愛念し、一切衆生を愛憐し、衆生が菩提を厭うことと一切の煩悩をを打ち滅ぼす明王。阿閦如来の四親近の金剛薩埵・金剛王・金剛愛の三菩薩と同体とされる。愛欲も仏の眼から見ると、大慈悲に連なり、そのまま菩薩の位であることを表す。
三つの眼は法身・般若・解脱の三徳を意味し、仏部・蓮華部・金剛部の三部をも意味し、また薩・王・愛の三菩薩をも意味する。忿怒の相は菩提心に違うことに対する怒りを示す調伏の意味。獅子の冠は障碍を降伏し、獅子のごとく畏れがないことを意味する。赤い色は愛欲の色であり、大悲の色。

<<メッセージ1>>

愛欲は、大きな命との繋がりを求めるもの。愛欲そのものは、本来清浄なもの。愛欲にとらわれることなく、その愛欲の持つ力強さに眼を向けよう。
《解説》
人はなぜ他者に愛欲を求めるのだろうか?それは、自らが大いなる命と繋がっていたことを記憶し、その心地よさを知っているがゆえに、繋がりを求めているからだ。その思いは決して汚れたものではない。大いなる命と繋がるという純粋な心なのだ。その思いは、菩提心と表裏一体である。菩提心の一面として大覚を求める心がある。その大覚を求める心と、大いなる繋がりを求める心と差異は無い。愛欲は、本来力強く堅固な菩提心他者をも魅了し、大いなる道を歩んでいく正道へと連なっている。
守護尊カードはあなたに、愛欲に溺れることなく、その思いの本質を見つめなおすことを薦めている。そこにあるのは、生命力あふれる菩提心の世界だからだ。

<<メッセージ2>>

愛欲も貪る心も、個人レベルから大宇宙レベルにまで引き上げると、覚りの世界に直結する。愛欲も貪る心も無理に消すのではなく、溺れないようにして上手に活用しよう。
《解説》
愛欲は根本煩悩の貪る心の中でも、もっとも強力なもの。その海に溺れてしまうとなかなか抜け出せなくなってしまう。しかし、その愛欲そのものは本来は清浄なもの。それゆえに、人は愛情を大切にし、その愛情ドラマや小説、舞台に魅了されていく。愛欲とは何なのか?愛欲とは、大いなる命との繋がりを熱く熱く求めるもの。それを眼に見える形で、求めていくのが愛欲であり、愛欲そのものは本来は汚れたものでも穢れたものでもない。愛欲があるからこそ子孫が産まれ、愛欲があるからこそ家族ができ、愛欲があるからこそ共同体が作られ、愛欲があるからこそ、世界平和や幸せを願うことができる。
守護尊カードは、愛欲の危険性を知った上で、あなたに上手に愛欲を制御せよと伝えている。その愛欲が制御されたとき、あなたは心の中も、社会的にも平和な世界へと導かれていく。愛欲は、悟りの世界と直結した、本来清浄なものであることを見つめなおそう。

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大自在天 2月天部1

大自在天 :オン エイケイキ マケイシバラヤ ソワカ

[特徴]破壊と創造の神で、インドのシヴァ神のこと。元々は暴風の破壊面を司るルドラ神で、咆哮・暴悪の意味があった。別名の伊舎那天として八方天の一、十二天の一。東北の守護神。伊舎那は自在・主催の意味を有する。南インド中心に現在でも尊崇される代表的な神。子に歓喜天・韋駄天などがいる。魔衆の統率者。仏教では貪瞋痴の三毒をも象徴する。


<<メッセージ1>>


思いのままに、踊れ、踊れ。あなたを縛るものは何もない。踊れ、踊れ。
《解説》
大自在天は、欲界の最頂部である有頂天の主催者。この色究竟天は、大日経や金剛頂経等の密教経典の説会処でもある。大自在天は、その名のごとく自由自在の神である。また別名のシヴァ神は踊りの神。踊りは破壊と創造を表す。
守護尊カードは、今のあなたには縛るものは何もなく自由自在であることを示している。あなたが思うがままに大いに踊ることを薦めている。それは破壊の行動かもしれない。それは創造の行動かもしれない。今のあなたを思い切り表現しよう。

<<メッセージ2>>

大いに踊れ。思いのまま踊ることで古き自分を壊し、新たな自分を呼び起こせ。破壊をすることは、再生への道。
《解説》
今までの自分を破壊するときがきている。今までの自分にこだわっていると、新たな道は見えてこない。今の自分を壊せ。大いに踊って、今までの自分を忘却のかなたへ投げ捨てろ。新たな道は、破壊の後に始めて出来上がる。古き自分を壊して、新たなあなたを呼び起こせ。守護尊カードが望むのは単なる方向転換ではなく破壊だ。今まで守ってきたものを破壊せよ。破壊の後に、創造せよ。新たな創造は、破壊したものを踏まえたうえで、よりよいものへと進化しているはずだ。守破創の破創の時が来ていることを告げていることを知れ。

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烏摩妃 2月天部2

烏摩妃 うまひ  オン ウマジビ ソワカ

[特徴]
大自在天の妃。大自在天シヴァの最初の妻のサティの転生した者とされる。ヒマラヤ山脈の山の神の娘で、ガンジス河の女神のガンガーとは姉妹。パールバティともいう。心穏やかで、最上の美しさを持った女神。最も美しきヒマラヤとも言われ、力の源泉の象徴。インドで最も人気のある女神の一。後に、ドゥルガーやカーリーなどの暴悪な女神と同一視される。金剛頂経では、欲望の権化として夫と共に、降三世明王に調伏されるが、降三世明王によって再生し、その力をもって仏法の守護神となる。

<<メッセージ1>>

何事にも自然の美を求めよ。良き行い、良き結果には美が寄りそう。自然の美を追求せよ。
《解説》
ヒマラヤ山脈の美しさは、荘厳で力強い。はかない一時の美しさではなく、永遠性のある美しさ。その美しさを象徴するのが烏摩妃。何事も突き詰めていくと、そこにあるのは自然の美。虚飾でもなく、不自然でもなく、一時的なものではない自然の美。守護尊カードは、物事の過程にも、物事の結末にも自然の美を忘れないように告げている。

<<メッセージ2>>

頭で考えすぎていないか?心から感じることを大切にすると、驚くほどのパワーやエネルギーにつながる。
《解説》
女性エネルギーは生命の躍動。そこは、理知的な思考ではなく、物事を大きく動かす力の源泉。荒々しい波の奥底に、静かで、しかもエネルギッシュな感情の世界が広がる。その世界に通じるためには、表層的な頭の思考を止めなければならない。守護尊カードは、思考を止めることを促している。思考を停止し、深く微妙な感情の世界と一体化したとき、驚くべきパワーを得ることができる。最も美しきヒマラヤは、最も永続的で力強き美であることを大切にしよう。

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2008/01/21

弁才天 1月天部2

弁才天 オン ソラソバテイエイ ソワカ

[特徴]
神話の河サラスヴァティが神格化した女神。水と関連することが多く、龍・蛇との関連も多い。川の流れから発する音から、音楽の神とされ、音楽から芸術の神としても尊崇される。また川の発する美音から、弁舌・言語の神といわれ、学問の神ともされる。弁舌は福財をもたらすということから、財福の神ともいわれ、弁財天と記されるようになった。梵天の妃。七福神の一。

<<メッセージ1>>
自然の姿に目を向け耳を傾けよ。そこには芸術があり、学びがある。自然との繋がりに意識を注ぐとき。そこから得るものこそ、大いに富める財となり大いなる学となる。
《解説》
人が作った芸術は、ほとんどが自然を下敷きにしたもの。自然の色形や、音、香り、味、肌触りが、人の心に雄たけびを上げさせ、それが芸術として結実していく。優れた芸術作品は、それにふれると自然に包み込まれた感覚を覚えるのはそのためだ。芸術の原点は大自然にある。その原点を見つめ、耳を凝らし、鼻で息をし、味わい、大地や植物に触れてみる。芸術品を通した感覚より、一層ダイレクトな自然とのつながりを感じるだろう。大自然には様々なヒントが刻み込まれている。守護尊カードは、あなたにそのメッセージを読み込むときが来ていることを示してくれている。大自然の中で、目を開けよう。耳を澄まそう。鼻に意識を向けよう。微妙な味わいを感じよう。直接触れてみよう。そこに書き込まれた大いなるメッセージとは何かを、しっかりと探し出し、あなたの糧としよう。

<<メッセージ2>>
眼にも、耳にも、鼻にも、舌にも、身体にも芸術を触れさせよう。五感の一つ一つに意識を向けると、新たな世界が広がっていく。
《解説》
美術館に行って絵画や彫刻の本物を見つめてみる。耳栓をしたりして全ての感覚を閉じ、色形だけに集中する。コンサートに行き、本物の音楽を聴く。眼を閉じ音だけに集中する。伽羅や沈香または花などの純粋な香りを嗅ぐ。眼を閉じ耳栓をし、香りに集中する。本当に美味しく、微妙な舌触りと味のする食事を取る。眼を閉じ、耳栓をし、ただただ味に集中する。お茶会などで優れたお茶碗に触れてみる。眼を閉じて、ただただその肌触りに意識を傾ける。このようにして、五感の一つ一つに集中して、自分の五感を確かめる。そこには、対象のものと一体感がある。守護尊カードは、五感の
何か辛いことや悲しいことがあったときこそ、五感の一つにに意識を傾けるとよい。そこに広がる世界はあなたを大きな世界に導き、癒してくれるだろう。

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梵天 1月天部1

梵天 オン ボラカンマネイ ソワカ

[特徴]
十二天の一で上方の守護神。インドのブラフマー。宇宙創造の神。宇宙の根本原理・大宇宙の象徴。釈尊が菩提樹下で成道され、そこに安住されていたのに対し、説法をするように勧めた神。創造主であるために一切衆生の王といわれる。淫欲の心無く、理性的であり、仏教を護持するので清浄とも呼ばれる。仏法守護、鎮護国家、済世利民の天として帝釈天と対をなす。古代インドでは、維持のビシュヌ、破壊のシヴァと共に創造の神として尊崇されていた。

<<メッセージ1>>
大宇宙と小宇宙(個人の心身)は、根本的には同じものであると知る者は至極の幸福者。
《解説》
梵天が、なぜ説法をためらった釈尊に法を伝えていくことを勧めたのかを観じてみよう。その梵天とは単なるインドの神話の創造神ではない。
大宇宙も命であり、その根本原理は小宇宙である個人の心身と変わりがない。物理学の世界も、天体物理学を追うと量子力学に行き着き、量子力学を追うと天体物理学に行き着く。限りなき近似値を追い求める自然科学でもそうであるように、真理の世界でも大宇宙と小宇宙の合一が求められる。それを体感したものは至極の幸福者といわれる。守護尊カードは、あなたに梵我一如の実覚をするときが来ていることを告げている。

<<メッセージ2>>
小さな自分にこだわっていないか?自分の枠を外そう。宇宙を見上げ、その広大な世界に自分を解き放て。
《解説》
その身体をあなただと思っていないか?あなたはそんな小さな存在なのか?あなたは自分で自分の枠を決め、それを自分自身だと勘違いしていないか?。守護尊カードは、宇宙を見つめることで、あなたの枠を取り外し、より大きな世界にあなた自身を解放するときが来ていると告げている。

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金剛夜叉明王 1月守護部

金剛夜叉明王 オン バザラヤキシャ ウン 

[特徴]
不空成就如来または金剛牙菩薩(摧一切魔菩薩)・虚空庫菩薩の所変で、北方を守護ずる明王。一切の魔を摧破し、一切の悪・煩悩を噛み砕いて飲み込んでしまう。また悟りの道に応じないものや、悟りを邪魔するものを、調伏する。五大明王の一。烏樞瑟摩明王(うすさまみょうおう)と本誓が同じなので、同体とする説もある。天台宗では、烏樞瑟摩明王を金剛夜叉明王の代わりに五大明王とする。

<<メッセージ1>>
下座行を行い、周囲の汚れを落とそう。その下座行こそが、あなたの内なる魔障を摧破する。
《解説》
掃除などの下座行は、周囲環境を浄化していく。周囲環境はあなた自身の心の顕れ。その周囲環境を浄化することで、あなた自身の心身も浄化されていく。掃除はたんなる掃除にあらず。あなたの中の煩悩を摧破する大切な行であることを知ろう。

<<メッセージ2>>
叱られることは、煩悩の摧破であり、心の浄化に繋がる。何への怒りなのかを見つめれば、怒りもまた大切なもの。
《解説》
人を叱る場合には、慈悲が必要。叱る際は烈火のごとく叱らねばならないが、それは人に対してではなくその人のもつ煩悩に怒りを向けることが大切。そうすれば、叱った後に、即座に叱った相手の良い点を褒めることもでき、その人のやる気を削ぐことなく、よりやる気を増進させる。
また逆に、あなたが叱られた場合は、あなたが責められたのではなく、あなたの中の煩悩を噛み砕いてくれていると捉えよう。その瞬間に、あなたが背負ってきた悪業が消え去り、より浄化されているのだ。
精進を邪魔するのは怠惰という魔。その魔を砕くには、怒りは重要。あなた自身に怒りを向けるのではなく、あなたの中の煩悩に怒りを向けよう。あなたがあなた自身を叱ることにより、あなたのなかの煩悩が摧破され、心が浄化されていく。

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金剛舞菩薩 1月供養部

金剛舞菩薩 オン バザラニリテイ キリタ

[特徴]
大日如来が事業活動を司る北方不空成就如来を供養するために流出した供養の菩薩。舞は妙なる動きであり、活動を意味する。その活動は精進することに繋がっている。また舞は六神通(神足通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通)をも象徴する。

<<メッセージ1>>
今こそ実行のとき。物事が障りなくうまく行くとき。舞のように楽しみながら行動をしよう。
《解説》
ものごとがうまくいく活動には、舞のような美しさがある。守護尊カードは、舞のように美しい行動をあなたに促している。すでにその力を得ているということだ。舞の美しさには障りはない。同じようにあなたの行動に、障りはない状態になった。体を動かそう。心の奥底からの楽しみを感じるように体を動かそう。今こそ行動のとき。

<<メッセージ2>>
まずはあなたの型を極めよう。その型を抜け出るとき、あなたは自由自在に動く者となる。
《解説》
ダンスを踊るにしても、武道をするにしても、演技をするにしても、芸事をするにしても、技術ごとをするにしても、何事をするにしても、活動の全ては型から始まる。先人たちが工夫に工夫を重ねてきて生まれた型。その型が出来上がったのには理由があるはずだ。型を修めたものが、その型を破り自由自在の境地を得られる。相撲も型のあるものが強い。剣術も柔術も、華道も茶道も流派がある。演技の世界も踊りの世界も、密教の作法にも流派がある。そこには先人の知恵が凝縮されている。どんな道も、どんな活動も自分の型を持ったものが強い。しかし、その型にこだわりすぎてはならない。他者の型をむやみに批判してはならない。人にはそれぞれの個性があり、型といっても、それはその型は、その型を作った人に合ったものだからだ。人それぞれの型がある。一度は先人の型を真似、身に修め、その後はその型を一度は捨て去る必要がある。型を捨ててもその影響力は、確実にあなたの中に残っている。その捨て去り、先人の型を破ったところで、あなたなりの型が生まれてくる。あなたにはあなたの型がある。その型を見つけ出し、工夫に工夫を重ね、あなたなりの型を作ることが必要だろう。
精進するとは、むやみやたらに続け努力することではない。工夫に工夫を重ねた努力継続こそが精進であり、型を修めることだ。その型には、舞を舞うような美しさが伴う。美しき動きには、強さもしなやかさも伴う。自由自在の舞のような動きになるまで、工夫に工夫を重ねて型を身に修めよう。守護尊カードは、あなたに、型を守り、その型を破り、あなたなりの型を作り出すことを求めている。

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准胝観音 1月菩薩部

准胝観音 オン シャレイソレイソンデイ ソワカ

[特徴]
六観音の一。功徳無量の陀羅尼を尊格化した現れたもの。過去無量の諸仏の母。未来の福徳薄い衆生を憐憫し、菩提心を生じさせる大悲を有す。得度のときの本尊。その救いは、在家出家を問わず、善人悪人を問わず、浄穢を問わないという。七倶胝というのは七千万という意味で、多数を表す。この尊の陀羅尼を唱えることにより、無量の功徳を得られるという。

<<メッセージ1>>
過去の自分を洗い流し、今、第一歩を踏み出そう。未来は大きく開けている。
《解説》
准胝観音は得度のときのご本尊。過去の生き方を変え、新たな道を踏み出すときにお祈りをするのに最適である。過去の無量の功徳を生み出す元を象徴している。あなたの過去はその功徳で洗い流され、新たな一歩を踏み出すことができる。畏れず、思い切って歩み始めよう。未来は大きく開かれている。

<<メッセージ2>>
あなたが今までどのように生きてこようと未来を憂うことはない。
《解説》
准胝観音は、過去諸仏の徳目の母であり、未来の福徳薄い衆生を大悲をもって救う観音である。いままであなたがどのように生きてきたからといって悩み苦しむことはない。准胝観音は在家出家を問わず、善人悪人を問わず、福徳の薄い厚いを問わず、救いの手を差し伸べるからである。あなたは今このときに救われたのだ。過去に生きるのではなく、准胝観音に祈りを捧げ、今を生きよう。今を生きれば、あなたの未来は開けていく。

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釈迦如来 1月仏部

釈迦如来 ノウマク サーマンダーボダナン バク

[特徴]
仏教の創始者である釈尊は紀元前5世紀ごろ釈迦族に生まれた聖者という意味。一般にお釈迦様というが、釈迦とは一族の名前であり、お釈迦様は釈尊の正式な名前ではない。出家前の名前はシッダールタ(Siddhārtha)。漢訳すると成就義。
歴史上の釈尊は、受用身である釈迦如来が、変化身として現象世界のこの世のカピラ城に生身で現れたと密教では解釈する。さらに大乗仏教経典で説法している釈尊は歴史上の釈尊ではなく、受用身の釈尊が変化身として各会処に現れて教えを説いたもの。歴史上の釈尊は五十年間よく説法をしてインド各地を遊行しので、釈迦如来は大日如来の説法の徳を司る。また釈尊は、よい習慣を身に着けさせ、成仏への道を滞りないように出家者在俗者共にそれぞれの戒を受けることを定めた。

<<メッセージ1>>
自らに律する戒を持とう。戒とは 安逸にならず 厳し過ぎず、無理のない良い習慣を身につけること。良い習慣は、真の楽な生き方に導いてくれる。
《解説》
仏教徒であるためには戒を授かったほうが良い。本来は自分自身で決め事をする戒がもっとも大切なことであるが、師より戒を授かることにより、修行者として心を引き締められる。師より戒を授かることは重要である。戒というと、厳しいイメージがあるが、仏教の戒は厳しすぎず安逸すぎないことを保つものだ。厳しすぎる行為は自らの肉体を痛め、それと共にかたくなな精神を養ってしまう。また安逸な生活は、自堕落となり、真の教えを受け入れる器をせばめてしまう。弓や弦は張りすぎず、緩めすぎず。しかし、放っておくと徐々に緩んでいく。まさに適度に保たねばならない。それと同じように、良き習慣を身につけ、安逸に流れてしまわないようにすることが戒を保つことである。

<<メッセージ2>>
悪しき習慣を取り除こう。安逸すぎず、厳しすぎず、無理のない良い習慣が、悪しき習慣より身を守ってくれる。
《解説》
悪しき習慣は、身語心の三つを傷つけていく。その悪しき習慣より身を守るのが、良き習慣だ。良き習慣は、真に楽な生き方を与えてくれる。密教には、その一つの例として十善戒がある。殺さない、盗まない、淫らなことをしない、嘘をつかない、飾りすぎた言葉を言わない、悪口を言わない、二枚舌を使わない、貪らない、怒らない、間違った見方をしない。それをもっと積極的に進めると、自他共に命を活かす、布施をする、生活を律する、正直でいる、正確な言葉を言う、他者を褒め称える、筋の通った話をどこでもする、執着せず手放すものは手放す、笑顔・優しい言葉・穏やかな心を保つ、正しい教えを積極的に学び身に着けることである。悪しき習慣を絶つ決意をしたら、釈迦如来に祈りを捧げ、良き習慣を身にまとい、まずその一つを実践しよう。守護尊カードは、悪しき習慣を絶つ決意をし、仏の教えに参入し、自ら戒を保ち、中道の道を歩むことを伝えている。

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2007/12/20

妙見菩薩 12月天部2

妙見菩薩:オン ソニリシッタ ソワカ

[特徴]北極星または北斗七星の神格化。菩薩と称するが、天部に属する。一切の事物を記録する国土を擁護する神。妙見曼荼羅では、北斗七星を最内院に描く。真言宗では転禍為福の星供養に妙見曼荼羅を用いる。

<<メッセージ1>>
あなたが持って生まれたものをこの世で生かせ。
《解説》
一つ一つの星にはメッセージがある。一つ一つの星座にもメッセージがある。季節ごとに変化していく星の位置。その星の位置は、あなたに無限の力を貸し与えてくれる。そして人にはそれぞれが持って生まれた星がある。その星に縛られることなく、その星を活かすものであれ。あなたは星に守られ、星の力を最大限に生かすときが来ていることを知ろう。

<<メッセージ2>>
天の中心である北極星と北斗を見つめ、あなたの中の中心を見つめよう。
《解説》
宇宙にあらわれた現象は、あなたの心の中を現している。天は北極星を中心に回り、北斗はそれを守護するかのように、北極星の周りを動いていく。宇宙を見つめ、北極星を見つめ、北斗を見つめよ。多くの星座が、多くの星が何を語りかけているのかを心でかんじよ。そしてあなたの中の北極星を見つめよ。あなたの中の北斗を見つめよ。あなたの中の北極星や北斗を見つめたとき、あなたの道は大きく開けていく。

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地天 12月天部1

地天:オン ビリチビエイ ソワカ

[特徴]十二天、十天の一。下方を守護する天。堅牢なる大地を象徴する。釈尊が成道された際に、その降魔を証明した。元々は女神で、大地が豊穣から財を蓄えることを司り、病を治し、怨敵を降伏する際に招請する。地鎮のときには必ずこの地天に祈る。万物をよく保つ大地の神であり、如来の心も万物をよく持つので、地天は如来の心でもある。

<<メッセージ1>>
大地より多くのものを施されている。恵みの大地に深く感謝しよう。
《解説》
大地は万物を育む。大地に種が撒かれ芽を吹き出し、大地のエネルギーを根より吸収し、大きく植物は育っていく。その植物を多くの動物が啄ばみ、その動物たちにより大地もまた新たな栄養を確保する。そしてその栄養は再び植物に転化し、また大きな循環へと移っていく。その循環こそ、地球の命の営み。あなたもその大地より多くの恵みを受けてきたし、今も受けているし、これからも受けるだろう。この恵みの大地に感謝しよう。この大地から搾取されてしまったものを取り戻す活動をすることも感謝の表れ。食物を無駄なくいただくことも感謝の表れ。大地に触れ、感謝の言葉を口に出すことも、感謝の表れ。感謝の方法はいくつもある。あなたができる方法で、この大地に深く感謝しよう。大地に感謝することであなたが今まで以上に大きな恵みを得ることを暗示している。

<<メッセージ2>>
足元を見よ。その大地はあなたを支えてくれている。その大地に触れ、今の自分を堅牢に保て。
《解説》
上、左右、前後だけでなく足元を見るようにと守護尊カードは促している。大地はあなたを支えてくれている。あなたを大地のごとく支えてくれているものを忘れてはいないか?その支えてくれているものに深く感謝をしているか?あなたを支えてくれているものを知るために、大地に手を触れ、裸足で土の上に立ってみると良い。大地の大いなる力を、直に感じてみると良い。そして、あなたを支えてくれているものは何を思い出そう。今の自分を堅牢に保ち、迷うことなく進んでいくことが、あなたを支えてくれるものへの感謝である。

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毘沙門天 12月守護部

毘沙門天:オン ベイシラマンダヤ ソワカ 

[特徴]四天王の一。十二天または八方天の一。帝釈天の軍神として須弥山の中腹の北に住す。藥叉・羅刹などを支配する。手に持つ宝棒や宝塔から無量の珍宝をうみ、福徳の神としても尊崇される。軍神であるために、勝負事の神でもある。その福徳の名声は四方に普く聞こえ渡るので普聞と呼ばれ、常に仏にしたがって仏法を守護しているために最もよく仏法を聞くので多聞天という。吉祥天を妻とする。この天王を祈ると十種の福徳があるという。淨信・戒・聞・捨・受・慧・形貌・力・辯・色聲香味觸富貴自在がそれである。毘沙門天に祈り得たものをよく回りに施与することを『毘沙門天王経』は薦めている。

<<メッセージ1>>
無量の守護を得、無量の福徳を得、無量の力を得た。よく学びあなたの道に邁進するとき。
《解説》
毘沙門天は、天部諸尊の中で最もよく尊崇されている天王。堅固な意志を持ち、仏の法をもっともよく聞き学ぶ。その力は無量であり、よく衆生を守護する。また、財宝をもちいて困窮するものをよく救う。
あなたは毘沙門天の守護を得ている。多聞天の名のごとく、よく聞きよく学び、そしてそれをよく実行するように勧められている。迷うことはない。あなたには無量の力と宝物が既に与えられているのだ。今のあなたの道を邁進せよ。

<<メッセージ2>>
藥叉羅刹のようなあなたの中の力を引き出せ。よく学び他者によく与えよく守護せよ。
《解説》
毘沙門天は元々は倶毘羅(金比羅)という災禍の神であった。その力は無限であったために、転じて財宝の神として尊崇されていく。あなたの中の藥叉羅刹のような荒々しい感情を力として引き出し、それを昇華してさまざまなものに役立たせるようにあなたは勧められている。毘沙門天のように、教えをよく聞きよく学ぶこと。毘沙門天のように、他者によく施与すること。毘沙門天のように他者をよく守護すること。あなた自身が毘沙門天として、あなたの心の中にも、そして社会に対しても働きかけるときだ。

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金剛鈴菩薩 12月供養部

金剛鈴菩薩:オン バザラベイシャ コク

[特徴]金剛界四摂菩薩の一。。大日如来が、解脱の歓喜を表現し、般若波羅蜜によって衆生を迷いから覚めさせ、精進することに導くために流出した北方門の菩薩。鈴の音はありとあらゆるところに鳴り響き渡り、その音楽は人の心を喜ばせる

<<メッセージ1>>
今の道を精進せよ。そこには、あなたをも他者をも歓喜させる響きがある。
《解説》
情に流されたり、知に傾いたりする言葉から離れることにより、大きな迷いから逃れることができる。そこにはあなたを活かす道が大きく広がる、迷うことなく、今の道を進もう。そこには妙なる調べがある。妙なる調べは、あちこちに広がり響く。あなたの精進の道は、あなた自身をも他者をも歓喜に導くものだ。守護尊カードは迷うことなく、今の道を進むことを告げている。

<<メッセージ2>>
精進せよ、精進せよ。他を振り向かず、ありのままのあなたの道を歩め。
《解説》
怠惰な道も、厳しすぎる道も、あなたを喜ばせるものではない。あなたをこの世の不確実なものに縛りつけているのだ。あなたの道を精進するとき。他を振り向かず、あなたの道を精進することにより、あなたは歓喜の響きに包まれていく。そこは絶えること無き妙なる調べが鳴り渡る歓喜の場所だ。情に溺れることなく、知で止まることなく、精進して、あなたの道を胸を張って歩もう。

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不空成就如来 12月仏部

不空成就如来:オン アボキャシッデイ アク

[特徴]金剛界四仏の一。北方の如来。眼耳鼻舌意の五識が転変した成所作智・活動・行動などを司る。Amoghaは不空、siddhiは成就。あらゆる煩悩が断滅し、すべての活動が空しくなく成就されることを意味する。釈迦如来と同体とされる。四親近菩薩は、金剛業・金剛護・金剛牙・金剛拳。カルラ(ガルーダ)鳥に乗る。色は雑色または緑色。右手は施無畏印。

<<メッセージ1>>
眼耳鼻舌身の五感を最大限に活用しよう。何も畏れるものはない。今まさに行動のとき。
《解説》
五つの感覚器官を一つ一つ意識し、あなたの活動に応用するときが来ている。色や形を司る眼識。リズムやメロディ、響きなどを司る耳識。香りを司る鼻識。酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味の五味や食感などの舌識、肌触り・冷寒温暖などの身識。一つ一つに意識を合わせ、最大限に活用しよう。むやみにおそれるものはない。五感を一つ一つ最大限に活用すれば大いなる果実を得ることができる。今、迷いなく行動するとき。

<<メッセージ2>>
自分の思いに振り回されていないか?今は眼耳鼻舌身の五感を最大限に活用するとき。意識を五感に合わせ、心の中の闇を消し去ろう。
《解説》
五つの感覚器官は、それを通じて大宇宙を感じるためにあるもの。その感覚は一つ一つとても大切。しかし、心の中で疑念が生じ、心の中で思い込みがあると、その五感もにぶり、本来の感覚から遠ざかっていく。すばらしい絵を見るのもよいだろう。すぐれた音楽を聴くのもよい。伽羅や沈香などの心落ち着ける香りをかぐのもよいし、微妙な味付けの食を摂るのもよい。できれば大自然が作り出した景色・音・香り・味・触感に直接触れ、それに深い感動の思いが生じるまで、大自然の中に自分の身を置くと良い。そして五感を一つ一つ確認しよう。そのときあなたの中の闇は消え去っていく。煩悩に振り回されることなく五感を活用していくことようにと大いなるいのちは望んでいる。

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2007/11/20

大黒天 11月天部2

大黒天: オン マカギャラヤ ソワカ

[特徴]元々は荒々しい破壊戦闘と死を司る神。その大黒天には三つの性格がある。戦闘・財福・冥府の三つである。シヴァまたはドゥルガが世界を破壊するときに化身する姿ともされる。隠形・飛行に長じ、不老長寿の薬にも長じているために、傷つかず・自由自在に顕れ隠れるということから戦闘破壊の神として尊崇された。梵名Mahākālaのkālaには時の意味があり、現在過去未来の三世を越える神。そこから。死を超える閻魔神と同体とされ、冥府の神と、もされる。インドの寺院では厨房にこの神を祀ったところ、足りなかった食材がみたされたという伝説があり、そこから厨房の神・財福の神として崇められる。俵の上に乗り、袋を背中に担ぐ七福神として有名な大黒天は、日本の大国主命とその音が似ていることにより合柔された姿。

<<メッセージ1>>
食を意識しよう。医食同源、食は養生の薬でもある。
《解説》
インドの仏教寺院の厨房では、大黒天が柱に祀られていたことが、『南海寄海伝』に記されている。そこから日本の仏教寺院でも大黒天が祀られることは少なくない。これにまつわる伝説がある。ある寺院では百人の僧が寝起きしていた。そのために毎日の食事は百人分であった・ところが、あるとき五百人の僧がやってきて、食を調える時間がなくなってしまった。そこでこの大黒天に祈ったところ、百人の食材で全て賄うことができ、過不足がなかったという。そこからも厨房の尊象として崇拝を受けた。厨房は食事の場である。守護尊カードは、食事に意識を傾けることを勧めている。大黒天の一つの顔に不老長寿の薬を司るものがある。医食同源、食事もまた大切な薬。体調が思わしくない人は体調に合わせた食事を、体調に問題がない人は平生養生のための食事をしよう。

<<メッセージ2>>
破壊と豊穣は表裏一体。欲に振り回されることなく、自らを律し、今の道を歩め。
《解説》
厨房の神であり、財宝の神であり、大自在天の破壊面を象徴した神でもある大黒天。日本では大国主命と同一視され、右手に打ち出の小槌、左手に大きな袋、足元には俵がある。大国主命は、すさぶる神である素盞鳴尊(スサノオノミコト)の子孫で、少彦名神と共に国の運営をよくし。国造りの神として尊崇される。大黒天は、その名前・性格・出自から大国主命と同一視された。
大黒天は、財宝をもたらす神である。その力は絶大であり、欲望という波に飲み込まれると、それは破壊に繋がる。自らを律せよ。欲望という波が襲ってきたら、大黒天のもう一つの顔である破壊神の持つ刀でその波を切り払え。あなたの中の波のような欲望をよく破壊せよ。その欲望が破壊され、あなた自身を律したとき、あなたに豊穣がもたらされる。守護尊カードは、破壊と豊穣をよく知るようにあなたに勧めている。

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風天 11月天部1

風天:オン バヤベイ ソワカ

[特徴]八方天、十二天の一。西北の守護神。インドでは世界最初の原人プルシャの胸から生まれ、息と関連深い。有名な物語の『ラーマヤナ』のハヌマーンや『マハーバーラタ』のビーマの父である。また風が荒ぶると山をも砕くことから、力の強い神として尊崇される。この風天が、ガルーダのいない隙に須弥山を吹き飛ばしてできた島がスリランカであるという。一方、風は速きこと並ぶものがいために疾速の象徴であり、一切の衆生を救うことが早いことをも意味する。

<<メッセージ1>>
外に出て風を皮膚で感じよう。風の持つ性質を見よ。風は目に見えなくとも力強く、一切の塵を払い、熱を冷まし、隙間を通り抜け、ものをよく運ぶ。あなた自身が風であれ。
《解説》
風は目に見えない。しかし、台風が起きれば、その威力は凄まじい。大木をなぎ倒し、家々さえ破壊する。同じように、煩悩を破壊するのに絶大な力を発揮する風のようであれ。風は一切の塵を払い去るように、煩悩という塵垢を吹き飛ばす風のようであれ。風は熱いものをその冷気でよく冷ますように、煩悩という灼熱をよく冷ます風であれ。風は隙間があれば、そこに入り込み、通り抜けていくように、何物に執着しない風であれ。風は、力強く物を運ぶ。飛行機も凧もみな風に乗る。同じように、あなたも衆生を運ぶ風であれ。風を感じ、風の持つ性質を観じ、あなた自身が風となって、衆生のためによく活動せよ。

<<メッセージ2>>
呼吸をよく統御しよう。呼吸は、最良の薬。呼吸は力の源。はいて、吸う呼吸を強く意識しよう。
《解説》
呼吸をよく統御するよう、守護尊カードは求めている。呼吸は、その字のように、息をはいて吸うという順がある。まずゆっくりとゆっくりと、息を吐く。あなたの中の煩悩や障碍・濁りを外にまず出すことから始める。そして、自然に体の中の熱を冷ます清き風を中に入れ、新たな力を得よう。

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孔雀明王 11月守護部

孔雀明王:オン マユラギランデイ ソワカ

[特徴]孔雀は毒草毒蛇などを食べ、あの美しい羽を保つ。同じように孔雀明王は三毒(貪・瞋。痴)をよく食べつくして取り除き、業障を除くという。孔雀明王の本誓は一切衆生の諸毒を除くことである。

<<メッセージ1>>
あなたの中の毒を変化させよう。変化した毒は薬になり、また孔雀のような色鮮やかなあなたの羽根となる。
《解説》
薬は多量に使用すると毒になる。逆に毒は微量に用い、自らの病にあわせて用いれば、大いなる薬となっていく。あなたの煩悩を見つけ出したのならば、それを社会の治癒薬として用いよう。貪る心は、世界平和や万物の幸せを深く求める心へと変化させることができる。瞋りの心は社会悪に対しての怒りや、煩悩業障への怒りへと昇華できる。痴の心は、多くのものを学ばねばならないという謙虚な心へと結びつくことができる。煩悩を消し去るのではなく、煩悩を見つめ、自らの制御の下に置いたとき、煩悩は大きな社会への薬となる。
守護尊カードは、あなたに孔雀のように煩悩を食べ、それを彩り鮮やかな羽根にすることを求めている。その彩り鮮やかな羽根は、社会を変え、そしてあなた自身をも変化させていく。

<<メッセージ2>>
感謝の思いと言葉と行動を持てば、煩悩も災難も転じて、彩り鮮やかな幸福へと導いてくれる。
《解説》
煩悩や災難は辛いものだ。しかし、その煩悩も災難も、無始のかなたより積もり積もらせた罪業の結果に顕れたものであると知ると、その罪業が消えてしまったことであることも知ることができる。煩悩や災難で辛いことがあったときこそ、感謝の念を持ち、口に感謝の言葉を述べ、感謝の行動をとろう。そのときに忍辱波羅蜜を実践することになり、今度は逆に未来のすばらしい結果を生む種をまくことができる。その種は、彩り鮮やかな幸福という花を咲かせるだろう。

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金剛灯菩薩 11月供養部

金剛灯菩薩: オン バザラロケイ ジク

[特徴]阿弥陀如来が大日如来を灯明で供養するために流出した菩薩。阿弥陀如来は智慧門を司る。灯明は暗い場所を明るくする。無明という暗闇を破り、ありのままに物事を見出す智慧を象徴している。そのありのままに見出す眼こそ、仏眼仏母の五眼である。

<<メッセージ1>>
あなた自身が光となって、暗闇を照らし出そう。慈悲と智慧の力で優しく照らし出そう。そして、その灯火を広げていこう。
《解説》
灯火は、山を延焼するような灼熱の炎ではない。優しく穏やかで思いやりを有する火。暗闇を照らし出し、恐れや不安を取り除いていく。数多くの灯火も、たった一つの灯火から広がっていく。灯火が多く集まれば、暗闇は消え去り、ありのままに物事が見えてくる。あなた自身が灯火になって、他者の灯火を点けていこう。あなたのその思いが他者の心に新たな灯火を点けることができる。その灯火が友を作り出していく。
守護尊カードは、あなたに友の大切さを語っている。友はあなたを照らし出す灯火であり、またあなた自身が友の灯火である。その友の輪を広げていくチャンスを得ているのだ。人は一人で生きているのではない。しかし、ものごとをなしていき力はたった一人の熱き思いから始まっていく。あなたのその思いを具現化するために、あなた自身が光の光源であれ。他者の蝋燭に火をともしていく、最初の灯火であれ。

<<メッセージ2>>
明かりを点そう。暗闇を照らし出そう。ありのままに観察しよう。永続する苦など何もない。恐れるものも悩ますものも何もない。
《解説》
全ての明かりを消して、しばらくその暗闇に身を置く。するとあれこれ想像をしてしまい無用な不安が沸き起こる。そこに一つの灯明を照らす。その明かりが心を穏やかにさせ、ありのまま照らし出してくれる。そこに無用な想像が介入する余地はない。しかし、その灯火も暗闇があるからこそ、灯火としての役目を果たしているのだ。暗闇があるからこそ、灯火を明かりとして認識することができる。
あなたが今、暗闇の中に居るのならば、そのことに感謝しよう。それは灯火を強く認識することができるからだ。暗闇そのものに感謝するのではなく、暗闇に居て、自分の中が照らし出されることに感謝しよう。その感謝の思いが、あなたの中の灯火をより強く、より優しく輝かせる。その輝きで暗闇を照らせば、永続する苦や恐れ不安などは、無用な創造の産物であることを知ることができる。
守護尊カードは、あなたに明かりをともすことを薦めている。暗い部屋で実際に蝋燭を点けてみるのもよいだろう。その蝋燭の灯火を見つめ、暗闇を照らし出すすがたを観察してみると良い。そして、一本の蝋燭が、数多くの灯火の最初の一本であることも知ろう。あなたの中の熱き思いを思い出せ。あなた自身が、灯明となり、他者の燭台に明かりをともすときが来ている。あなた自身が、最初の灯火であれ。

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如意輪観音 11月菩薩部

如意輪観音:オン ハンドメイシンダマニジンバラ ウン

[特徴]六観音の一。在家・出家を問わず財物・教えを衆生に与えて救う観音。財物の布施をよくする如意珠、法を転ずる輪。また福徳を示す如意、智慧を示す輪。この尊は六本の手を持ち、六道(天・人・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄)より導き救うことを意味している。蓮華部と宝部の両方に属す観音。

<<メッセージ1>>
願いは叶えられている。次はあなた自身が、財を施し、法を伝えていこう。
《解説》
如意輪観音はよく財を施し、法を転じる菩薩。守護尊カードは、あなたあが如意輪観音によって、よく導かれていることを示している。すなわちあなた自身の願いは、目に見える形で現実化していなくともすでに叶っていることを意味している。それゆえに、他の願いに応じて財を施し、法を伝えよう。相手も潤うと同時に、あなた自身も心身ともに願い以上に潤っていく。

<<メッセージ2>>
気づいているか?心の奥底で願っている財物と法が既にあなたに授けられていることを。
《解説》
欲しい欲しいと願っていると、得られるものも得られない。欲しいと強く思うことは、それは自分の手元にないと規定してしまうことだ。手元になくとも、既に得ている、既に手に入っていると想い、感謝しよう。如意輪観音に祈りを捧げ、「ありがとう」、「感謝します」と手元に入る前に言葉に出して感謝しよう。そのとき、あなたが望む以上のものを速やかに得ることができる。

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聖観自在菩薩 11月仏部

聖観自在菩薩: オンアロリキャソワカ

 (本来は観音部や菩薩部に入れる菩薩ですが、
  胎蔵曼荼羅中台八葉院の四菩薩でもあるので、あえて仏部に入れました。)

[特徴]勢至菩薩と共に西方極楽浄土の阿弥陀如来の脇侍。あらゆる変化観音の元。阿弥陀如来の因位であることから阿弥陀如来を化仏として頭の上に乗せる。大悲を誓願とし、生死苦海に溺れる衆生の声を聞き、ありのままに観察し、さまざまな姿に変化して救う。白肉色であるのは大悲を表す赤と清浄を表す白との両義を示している。南の海にある補陀洛山を本拠とする。密教では観音ではなく聖観自在と呼ぶことが多い。自性清浄・法・大悲を象徴する。得自在清浄法性如来とも呼ばれる。

<<メッセージ1>>
ありのままに観察し、苦海に溺れるものに手を差し伸べよう。そこに観自在菩薩がいる。他者を救うものは自らも救われる。
《解説》
大慈は楽を与えることであり、大悲は苦を抜き去ること。棘が刺さっていれば抜かねばならない。痛みがあればやわらげねばならない。観自在菩薩は、自由自在にすべてをありのままに観察し、さまざまな姿に変化して苦しみもだえる衆生を救う。その救いは大いなる道。目先の小さな苦しみから救うことよりも、大きな悲しみや苦しみから救うことを大切にしている。小さな苦しみは他者をいたわる心を育てる。そのいたわる心が、他者を救う大悲の心に繋がり、そして他者を救う言葉や実行が、実は自らを救っていく。その瞬間に苦しみの海に溺れる者さえも観音の変化身であり、さらに周りにあるすべてのものが観音の変化身であることを知り、さらに自らも観音であることを知ることができる。

<<メッセージ2>>
観自在菩薩が目の前にいる。ありとあらゆるものに姿を変え、あなたを救ってくれているのだ。傷つき悲しみ苦しんだときこそ、深く感謝しよう。
《解説》
生まれ生まれ死に死に、何度も何度も生を繰り返しながら数え切れない重荷を背負っていく。その重荷に押しつぶされ、傷つき悲しみ苦しんでいく。しかし、その苦しみも悲しみも、実は自らの重荷をなくすためのものであると知る者は幸いである。傷ついた瞬間に、悲しんだ瞬間に、苦しんだ瞬間に、今までの重荷が一つずつ消えているのだ。そこで、執着という新たな重荷の種を植えてはならない。重荷が消えていると心から喜び、真の喜びを植えていこう。観自在菩薩は、ありとあらゆる姿になり、私たちを導いてくれている。それは生き物ばかりでなく、時には無機物となり、時には出来事となり、仏であることへの道へと私たちを導いてくれている。傷ついたときこそ、悲しんだときこそ、苦しんだときこそ、深く深く感謝しよう。この感謝こそが観音菩薩そのものであり、また観音菩薩が目の前にいると知り、大いなる悲心で私たちを包んでくれていることを感じることができる。なぜ救われないのかと悩む前に、観音菩薩に祈りを捧げ観音の大悲を身語心すべてを使って感じ取ろう。

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守護尊カードについて

今月より、毎月二十一日前後に守護尊カードの内容を、このブログにアップしていきます。この内容は毎月二十一日の月例弘法大師の日に午前10時からのお祈りの際に、おみくじを引いていただき、それと引き換えに授与するお守りカード(守護尊カード)のものです。毎月6体の神仏様と、一体に付き二つのメッセージがあります。年間を通せば72体、144のメッセージがあることになります。本来ですと高家寺に来ていただいて、おみくじを引いていただくことが良いと思います。信者さんの声のほとんどが、驚くほどに自分にピッタリのメッセージがやってくるとおっしゃっています。この結果には作った私自身が驚くほどのものばかり。体験していただければ、ご理解いただけると思います。

このカードのために、このブログ内にカテゴリーで「守護尊カード あなたの曼荼羅を作る」というものを新規設定いたしました。

毎月の予定ですが、合間の時間にアップしますので、タイトな時間設定はできませんので、そのあたりはよろしくお願いいたします。

尚、あくまでもここに記したのは高野山真言宗の統一見解ではありません。高野山真言宗の一田舎寺の住職が、学んできた内容をベースに感得した内容です。伝統的なものを現代社会に分かりやすく取り組むために、かなり強引に月別や各部に分けた感は否めません。また、本来ならば金剛界や胎蔵の両部の曼荼羅をそれぞれ別々に正確に説くべきなのでしょうが、そのあたりは学者の方々にお任せしまして、あくまでも最前線のお寺で信者さんにお渡し、仏の世界とより深く結びついていただくことをベースに作られたものです。

ここに記された内容で優れた点は、すべて、高祖弘法大師や、師匠の松長管長猊下を始め私に教えを説いてくださった多くの古今の先師の方々の成果です。逆に稚拙であったり良くない部分がありましたら、それはすべて私個人の責任です。その点もご了承願います。

この内容はあくまでも2.1の内容です。今後も2.2  3.0  4.0などとヴァージョンアップを行っていきます。そのヴァージョンアップも、多くの方々と共に改良を重ねていきたいので、ご意見があればいろいろお寄せください。

では、よろしくお願いいたします

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