2008/06/21

宝生如来 6月仏部

宝生如来
[読み]ほうしょうにょらい
[真言]オン アラタンノウ サンバンバ タラク

[特徴]金剛界四仏の一。南方の如来。宝が出生するという意味。
宝を生むのではなく、宝が自然に生じてくる如来で、平等性智を司り、福徳を生じる。灌頂・布施を象徴する。四親近は、金剛宝・金剛光・金剛幢・金剛笑。目標や目的。無限の価値などをも象徴する。

<<メッセージ1>>
大いに与えよ。他者を潤す者こそ、真の意味で自らも潤す。

《解説》
密教では宝生如来は、施すことを象徴する。施しのシンボルは水。水がノドの渇きを潤すように、お金や物による施しは肉体的に生きる支えとなり、教えを施すことは精神的に生きる支えとなる。真に価値あるものは何かを見極め、物にせよ、教えにせよ、自らが手にしたものを他者に施そう。他者によく施しをする者こそが、誰よりも自らが最も潤っていくものである。

<<メッセージ2>>

心身ともに乾いていないか?水分を適度に摂り身体に潤いを。仏法を見聞きして心に潤いを。自他共に心身に潤いを。
《解説》
大乗仏教の最初で最大の修行は布施行だといわれる。自ら持てるもの(お金や物でも教えでもよい)を他者に施し、周りを潤すことであなた自身が最大に潤される。心身に潤いを与え、施しの行をおこなおう。そこからあなた自身の真の価値とは何かが見えてくる。お水をお供えすることで、潤いを与え渇きを癒すことに意識を傾けることもできる。潤いは施しに繋がる。心身ともに乾いていたら、宝生如来に施しのシンボルであるお水を供え、自らそれを飲み干そう。法話を聞いたり、書物を読んだり、仏像仏画を見たり作ったりしよう。そして、一人でも多くの人に心身の潤いを与える施しをしよう。

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虚空蔵菩薩 6月菩薩部

虚空蔵菩薩
[読み]こくうぞうぼさつ
[別名]金剛宝・如意金剛・富貴金剛・無尽金剛
[真言]ノウボウ アキャシャギャラバヤ オン アリキャマリボリ ソワカ

[特徴] 宇宙の蔵を意味し、福徳智慧の二資糧を満たす菩薩。金剛宝菩薩と同体。光炎を発する宝珠を象徴とする。また明星(金星)を象徴ともすることあり。あらゆることを憶持する求聞持法の本尊とする(求聞持法は他の尊を本尊にする場合もある)。十三参りはそこから得られた智慧に結び付けられ信仰されている。

<<メッセージ1>>
平等とは均一化ではない。各々の特性を生かすことこそ、真の平等である。その特性こそ、最大の宝であることを知ろう。
《解説》
平等とは何なのだろうか?均一化という謝った平等観を捨て去って、各々が持つ特性を生かすことに注意を払おう。特性があるからこそ、価値が生じる。その価値とは、低い高いではない。ダイヤモンドという宝石さえも、人によっては大切な至極の宝石であり、人によっては金属を磨く道具であり、人によっては無用の長物である。同じものでも、人によってその価値は異なってくる。しかし、人によってその価値が異なるからこそ、各々が持つ個性が重要になってくる。人の顔が、全く同じであることはない。群がる蟻も、一体一体個性があるという。制服という服装さえも人によって着こなしが異なり全く別物に見えることがある。自分の価値基準を他者に押し付ける均一化という平等ではなく、個性を見出す平等性に眼を向けよう。平等とは、大きな価値を見出すことでもあるのだ。


<<メッセージ2>>

欲しければ、それ以上に持てるものを他者に与えよ。与えれば思わぬ方向から願い以上のものを得ることができる。
《解説》
何かを手に持っていると、他のものを持つことはできない。物にせよ、考えにせよ、教えにせよ、あなたが持っているものを、他者に与えよう。ただし、それは相手に見返りを求めて与えることではない。取引とは異なる。神社仏閣教会への寄付でも良い。事前団体への寄付でも良い。自らの労働を無償提供することも可能だろうし、教えを他者に語ることも良いだろう。おびえる人の傍に居てあげるのもよい。笑顔で語り、優しい言葉をかけるのも他者への無償の施し。
光が与えれば影ができる。光が強ければ強いほど、濃く深い影ができる。自らの利益を求めず他者に施すものは、あらゆる方向からの光を得て、この深き影から逃れることができる。虚空蔵菩薩は、利益を求めず施しをする者の深く濃い影を照らし出し、影を消滅させる。
すでにあなたは満たされていることを知ろう。欠けていると感じるの、他者に手渡していないからだ。あなたの大切なもので他者へ施しをしよう。そして虚空蔵菩薩に祈りを捧げることで、あなたの影は消えていくだろう。



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金剛索菩薩 6月供養部

金剛索菩薩
[読み]こんごうさくぼさつ
[別名]等引金剛・慈引金剛
[真言]オン バザラハシャ ウン

[特徴]金剛界四摂菩薩の一。金剛界曼荼羅の南門に位地する。大日如来より出で、慈悲心で衆生を仏法に等しく引き入れることを象徴する。

<<メッセージ1>>
慈しみの心をもって、平等に人物事物を招き入れよう。未知なる世界に飛び込み、他者と共に語り、他者と共に行動をするとき。
《解説》
あなた自身は、大いなる命の大慈悲心によってすでに神仏の世界に引き入れられている。あなたは大慈悲心に包まれている。それゆえに、未知なる世界に飛び込んで、慈しみの心をもって、他者と語りと他者と行動を共にしよう。共に語り共に行動することで、自他の区別なく相手もまた大いなる命の大慈悲心に包まれる。

<<メッセージ2>>
すでに縁を得ているにもかかわらず、一歩踏み出すことをためらっていないか?門の前でためらっていないか?思い切って門の中に入ってみよう。
《解説》
門の中に入らねばならないことを知っているのに、門の前でためらう。多くの人がこうした経験をしている。。大いなる命が大慈悲心をもってあなたを中に引き入れようとしている。怖がることはない。すでにあなたは慈しみの心で包まれているのだ。
もう一つあなたには伝えられようとしていることがある。自らが大いなる命の門の中に入るのと同時に、あなた自身が他者を慈しみの心を持って引き入れるときが来ている。未知なるものも既知なるものも、人物も事物も、平等に中に引き入れ、そして自らもためらいを捨て思い切って門の中に入ろう。

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増長天 6月守護部

増長天
[読み]ぞうじょうてん
[別名] 毘廬勒叉善神
[真言]オン ビロダキャヤシャ ジハタエイ ソワカ

[特徴]四天王の一。鳩槃多・毘廬擇などの二十八将の鬼類を眷族とする。般若守護十六善神の一。威徳を増長させることを本誓とし、万物をよく生み出す徳を象徴する。

<<メッセージ1>>
心身ともにエネルギーが増大している。あなた自身を守ると同時に他者をも守る力に満ち満ちている。
《解説》
増長天は南方の守護神である。エネルギーや威徳の増大をも司る。守護尊カードは
あなたがエネルギーに満ち満ちていることを告げている。増長天は鬼神の頭領でもある。あなたの中の鬼神のような力強いエネルギーを昇華しそのエネルギーを自分を守ることはもちろん、他者をも自分のように守ることを求めている。、

<<メッセージ2>>
怒りのエネルギーも、邪な思いも、使い方によっては威徳を増長させる。感情に振り回されることなく、強き思いをよくコントロールせよ。
《解説》
荒々しい感情を押さえつけようとすると、かえってその力で自分自身が振り回されてしまう。その力を押さえつけてはならない。荒々しい感情は大いなる破壊をもたらす。破壊の後に創造があるように、善にも悪にもエネルギーが増大している。破壊をするなら、悪習を破壊しよう。悪癖を破壊しよう。そして新たな習慣づけを行うことで、あなたの中の偉大なエネルギーをコントロールしよう。

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韋駄天 6月天部1

韋駄天
[読み]いだてん
[別名]陰天・私建陀・塞建陀・違陀天
[真言]オン イダテイタ モコテイタ ソワカ

[特徴]増長天の八将の一。伽藍の守護神として尊崇される。シヴァ神(大自在天)の子で、六人の乳母に育てられたために六つの顔を持つ。鬼神の首領。韋駄天の韋は建の誤写とされ、そこから韋駄天という名前が生まれたという。俗説で、捷疾鬼が仏舎利を持って逃げた際に、これに追いつき取り戻したことから足の速い韋駄天走りという言葉が生まれた。経典では塞建陀の名が使われる。

<<メッセージ1>>
韋駄天の足を得た。すべてのものに追いつくことができ、すべてのものが追いつけない。まさにスピードアップのときだ。
《解説》
韋駄天走りは経典に根拠があるものではなく、伝承の中で生まれた言葉。ギリシア神話のヘルメスになぞらえ、足の速い神として尊崇されている。韋駄天を情報の象徴と捉えてもよい。
あなたは走ることを求められている。今、あなたには韋駄天が守っているから安心だ。今またはこれから行うことをスピードアップしても良い時期だ。アクセル全開で、前に進め。

<<メッセージ2>>
情報を手にしているのに放っていないか?素早い足を持っているのに、遅れていないか?止まっていないか?情報を見つめなおし、その足で素早く走るときがきている。
《解説》
どんなにすばらしい情報があっても、それを使わなければそれは情報ではない。情報は英語に直すとintelligennce。つまり知性を意味する。使ってこそ情報だ。その情報を素早く使うときがきている。寝ていたり座っているのならば、立ち上がって情報を使え。とまっていたり、遅れているのならば、素早く行動せよ。素早い動きと情報の活用があなたに求められている。

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鬼子母神 6月天部2

鬼子母神
[読み]きしもじん
[別名]訶利帝母・歓喜母・天母・青色鬼・愛子母
[真言]オン ドントマリギャキテイ ソワカ

[特徴]。
半支迦という夜叉の妻で五百人の子供が居た。鬼子母神は人間の子供を捉えては食べていた。それをとめるべく釈尊は彼女の末娘を隠してしまう。それに怒り狂った鬼子母神だが、一子を思う母の心を釈尊に説法され、子供を返してもらった後は、子供の守護神となり、仏法を守る善神になったという伝説がある。五百人の子供が居ることから、子授けや出産・育児の象徴でもある。人の子を食べることを諦めたために、そのかわりに赤い血のような果汁を出す柘榴を好んで食べるようになった。

<<メッセージ1>>
母親が一子を思うような慈しみの心で、事物を育てよう。
《解説》
母は自分の肉体の一部として子を産み、育てる。その愛情の深さは計り知れない。自分の命よりも、もっともっと大切に思うからだ。この愛情を、自分の子や家族ばかりでなく、他者へも、また居他の生き物へも、そしてありとあらゆる事物へと広げていくとき、大いなる慈母の心となる。
ありとあらゆる事物に対し、自分の子供のように見つめたとき、あなた自身が大いなる命の最大限の愛情の深さを実感する。守護尊カードは語る。その慈母の心を、ありとあらゆるものに向け、あなた自身が最大限の慈母の心を知るとき来ていると。

<<メッセージ2>>

自分の中の悪鬼を探し、そのエネルギーを昇華せよ。子や家族を愛するのは自分ばかりではない。他者もまた同じように、子を愛し家族を愛するものであることを知ろう。
《解説》
鬼子母神は自分の子さえ良ければ好いという考えで、人間の子を食らってきた。その独善的な考えも、実は自分と自分の子の愛しさゆえの蒙昧であった。子供や家族への愛情は人の心を潤すが、一方では他者はどうなってもいいという排他主義の裏面もあることを知らねばならない。釈尊に出会うまでの鬼子母神は、まさに愛ゆえに盲目になった鬼女であった。しかし、自分の子が行方不明になり、半狂乱と成ったときに初めて知る。自分に子を食らわれた親は、今の自分と同じように半狂乱になったに違いないと。そこから彼女は大きく変化し、すべての子供の守護神となり、母親の愛情のシンボルとなっていく。
最初は、自分の子供のみ、家族のみの愛情であってもよい。その愛情をとことん追求することも時には大切だ。しかし、子供や家族を愛するのは自分だけではない。他者もまた同じであることを知るときが来ていると、守護尊カードは語っているのだ。
自分の中の愛に溺れた鬼女の側面を見つめよう。そして、その愛情は実は大慈心と表裏一体であり、他者の気持ちを知り、他者をもその愛情で包もうと決意したとき、あなたの中の鬼女は消え、誰よりも愛情深い慈しみに満ちた存在となるだろう。

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2008/05/21

普賢菩薩 5月仏部

普賢菩薩
[読み]ふげんぼさつ
[真言]オン サンマヤサトバン

[特徴]文殊菩薩と共に釈迦如来の脇侍、胎蔵中台八葉院の四菩薩の一、金剛界曼荼羅金剛薩埵よ同体。金剛心、菩提心、徳、大捨無量心を司る。菩提行をよく行じ衆生をよく引導する菩薩で、一切平等建立如来でもある。宇宙がなくなるまで、衆生が居なくなるまで、衆生の業がなくなるまで、衆生の煩悩がなくなるまで、自らの願いは尽きることがないという衆生済度の大誓願を立てている。

<<メッセージ1>>
何かを得るには手に持っているものを手放さねばならない。物事に執着せず、勇気をもって進め。あなたは願いそのものだ。既に目的に到達したのと同じだ。
《解説》
普賢菩薩は堅固な菩提心を表す。菩提心は、花にたとえるならば種。種が植えられるからこそ、芽が出て、根が出て、花も咲かせ、実もなる。種こそがすべての始まりである。逆に言えば、種をしっかりと蒔けば、収穫も得られたと同じことである。それと同じようにすでに種は植えられている。それを上手に育てさえすれば目的に到達したことと同じなのだ。さらに普賢菩薩は、四無量心のうち、大捨無量心を司る。手に何かを持っていると、次なるものをつかむことはできない。どこかに放り出さなくてもいい。その場に手に持てるものを置き、まず手の内を空にすることだ。そうすれば、果実を得ることができる。持てるものを手放すことで、次なる果実を得られたと確信して欲しい。
自らの胸の辺りに大きな月輪(柔らかに光り輝く満月)を想いうかべ、そこにあなたが行おうとしていることのシンボルを置くことだ。そのシンボルは、文字であってもよい。何か形であってもよい。そのシンボルを心に置くことで、あなたの意志はより堅固になっていくだろう。

<<メッセージ2>>
何かに執着していないか?あれもこれもと欲張っていないか?持てるものを手放して、他者を潤おそう。直接、自分に利得のない分野へ供することにより、より大きなものを得ることができる。
 《解説》
何かに執着していると、そこから身動きが取れなくなる。身動きが取れないとせっかくの果実を得ることができない。執着心を離れなければ成らないときが来ている。
だからといって、執着心から遠ざかるには布施ががもっとも有効だ。自ら持てるものを持てないものに提供することで執着から離れていく。特に、見返りのない分野へ提供することは大切だ。大成功を収めたものが、自らの得にならない分野へ寄付するのは、布施の効果や意味を本能的に分かっているからだ。成功してからではない。成功する前に提供しよう。普賢菩薩に祈りを捧げ、今すぐにあなたの持てるものを持てないものに手渡そう。そうすることで、空になったあなたの手元に、望むものよりも大きなものがやってくる。

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般若菩薩 5月菩薩部

般若菩薩
[読み]はんにゃぼさつ
[真言] オン チシュリ シュロタ ビジャエイ ソワカ 

[特徴] 智慧である般若波羅蜜は暴風雨にも微動だにしない、山の中の王の須弥山に喩えられる。全てのものを受け入れる大海にも喩えられる。般若菩薩は般若波羅蜜の象徴。尊形は女尊。そのために仏母・覚母とも呼ばれる。般若心経の真言「ギャーテイ ギャーテイ ハーラーギャーテイ ハラソウギャーテイ ボウジー ソワカ」は、大般若菩薩の大心真言とされる。

<<メッセージ1>>

暗闇を照らせ。ありのままに見よ。右でも左でもない。上でも下でもない。あなたの求めるものはここにある。
《解説》
真っ暗闇を照らすときには灯火が要る。灯火があれば、暗闇で見えなかったものが見えるようになる。灯火は般若の象徴。灯火と同じように般若(智慧)は、暗闇を照らし出す智慧。もっと進めて言えばと、特別に得るものではない。誰もが備わっている、ありのままに物事を観ることを般若という。般若の灯火で心の中を照らし出すと、必要としていたものはどこか遠くにあるのではなく、目の前にあることに気づく。目の前にあったのに、暗闇でそれに気づかなかっただけなのだ。
あなたの暗闇に光を当て、物事をありのままに観ることを勧めている。そうすることで、本当に大切なものを見つけ出すことができる。

<<メッセージ2>>
真実から目を逸らしていないか?暗闇の中でもがいていないか?光を照らしありのままに見ることで、今の苦しみから解放される。
 《解説》
暗闇の中では、いたずらに不安が募っていく。悲しみや苦しみの想像が膨れ上がり、自分自身で巨大な怪物を作り上げてしまうのだ。しかし、実際にはそのような怪物など居るわけではない。ただ自分の恐れが引き起こしているに過ぎないのだ。その怪物から逃れるためには、ものごとをありのままに見つめ、それを受け入れることから始めねばならない
暗くした部屋に、蝋燭などで灯火をつけ、般若心経をお唱えすることだ。部屋を暗くすることで、蝋燭の明るさを実感できる。「暗闇に包まれた人生こそが、実は明かりの意味を知る最大のチャンス」ということを知るとき。般若菩薩に祈りを捧げ、あなたの暗闇を照らして、ありのままに見よ。そこには恐れるものは何もない。

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金剛香菩薩 5月供養部

金剛香菩薩
[読み]こんごうこう
[真言] オン バザラドベイ アク

[特徴]金剛界外四供養菩薩の一。アシュク如来が、大日如来を供養するために流出した菩薩。香を焚くと速やかに広がるところから速疾を意味し、香が悪臭を消すところから煩悩という悪臭を消しさる適悦無碍の智を司る。

<<メッセージ1>>
薫香は素早く部屋の中を広がるように、あなたの思いも素早く広げるときだ。悪臭を消し去ろう。悪習を断ち、速やかに行動し、工夫努力を続けるとき。
《解説》
薫香は焚き続けるもの。続けることは継続を意味し、精進を重ねていくことを象徴する。また悪臭漂う場所でも、香りよい薫香を焚けば、心地よい香りへと変わっていく。薫香は素早さと、悪い習慣を断つことを意味する。
今までの悪習を断ち、速やかにあなたの心の底の思いを達成することを望んでいる。そのためには、速やかに行動し、工夫することを続けることが重要な鍵だ。精進せよ。

<<メッセージ2>>
悪習という悪臭を放っていないか?自らに戒め、精進を続けることにより悪習から開放される。
 《解説》
 今までの生活の中で、知らぬ間に身についている習慣。そのなかでも、悪しき習慣は悪臭のように周りを辟易させるものだ。十善戒などの善き習慣を身に着けることで悪習を断つことができる。
部屋に薫香を焚き、精進をしていくことに意識を傾けることを、あなたに勧めている。まず一つの善き習慣を身につけ、悪習を断て。何度も何度も繰り返し繰り返し、善き習慣が身につくように、工夫努力し続けよう。

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不動明王 5月守護部

不動明王
[読み]ふどうみょうおう
[真言] ノウマク サーマンダー バーザラダン センダー マーカロシャーダー 
ソハタヤ ウン タラター カン マン

[特徴]大日如来が変化(へんげ)した尊。行者をよく守護し、よく仕え、仏法を障碍するものを断つ。忿怒の姿をするのは煩悩を憎むためであり、体から出る炎は煩悩を燃やし尽くすためのもの。内には慈悲の心を秘め、いつも衆生を救うわんと思っているために額には水波の皺があり、独り子を救うような慈悲をたれることを意味する弁髪を左肩に垂らしている。右手には煩悩を切り裂く般若利剣を持ち、左手には畏れて逃げ出す衆生を繋ぎ留める羂索を持っている。どの尊よりも早く願い事をかなえてくれる尊でもあり、日本ではもっとも人気のある仏の一人。

<<メッセージ1>>
中心軸がぶれないこと。中心軸がぶれなければ自由自在に動ける。今こそ動くとき。何事にも尽力せよ。
《解説》
不動明王は、その名前に反し最もよく動く仏である。では、なぜ不動明王なのか?スポーツや武道をするとよく分かるのだが、中心軸がぶれないものこそがもっとも自由自在に動くことができる。まさに、この中心軸がぶれない仏が不動明王。仏法の中心軸は、菩提心。堅固な菩提心を象徴する仏であるからこそ、もっともよく動くことができる。
今こそ行動のときであることを告げている。ただし、そのためには、心の中心軸をしっかりと保つことがキーワードだ。

<<メッセージ2>>
重荷を背負っていないか?重荷を下ろすときが来ている。神仏に懺悔せよ。そのとき望みが叶えられる
 《解説》
不動尊は、行者の懺悔を数えて、その望みを叶えることを誓願としている。生まれ生まれ死に死に、何度も繰り返してきた生。その間に私たちはあまりにも多くの罪障を背負ってしまっている。それは意識したものもあれば無意識のものもあるはずだ。その重荷を背負ったまま歩くと手足が自由に動かなくなる。その重荷を下ろすことを勧めている。重荷を下ろすには、懺悔がもっとも効果的だ。神仏に向かって礼拝し、その一回一回の礼拝のたびに、自分の背負った罪業が一つ一つ消えるとイメージする。懺悔によって、しがみついていた罪業を手放そう。手放せば次なるものが手に入る。欲しければ手放すこと。懺悔によって、罪業を手放し、あなたが本当に必要とするものを、その手につかもう。

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火天 5月天部1

火天
[読み]かてん
[真言]オン アギャノエイ ソワカ

[特徴] 十二天の一。西方の守護天。インドのアグミこと。人間と天の神々の仲介者として火の神として古くからインドで尊崇される。火を燃やし、その中に供物を入れるといち早く煙となって天に昇るからである。また水の難がある場合、煩悩を焼き尽くすには火天に祈ると良いとされる。さらに、火天が喜ぶときには、人身の熱気が時にしたがって増減し、時節の温暖が順調であるという。
火天に十二の火があるという。智火(増益)・行満(息災)・風燥・三角赤色(敬愛)・仁恵哀憐・忿怒(降伏)・温腹・費耗・意生・受食・悉成などがそれである。

<<メッセージ1>>
あなた自身が炎となって、周りを温め、暗闇を照らし出せ。
《解説》
火を用いることで、人類は知恵を増進させていくことができた。暗闇を照らし出し、食物に火を通すようになり、大いなるエネルギーを活用するようになった。また火は智慧の象徴。智慧は煩悩を燃やし尽くす。
周りに明かりがなくても、あなた自身が灯火となれば、他者の消えた灯明に火を点けることができる。一つの灯火が万灯へと連なっていく。
 暗闇に灯火を点け、明るく照らし出そう。寒く凍える場所では、炎によって温めていこう。身体も言葉も心の内も、炎の持つ力を上手に活用し、力強く温かく、活かしていくときが今だ。

<<メッセージ2>>
願いばかりを望んでいないか?あなたの煩悩をまず燃やせ。その火は智慧であり、周りやあなた自身を温め、光を与えてくれる。その火はあなたの願いを速やかに叶えてくれる。

《解説》
火は煩悩を燃やす智慧の象徴。智慧を使い、周囲を利益しよう。周りを利益することによってあなた自身が誰よりも利益を得ることができる。火天に祈ると天にいち早く願いが届くという。智慧の火により煩悩を燃やすことによって、あなたの願いはかなえられる。

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福禄寿 5月天部2

福禄寿
[読み]ふくろくじゅ
[真言]ナム フクロクジュ

[特徴] 七福神の一。福(幸運・子孫繁栄)・禄(財産)・寿(長命長寿)の化身。。短身、長頭で、ひげが多く、経巻を結びつけた杖を携え、多く鶴を従えている。中国では南極星の化身。

<<メッセージ1>>
幸運・財運・長寿に守られている。今の自分に十分感謝しよう。
《解説》
中国では、三つの徳を大切にしている。福(幸運・子孫繁栄)・禄(財産)・寿(長命長寿)がそれだ。人には天が定めた命数がある。長い短いは他者が決めることではなく、その人自身が感じること。守護尊カードは、今の自分とその環境に深く感謝の祈りを捧げることを臨んでいる。ありがとう。随意となえることで、三つの福徳がますます増進していくだろう。

<<メッセージ2>>
幸福になりたい、財運に恵まれたい、長寿で居たいと願ってないか?希望は今の自分の否定であり、今の自分が福徳に恵まれていないと宣言することになってしまう。希望するより感謝せよ。今の自分にも未来の自分にも感謝するとき、真の福徳は引き寄せなくても向こうからやってくる。
 《解説》
守護尊カードは、あなたに「望む」ことよりも「感謝する」ことを勧めている。幸運は自ら引きよせるものではなく、向こうからやってくるように見える。より大きな視野で見ると、それはやってくるのではなく、実は自分の思念が作り出しているものであることがわかる。「しあわせになりたい」「おかねもちになりたい」「長生きしたい」と願うことは、現状を否定しているに他ならない。今の自分をまず認めるところから始めよう。そしょいてそれを大いなる命に感謝するとき、寿老人はあなたと共にある。

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2008/04/21

薬師如来 4月仏部

薬師如来   [読み]やくしにょらい  [別名]医王・瑠璃光王
[真言]オン コロコロセンダリマトウギ ソワカ 

[特徴]東方瑠璃光浄土の主。十二本願を持つ。釈尊がよく人の心の治療者であったことから、その治病の面が人格化した如来。月光・日光に両菩薩を脇侍とする。十二本願とは、相好具足・二光明照被・所求満足・安立大乗・持戒清浄・諸根完具・除病安楽・転女成男・去邪趣正・息災離苦・飢餓飽満・荘具豊満のことで、そのために日本では国分寺が各國に作られた際に本尊を薬師如来とした。

<<メッセージ1>>
三種の薬あり。下薬はいわゆる治病の薬。中薬は毎日摂る食事。上薬は常に行っている呼吸。呼吸と食事を整え心身を整えるとき
《解説》 仏教経典に、三薬が説かれているわけではない。道教の『神農経』と呼ばれるものに、上薬、中薬、下薬が説かれている。下薬は除病、中薬は養性、上薬は養生の薬とされる。上薬は毒性がなく、下薬は毒性ありとも言われている。この薬を人に約せば薬師如来となる。毒性がなく心身を養生するものといえば常に行っている呼吸。毎日定時に摂り、身体を整え、医食同源とするのが食事。病になったときに。その除病のときに用いるのがいわゆるお薬。薬よりも、呼吸と食事に意識を傾ければ、より心身が健康。

<<メッセージ2>>
薬を使い過ぎていないか?食事を取りすぎたり、偏ったりしていないか?呼吸が浅くなっていないか?過ぎたるはなおおよばざるが如し。呼吸も食事も薬も適度にする必要がある。 
《解説》 病を治すときには薬を使う。ただその病に対しての効能の部分にばかり目が注がれ、副作用に関してはあまり注視されない。そのために、病は癒えても別の病に罹り、また別の薬を飲まざるを得なくなったりする例は少なくない。また、本来は少量を一時期だけ飲むべき薬を連続使用することで、その使用量が徐々に増えていき、ついにはどんなに多量に使用しても効果がなくなってしまう例もある。目先の病を癒す薬は徐々に減らしていく必要がある。その代わりに、食事や呼吸により体質改善と心身の安定を図り、心身全体として健康を維持していくことが大切。その食事も摂り過ぎると栄養過多になり、偏食するとバランスを失う。呼吸も同じで、吸うことばかりに気を取られると過呼吸になりやすく心身のバランスを失う。薬も食事も呼吸もその心身に合わせた適度なものが必要だ。
 薬や食事と呼吸のバランスを求めている。また薬ばかりでなく、何事においても過度になり過ぎないようにバランスを保つこと。

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月光菩薩 4月菩薩部

月光菩薩  [読み]がっこうぼさつ[別名]清涼金剛 適悦金剛 威徳金剛
[真言] オン センダラ ハラバヤ ソワカ 

[特徴]日光菩薩と共に薬師如来の脇侍。月は清涼感を与えてくれる。その月を象徴する月光菩薩は、煩悩の灼熱に苦しむものに清涼感を与え、そのやさしい月の光は慈愛を示す。また、三日月は別名を磨鉱といい、これから修行を行っていくことを象徴し、十三夜は円満する直前の美しさを表している。満月は円満する菩提心を表し、十六分月は、十六空または十六大菩薩を象徴する。童子形。

<<メッセージ1>>
月のメッセージを受け取ろう。月はあなたに多くを語りかけている。
《解説》
月を十六に分ける観想がある。堅固な菩提心を表し、不動の意志を象徴する金剛薩?・金剛王・金剛愛・金剛喜。福徳を表し、価値や目標を象徴する金剛宝・金剛光・金剛幢・金剛笑。智慧と慈悲を象徴し、知識や情報(informationではなくintelligennce)を表す金剛法・金剛利・金剛因・金剛語。円満する事業活全動を象徴する金剛業・金剛護・金剛牙・金剛拳。これら十六の菩薩を月に配当させ、この十六大菩薩が円満したものを満月とする観想である。これは月には多くの意味が含まれていることも象徴している。ここからどんな意味を見出すかはあなた次第だ。
あなたに月を実際に見ることと、あなたが観想で月を観ることの両者を勧められる。そして、そのどちらからもあなたへ多くのメッセージを発していることを知ろう。

<<メッセージ2>>
月は満ち欠けする。満ち欠けは命の躍動。月の光は優しい慈愛の光。月はツキを呼ぶ。
《解説》
世の中悪いことばかりではない。厭なこともあれば、良きことも必ず起きる。それは月が満ち欠けするのと同じだ。しかし、月は実際に満ち欠けするのではなく、地球の陰に隠れて欠けているように見えるだけだ。実際の月は満月そのもの。同じように人の心も満月そのもので、煩悩という雲霧によって満ち欠けしているように見えるだけなのだ。しかし、この満ち欠けこそが命の躍動。煩悩があるからこそ覚りを実感できる。煩悩は昇華すれば、大慈悲に繋がる。
満ち欠けすることを嘆くのではなく、満ち欠けするからこそさまざまなことに気づくことができることを感謝しよう。その感謝は、人生の大いなるツキを招く。

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金剛嬉菩薩 4月供養部

金剛嬉菩薩  [読み]こんごうきぼさつ  [別名]金剛嬉戯 普敬金剛
[真言]オン バザララサ コク

[特徴]金剛界内四供養菩薩の第一。大日如来が阿?如来のために流出した菩薩。不動の菩提心を衆生が発すことを悦ぶことを象徴する

<<メッセージ1>>
既に道を歩み始めている。大いに喜ぼう。大いに悦ぼう。深く感謝しよう。
《解説》
自分自身がこの世に生かされ、自分らしく生きることができることに深く感謝しよう。それは心の奥底の喜びに繋がるものであり、世間的な目先の悦びとは根本的に異なっている。心の奥底からの喜びは、世間的な皮相的な悦びを打ち破り乗り越える力を持つ。世間的な悦びが刹那的なものに対して、心の奥底の喜びは永続的なものである。守護尊カードは、あなたは既にその心の奥底の喜びにつながる道を歩んでいることを示している。そのことを大いに喜べ。大いに悦べ。大いなる堅固な意志に支えられたその道を邁進できることに深く感謝しよう。

<<メッセージ2>>
どんな時に、どんなことに、嬉しさを感じるのか?それは永続的なのか?刹那的なのか?貪るような悦びを超え、心の奥底からの悦びを感じるときが来た。
《解説》
この世に現れたものは、全て大いなる意志の顕れである。大いなる命の中で生かされているからこそ、その命を生かすときに、心の奥底からの永続的な喜びを感じることができる。それは刹那的な世間的な悦びと、表層的には似ているが、実態としては全く異なったものである。
あなたはどんな時に、心の奥底から打ち震えるような喜びを感じるのか?どんなことに、永続的な勇気あふれる喜びを見出すのか?その喜びを見出すときが来ていることをあなたに。あなたがこの世に生まれ、その肉体を持って生まれてきた意味を見つけ、大いに喜ぶときが来ているのだ。このチャンスに大いに感謝し、心の奥底の声に耳を傾けよう。

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降三世明王 4月守護部

降三世明王  [読み]ごうざんぜみょうおう   [別名]金剛吽迦羅
[真言]オン ソンバ ニソンバ ウン バザラウン ハッタ 

[特徴] 五大明王の一。東方を守護し、アシュク如来または大日如来、金剛薩?の所変とされる。三毒(貪瞋痴)三世(現在過去未来)三界(欲界・色界・無色界)三密(身口意)三身(法身・報身・応身)の毒をを象徴する大自在天・烏摩妃を踏みつけ倒し、新たな命を与える明王。

<<メッセージ1>>
大いなる力を得た。揺れ動かない強き思いが、邪魔するすべてを打ち砕き、新たな命を吹き込ませる。
《解説》
降三世明王は、菩提心の象徴である阿?如来や金剛薩?の所変した姿。ありとあらゆる煩悩を踏み倒す力を持つ。そしてその力は、倒した相手を生まれ変わらせ、大いなる力へと変成させる。堅固な菩提心は、煩悩を摧破し、煩悩即菩提の大いなる秘密をもたらしてくれる。

<<メッセージ2>>
貪っていないか?怒っていないか?流されていないか?物や過去に囚われていないか?未来を恐れていないか?自分の中の毒を踏みつけ、新たなものに。
《解説》
あれもこれも欲しいという欲望に振り回されたり、怒りに我を忘れたり、よく確かめもせずに他者の言葉に流されたりすると、そこはまさに荒れ狂う波の中。過去の出来事に執着したり、やまだ起きても居ない未来を恐れたりすると今を生きていることを忘れ、そこもまた苦しみの海。自分に中の毒を見つけよう。自分の中の執着を知ろう。それらの毒を堅固な思いで砕いてしまおう。破壊の後に創造があることを知れば、毒は使い方で薬になり、執着も堅固な思いに連なり精進へと繋がっていく。

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帝釈天 4月天部1

帝釈天  [読み]たいしゃくてん  [別名]天帝
[真言]オン インダラヤ ソワカ 

[特徴]八方天、十二天の一。東方の守護神。須弥山の主で、他の三十二天を統率する。仏法守護、鎮護国家、済世利民の天として梵天と対をなす。元々は雷雨神で、その威力が絶大であることから尊崇された。雷撃をもって魔を打ち滅ぼす神であり、雷撃の象徴として独鈷杵を持つ。帝釈天の住む城は喜見城という。喜見城の外の隅には善法堂がある。ここに諸天が集まり衆生の善悪を見極める。喜見城の内には殊勝殿がある。無量の財宝が蓄えられている。よく衆生を守り財宝を与えるために、施福の天として尊崇される。また帝釈天は衆生に害をなす阿修羅との戦いの伝説もある。

<<メッセージ1>>
あなたの道に精進せよ。雷撃のようにつきすすめ。
《解説》
帝釈天が手に持つ独鈷杵。雷撃が形となった武器。独とは、一。一筋に突き進み精進することを意味している。また、その雷撃により、煩悩・魔障を摧破することも意味している。天帝のように雄々しく、威厳をもって、今の道を精進して突き進むように。

<<メッセージ2>>
雷のごとき一撃をあなた自身に与えよ。目覚めるときが来た。
《解説》
あなたの中に目覚めていない力がある。その力はあなたそのもの。その力を目覚めさせるようにと、守護尊カードは勧めている。雷撃のように心揺さぶり、あなたの中の力を目覚めさせよう。あなたはあなたの道を精進し、まっすぐ進んでいかねばならない人なのだ。

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布袋和尚 4月天部2

布袋和尚  [読み]ほてい  [別名] 契此
[真言] 南無布袋尊

[特徴]七福神の一。唐代末に実在した僧。布袋和尚は一定のお寺に住することなく、人々の間を遊行し、喜捨によって生活をする乞食坊主を実践していた。戒律にも縛られず、何事にもとらわれない生き方は、大いに尊崇され、弥勒菩薩の化身といわれた。中国では、太鼓腹で、布袋を背負った姿の僧の布袋尊を弥勒菩薩とする民間信仰がある。

<<メッセージ1>>
外見よりも、全身全霊の笑顔と優しい言葉と穏やかな心を大切に。
《解説》
布袋和尚は、胸元が肌蹴て、太鼓腹の一部さえ見せた姿。その姿は外見的には決して美しいものではなかった。しかし、かれは外見以上に何事にもとらわれない人であった。そしてなによりも、笑顔をふりまいていきたたまに、多くの人に支持され、ついには弥勒菩薩の化身として崇められるに至った。守護尊カードは告げる。布袋和尚のように、外見にとらわれず、笑顔で生きよと。弥勒菩薩のように慈しみ満ちた言葉を発し、穏やかな心を保てと。

<<メッセージ2>>
何があっても、にこやかな笑顔を大切にせよ。
《解説》
何か悪いことや厭なことが起きても笑顔でいよう。その悪いことや厭なことは、いままでのあなたの悪業のもたらした果実であり、その果実が実を結んだということは、すでにその悪業が消えた証拠なのだから。また嬉しいことや楽しいことがあれば素直に喜ぼう。その喜びは、次なる喜びをもたらす。どんなときでも笑顔を絶やさず生きることは、何事にもとらわれない心を養い、大いなる福徳を授けてくれる。

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2008/03/21

阿シュク如来 3月仏部

阿シュク如来 あしゅくにょらい
オン アキシュビヤ ウン

[特徴]
金剛界四仏の一。東方妙喜浄土を主宰する如来。別名不動・無動・無瞋恚・無悶。阿(ア)とは否定の言葉。シュク(シュク・クショービヤ)とは動くことを意味する。つまり阿閦とは、不動、無動を意味する。不動の意志、金剛心、堅固な菩提心、無瞋恚を象徴する。阿頼耶識が転変した大圓鏡智を司る。高野山壇上伽藍金堂の本尊であり、チベット仏教でも最も尊崇される仏のお一人である。金剛界四親近菩薩は、金剛薩埵・金剛王・金剛愛・金剛喜。

<<メッセージ1>>
ありのままに観れば、恐れるものはない。不動の意志が流れを作る。勇気をもって一歩踏み出せ。
《解説》
普通の鏡は鏡像を左右反対に映し出し、すべてのものをありのままに映し出すことはない。一方、阿閦が象徴する大圓鏡智は、すべてのものをありのままに映し出す智慧。私たちは、煩悩という霞のためにこの心を曇らせてしまいがちである。ものごとは、ありのままに見れば畏れるものは何もない。そこに、不動心があれば、大いなる流れが出来上がる。そのキーワードが意志だ。何事も強き意志から始まる。強き意志を持てば、自然に流れは出来上がる。物事をありのままに見つめ強い意志をもって行動をするときが来ているのかもしれない。
 
<<メッセージ2>>
怒りに我を忘れていないか?恐れに我を忘れていないか。自らの怒りを社会に昇華せよ。社会を変革するのは、大いなる怒り。不動の意志を持って社会に働きかけるとき。
 《解説》
一度ついた火は、早く消さないと次から次へと物を燃やしていく。たった一つの小さな火が、山火事になり大火事になるものだ。他者に怒りを向けると、その炎によって、関係のないものまで燃やし、ついには自らも延焼してしまう。決して事物に怒ってはならない。その事物を起こしている元(煩悩)に目をむけ、その元を解決するように怒りの矛先を変えていく必要がある。怒りへの対処法は、自らをありのままに見つめることから始めること。怒っていた場合は、何に怒っているのかを見つめることが大切だ。たとえば信じていた人に裏切られたとしよう。その裏切りを許せないと言って怒りを燃やすことは誰にでもある。しかし、本当は裏切られたのでもなんでもない。その人が元々そのような決断をする人なのであって、裏切らないと勝手に決めたのは自分自身なのではないのか。そのように見つめていくと、他者への怒りはなくなり、怒りの対象は自らの内にある煩悩へと変化していく。また、その裏切った人がそのようになっていった社会問題へと、怒りの対象は変化していく。阿閦如来に祈り、自らの怒りを社会に昇華していこう。清浄なる怒りは、自らの煩悩を砕くと共に、社会改善へと繋がっていく。

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日光菩薩 3月菩薩部

日光菩薩 にっこうぼさつ
オン バザラテイジャ アン

[特徴]威徳金剛・金剛光菩薩・日光遍照菩薩・威光金剛を別名とする。月光菩薩と共に、薬師如来の両脇侍の一。金剛界十六大菩薩の金剛光菩薩と同体。際限なく広がり輝く日光を象徴する。一切如来の福徳の大威光は無智の暗を破る。諸の苦の根源である無明の闇を滅し尽くす智慧を太陽の光で象徴した菩薩。また、太陽の光が生きとし生けるものすべてに差別なく照らすように、慈悲を象徴する。

<<メッセージ1>>
冬の太陽のように自らが日光となり慈悲の優しさを有しつつ、暗闇を照らし出そう。
《解説》
太陽は多くの生命を育んでいる。太陽がなければ、この地球上には生命は存在しない。また、善悪を超えすべてのものに平等に光を与える。日光とは、単に暗闇を照らし出すものではない。そこには大きな慈悲がある。この慈悲の心を有したまま、さまざまな分野を照らし出すときが来ている。照らし出すのは自分の中の暗闇かもしれない。家族の暗闇かもしれない。自分が所属するものの暗闇かもしれない。社会の暗闇かもしれない。ただ物事を暴き出すのではなく、慈悲の心を有しつつ、明るくすること、それが智慧である。日光とは、大慈悲に裏づけされた智慧の象徴だからだ。

<<メッセージ2>>
昇る太陽に合掌。日の光で闇を照らし出す時。迷いも悩みも苦しみも、光を当てれば自然に消えていく。
《解説》
朝、太陽が東の空に昇るとき、旭日に手を合わせよう。どんなに暗くとも日はまた昇る。来る日も来る日も昇り続ける太陽に祈ることで、自分の中の暗闇に光を当てよう。あなたの中の闇は消え、大いなる命の優しい光であなたは包まれている。あなたの迷いや苦しみは、あなたの過去の清算であり、同時に未来への準備でもある。日光菩薩に祈りを捧げ、光に包まれた未来のあなたの道に感謝しよう。

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金剛鉤菩薩 3月供養部

金剛鉤菩薩 こんごうこうぼさつ
オン バザラクシャ ジャク

[特徴]
大日如来が大悲心をもって衆生を利益し引き入れるために流出した菩薩。金剛界四摂菩薩の一。大日経に菩提心を因とすとあり、まず最初は菩提心を発することから、全ては始まる。その菩提心に引導するために、衆生を大悲の鉤で引っ掛けて集める役目を持つのがこの金剛鉤菩薩である。別名を普集金剛、召集金剛、鉤引金剛という。

<<メッセージ1>>
不動の意志があれば仲間が集まる。あなたと共に歩む仲間・同志を集めよう。
《解説》
同志を得るには表現をしなければならない。その表現をすることによって、同志はあなたを振り向いてくれる。その表現も、実はあなたの熱き思いがあってできること。あなたの熱き不動の意志を、外に向かって表現をしよう。守護尊カードがあなたに告げるのは、あなたの熱き思いに共鳴するものたちを集めるのは、あなたの不動の意志であり、その表現であること。逆に言えば、あなたに不動の意志があり、その思いを表現すれば、大いなる命が、あなたのために同志を集めてくれるということだ。今こそ自己表現をし、あなたの中に同志を招きいれよう。
同志を得る場合の場合の、表現の一つとして、仏教では、四摂事を説く。暖かく優しく慈悲にあふれた言葉で語りかける愛語。物質的にも精神的にも広く施しを行う布施。相手を利益するように行動をする利行。相手と々目線で、共に歩んでいく同事。この四摂事が友と歩む場合に大切なこと。

<<メッセージ2>>
独りになっていないか?独りでできないことも、チームですれば可能になる。あなたの門を開け、友を招きいれよう。
《解説》
孤独を感じていないか?その孤独をよく見つめてみると、ほとんどの場合は、自分自身が扉を閉めてしまい、門に施錠をしている。鍵を開けよう。扉を開けよう。そしてその中に、あなたの友を招きいれよう。その友は人であるかもしれないし、人でないかもしれない。人にこだわりすぎると、あなたの友が何かを見失う恐れがある。まずはあなたの心の扉の鍵をはずそう。そのとき大きな命は、その力によって、あなたの中の閉じられた門はあけられ、あなたの友を仏の大悲の鉤で集められ、あなたの門の中へ引き入れるだろう。

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持国天 3月守護部

持国天  じこくてん
オン チリタラシュタラ ララハラハタノウ ソワカ

[特徴]
四天王の一。須弥山中腹東勝身洲を司る。般若守護善神の一。八部衆の一である乾闥婆・羅刹を眷族とする。乾闥婆はソーマを管理するもので、ソーマとは妙薬であるので、乾闥婆は良医とされる。また太陽の馬の通過する道を護衛するものとされ、帝釈天に侍って音楽を奏でるものであるいう。そうした乾闥婆を統御するのが、持国天である。国をよく治め護ることを本誓とする天王。帝釈天の軍神で東方を守護する。

<<メッセージ1>>
あなた自身を、あなたの家庭、あなたの住む場所、あなたの国家。あなたが専心できるものをよく治めよう。
《解説》
「国」とは時代によって、また場合によって指し示す意味が異なる。日本やインド、アメリカ、トルコ、ドイツ、エジプトなどの国家を指し示すことが、現代では一般である。ところが、「あなたのお国はどこですか」と問われれば、それは出身地を意味する。旧国名である、美濃、尾張、大和などもあれば、市町村を示すこともある。もっと示すと、国とは家族や一族でもあり、個人であるとも考えられる。世界のために生きる人も居れば、国家のために生きる人も居る。家族のために生きる人も、個人のために生きる人も居る。それぞれが、自分の適した生き方を保つということが持国天が指し示すメッセージといえる。

<<メッセージ2>>
あなた自身をよく保て。食・呼吸も、あなたの妙薬。また戒を保ち、精進することもあなたの妙薬。自身をよく修めよ。
《解説》
儒教の『大学』に終身斉家治国泰平という有名な一説がある。国を治めるものは家を斉えなければならない。家を斉えるものは身を修めなければならないというものだ。身体的には、食事と呼吸に気を使う必要がある。それらを整えることによって、身体はよく保たれる。また、戒をよく保ち、精進することで、あなた自身をよく修まっていく。その延長線上に、家は整い、一族や地方は治まり、世界平和が訪れる。

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歓喜天 3月天部1

歓喜天 かんぎてん
オン キリク ギャク ウン ソワカ

[特徴]
別名を聖天 大聖歓喜天 誐那鉢底という。大自在天と烏摩妃の息子。左牙の折れた象の頭を顔に持つ。誐那鉢底の誐那とは群衆・団隊の意味で。鉢底は主の意味。父である大自在天の軍を統率する大将。様々な障碍をもたらす毘那夜迦の首領その力強さのゆえに、財宝をもたらしさま座生願い事を叶えてくれる神ガネーシャとしてインドでは今も絶大な人気を誇る。日本ではもよく願い事を叶える天として尊崇され、その絶大な威力のために恐れられてもいる。この尊を拝むときは本地である十一面観音を祀るように伝えられ、その効果ないときは軍荼利明王に祈ると良い。

<<メッセージ1>>
大いに喜べ。大いに歓喜せよ。願い事は叶えられ、絶大な力を得た。
《解説》
歓喜天の絶大な力を得た。大いに喜べ。大いに歓喜せよ。あなたの願い事は叶えられたのだ。歓喜天の絶大な力を得、魔を封じ、障碍を除き、あなたの望むものを与えられたのだ。守護尊カードは、あなた自身が大いに歓喜し、その喜びを表現することを求めている。口に出して感謝の言葉を述べよう。そのとき、いっそう強い歓喜天の力を得ることができるだろう。

<<メッセージ2>>
欲望に振り回されていないか?心の底から求めるに集中せよ。
《解説》
歓喜天は願い事を最もよく叶えてくれる天。象の頭は、従順であり、その力強さの象徴。しかし、願い事をよく叶えてくれるために」、その欲望であなた自身が振り回されてしまう可能性もある。その欲望を制御し、荒々しい感情ではなく、微妙で微細な心の奥底の感情が求めるものに集中しよう。その願い事に集中したとき、歓喜天は、あなたに信じられないほどの力を与えてくれる。

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2008/03/20

青面金剛 3月天部2

青面金剛 しょうめんこんごう
オン デイバヤキシャバンダバンダカカカカソワカ

[特徴]
悪獣・病魔・風雷などの災難を除くといわれる。道教の天帝の家臣と、金剛青面菩薩の化身が一つにされたもの。人の頭・腹・足に居る三尸の虫(彭侯子・彭常子・命児子)は、常にその人を監視し、庚申の日の夜の寝ている間に天帝に犯した悪事を報告するといわれる。三尸の虫が天に上れないように、庚申の夜は町内や村の人達が集まり、寝ずに夜を明かした。この庚申講が江戸時代には民間信仰として盛んだった。今も、日本中のあちこちで石像が見られる。また、庚申のサルから導く神である猿田彦と同体ともされ、道の分かれ目に石像が置かれることもある。真言宗ではあまり修法されることはないが、猿をご神体とする日吉社と結びつきの深い天台宗では用いられることがある。

<<メッセージ1>>
庚申の日に、一晩中起きて、懺悔し、身語心を清めよう。そのとき、大いなる導きが現れる。
《解説》
六十日に一回訪れる庚申の日。この日は罪業が天帝に報告される日であるとされる。つまりこの日は、自分を振り返るのに適した日である。次の庚申の日は一晩中起きて、自分を見つめよう。あなたにとって大きな別れ道になる可能性が高い。この一晩に、大きな命に懺悔することであなたの中の罪障を滅して、心の中も言葉も身体も清潔に保ち、真っ白な状態で導きに身を任せるとよい。あなたは既に青面金剛によって災難が除かれ、猿田彦によって導かれているのだ。

<<メっセージ2>>
別れ道に立ったとき、目を瞑り、太陽が見える方へと進め。
《解説》
天孫降臨の際に瓊瓊杵尊を分かれ道で先導したといわれる猿田彦。輝きを持っていたことから太陽神とも言われる。この猿田彦と同体とされるのが青面金剛。そのために、青面金剛は別れ道に祀られることが少なくない。まさに、別れ道において導く神だ。守護尊カードは、あなたが別れ道に立っていることを告げている。どの持ちに行くのか、心の一番奥の最も微妙な優しい自分に聞いてみるとよい。その声が聞こえないときには、目を瞑り、イメージしてみる。どの道が最も太陽が輝いているかと。その道を進むようにと守護尊カードは勧めているのだ。

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2008/02/21

弥勒菩薩 2月仏部

弥勒菩薩 オン マイタレイヤ ソワカ

[特徴]釈尊が成道した後、五十六億七千万年後に地上に現れ成道し弥勒如来となるという菩薩。現在は、釈尊がこの世に現れる前に居た兜率天(とそつてん)で神々に対して説法している。その名のとおり、大慈心を象徴する。未来仏であることから、救世主として信仰される。

<<メッセージ1>>

可愛い赤ちゃんを見つめるときの心が「慈しみ」。慈の心・慈の言葉・慈の表情・慈の行動は他者も自分をも気持ちよくする。
《解説》人間・動物・植物を問わず、無垢な赤ん坊を見つめるとき、自分自身も無垢な心で笑顔がこぼれる。そのときの心が慈心だ。ありとあらゆるものに、その慈しみの心を向けよう。優しい言葉は慈しみの言葉。感謝の言葉も慈しみの言葉。笑顔は慈しみの表情。喜びもまた同じ。他者を楽にさせたりリラックスさせたり、笑わせたり、喜ばせたり、気持ちよくさせる行動もまた慈しみの行動。悲心を抜苦というのに対し、慈心は与楽という。
大いなる命は、すべてのものを慈しんでいる。その大いなる命の慈心こそ大慈心。その慈しみは、太陽の日のごとく、善悪を超えすべてのものに降り注がれている。
密教の修行では、この慈しむ心を自分が敵対している相手やにくいと感じてきた相手に対しても保つことができるように瞑想をする。その瞑想の繰り返しが、大慈心を心身ともに実感し、そしてそれをすべてのものに振り向けていけるようにしてくれる。

<<メッセージ2>>

あなたの愛情とは、愛欲か?慈愛か?あなた自身が大いなる慈愛に包まれている。他者に慈愛を与える者こそが、大いなる命の慈愛を深く感じられる。
《解説》愛という言葉には二面性がある。すべてを育む大いなる意味と、逆に他者を縛り付けてしまう意味と。あなたの語る愛情とはどちらだろうか。愛欲は甘美な香りがし、人を惹きつける魔力がある。恋愛ものはテレビドラマなどで放送しない日はない。映画も、この恋愛が下敷きになっているものがほとんどである。小説や雑誌も同じように、甘美な味のする恋愛物はあとを絶たない。しかし、よく見つめてみると、そこに説かれる恋愛はほとんどが愛欲であり、相手を縛り付けるものが多い。人を愛し、それゆえに苦しむのはまさに愛欲のなせる業。愛欲は人を捕らえ、傷つけ、苦しめる。愛欲は奪う愛であり、見返りを求める。その見返りがない場合には時には個人的な破滅さえ引き起こすことがある。為政者がこの愛欲におぼれると、政治が混乱し多くの人が苦しめられることになる。
一方、慈愛の番組や映画も皆無ではない。慈愛は燃え上がるものではなく、大きく揺れ動き飲み込むような浪ではない。心の奥深くで細やかな波を作り出すのが慈愛だ。それは暖かく、穏やかで、安心できるもの。慈愛は与える愛であり、見返りを求めないもの。
誰もが愛を求めるが、真に求めるのは愛欲ではない。慈愛なのだ。その慈愛を求め、得られないと感じるがゆえに愛欲におぼれていく。しかし、知って欲しい。大いなる命はすべてのものに分け隔てなく慈愛を降り注いでいる。来る日も来る日も、善悪を超え平等に慈愛を降り注いでいる。私たち自身も、他者に慈愛を振り向けたとき、その大いなる命の慈愛を知る。守護尊カードは語る。本物の慈愛を知るときが来ていると。慈愛は奪うものではない。与えるものだ。そしてそれを与える者こそが、大いなる慈愛に自身が包まれているという事実を知り、慈愛を得ることができる。