2017/06/02

五色の吹き流しの源流を訪ね、これからのあり方を求めて

五色の吹き流しの源流を訪ね、これからのあり方を求めて

昨日、岐阜南ロータリークラブで早朝卓話、午後からは各務原生涯教育。その両方でお話したのが、旧暦の端午の節句(今年は五月三十日)。月遅れの六月五日でもありかと思います。
端午の節句では、元々は五色の糸を肘に掛けて、吹き流すことで厄除けをしたと言います。
五色とは五行(木火土キン水)で、この世界を構成するもののシンボルです。
吹き流しが生まれたそうです。

それではお寺、特に密教寺院ではお祭りができません。そこで、高家寺では五色を五仏と読み替えました。
白は大日如来
青は阿閦如来
黄は宝生如来
赤は阿弥陀如来
緑は不空成就如来
または
黄は地大
白は水大
赤は火大
黒(緑)風大
青は空大
の五大。
その糸を90cmに切り、
金剛界五仏と
胎蔵四菩薩
(普賢文殊聖観音弥勒)
の真言で
祈りを捧げたのちに
檀信徒にお渡しして
厄除けのお守りとしていただいています。
それが以下の写真。
ちなみに私は右巻きに捻りに捻って、組紐のような形にして、ストラップやそのほかに使っています^_^

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画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、帽子
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2017/02/05

今年の二月三日は立春前の節分でしたが 他に何の日だったかご存知ですか? 旧暦の正月七日でした。

二月三日は立春前の節分でしたが
他に何の日だったかご存知ですか?

旧暦の正月七日でした。

最近、新暦の一月七日に
スーパーで売っている
工場製の七草を手に入れて
食べられる例が増えて居ます。

ところが新暦一月七日に
自然には七草は生えて居ません。

あくまでも工場製。
いつの間にか日本の伝統行事も
工場製になってしまったようです
(-.-;)y-~~~

高家寺では
旧暦の正月七日に
大地で自然栽培された七草を手に入れ
七草粥を食して来ました。
今年は偶然に節分会。

節分のお接待に
自然栽培の七草を用いた
七草粥を食していただきました。

『Tさん、毎回ありがとうございます。
心からの感謝です』
この時期でないと食べられない
自然栽培の七草。

さてどんな味付けだったのかは
もう少し後で報告します(o^^o)

画像に含まれている可能性があるもの:座ってる(複数の人)、テーブル、食べ物、室内

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2015/04/21

桃の節句 旧暦よりも新暦の月遅れが好いかも

4月21日、今日は月例弘法大師報恩日とともに桃の節句、上巳の節句でした。旧暦三月三日だったのです。

桃の節句はやはり桃の花が咲く季節が良いですね。昨年の閏月のせいで今年は旧暦が遅すぎることもあり季節感がかなりずれていました。来年からは4月3日の月遅れの桃の節句に変更しようと考えています。そうであれば桃の花が満開です。

桃の木は、イザナギを救ったり、桃太郎の話や、天武天皇や徳川家康の桃配山など、霊木として古来より大切にされていた樹木です。この木にあやかるためには、やはりかなり季節感を意識せねばならないと感じています。

旧暦にも欠点があります。行事によっては合いにくいものもあります。その中でも桃の節句は月遅れで新暦の4月3日が好いようです。尾張一宮の真清田神社の桃花祭が新暦の4月3日にしているのは佳き判断だと思います。

今日は、人型の紙に五輪をえがき、名を記してもらい、それに汚れを移していただき、その紙を水で流しました。そのあとは洒水加持をし、桃の梢でお加持。冬のエネルギーを完全に消し去る儀式。最後に皆でチラシ寿司をいただきました。

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2015/02/03

節分 本来の季節感に触れる儀式でもある

節分とは、本来は年に四回あります。

2月3日:立春の前日
5月5日:立夏の前日
8月7日:立秋の前日
11月6日:立冬の前日

いずれも、古き季節の最終日が節分です。

ところが、2月3日は一年で最も寒い日ですし、
5月5日はこどもの日でもっとも春爛漫のとき。
8月7日は一年で最も暑い時節。
11月7日は秋深まり山々が色に満ちるころ。
いずれも春夏秋冬のもっとも満ちているころであり、
立春立花立秋立冬という
季節のはじめには似つかわしくありません。

これは現代の季節感と、
近世までの日本の本来の季節感との
相違がもたらす違和感です。
現代の季節感は、
春のピーク時を春の真ん中に置きます。
夏秋冬も同じです。
一方、近世までの日本の季節感は、
春のピーク時を春の終わりとし、
そのよく日を夏の始めとします。
春がピークになるということは
翌日には春のエネルギーが下がり始め、
夏のエネルギーが生まれるるということ。
つまり春が下山を始め、
一方では夏が登山を始めるわけですから
立夏となるのです。

夏秋冬も同じです。

本来の日本の季節感は、
その季節が生まれてからピークに達するところまで。
ピークが過ぎると
次の季節が生まれているというものです。

ですから、立春とは今の季節感の春ではなく、
まだまだ冬のエネルギーが圧倒的ではあるけれども、
春のエネルギーの芽が出始めたわけですから
立春なのです。
旧暦のお正月は、
ちょうどこの立春前後ですので、
年賀状には「初春」「迎春」と記します。

この、季節感はとても大切な感性です。
次を担うものが生まれてきたら、
それを大切にするという感性にもつながるからです。

季節感さえも
本来の日本と異なってしまっている現代日本。
いま、もう一度季節感そのものを見つめなおすと、
江戸時代までの文化がなぜ魅力的なのかが
より鮮明になるのではないでしょうか。

外国人から見た日本の優れた点とは、
平安時代や江戸時代の平和な時代に
生まれ育った文化がベースになっています。
この文化を作ってきた感性を取り戻すためにも、
四季の節分は重要です。
本来の季節感に触れる、
そうしたお祭や儀式儀礼は
とても大切ではないでしょうか?
ですから高家寺では立春前日の節分にこだわり続けます。

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2014/07/07

遊歩和尚のつぶやき「季節感と行事」 今宵は七月七日。七夕。されど雨。織り姫さんと彦星さんは今年も出会えない・・・。こんなことは考えていません。

遊歩和尚のつぶやき「季節感と行事」
今宵は七月七日。七夕。されど雨。織り姫さんと彦星さんは今年も出会えない・・・。こんなことは考えていません。五日後の今月12日は、旧暦の六月十六日、祇園祭であり厄神祭であり嘉祥頂戴の日。梅雨が明けて猛暑が本格的に成る直前の夏超えの季節であり、七夕にはまだまだ遠い季節ですから。
この季節感の全くない行事を行い続けている現代日本を見て、形式主義で中身を考えない人が多すぎるという否定面と、逆に少し安心することもあります。それは今も日本では暦を大切にする基盤があるということ。行事の季節感よりも暦を大切にしている証拠ではないかと思うからです。つまり暦(こよみ)さえしっかりすれば、日本の季節感は再び復活する、そのように感じます。
動植物を育む太陽と、潮の満ち引きさえ司る月。その両方を見つめていた太陽太陰暦であった旧暦はなかなかおもしろい暦(こよみ)でした。だからこそ季節感あふれる行事もできていましたし、農作物も随分と暦に助けられてきたのも事実です。しかし、現代の暦は西洋文化の太陽暦。単純なものであり、日本のような豊かな季節感を有している国には物足りない暦(こよみ)です。
旧暦に戻せとは思いません。旧暦では季節感がずれることもありえます。今年の後半は、閏月の関係でかなり季節感にズレが生じます。こうしたことも含めて、農水省と国土交通省が共になって平成の暦づくりを真剣に検討してもらいたいものです。暦(こよみ)は農作物を主体とする我が国には国の一大プロジェクトであり、国家の根幹を支えるものでもありました。
高家寺では、言葉だけでなく、実際に季節の祭りを行っています。それにより、季節感を実感していただき、人は大自然を従わせるのではなく、人が大自然に合わせて生きていくのだということを体感していただきたいからです。旧暦では、一月七日の人日七日正月、三月三日の桃花祭上巳の節句、五月五日の五色祭端午の節句、七月七日のお盆の始まり七夕の節句、九月九日の菊花祭重陽の節句という五節句と、四月八日の釈尊誕生会花祭六月十六日嘉祥頂戴厄神青葉祭(15日の弘法大師の誕生会も含みます)と、新暦の二月三日の春の節分会、八月十五日のお施餓鬼いのち感謝祭、十一月第一亥の日の玄猪(暖房を出す日)、十二月三〇日の玄米餅付きを行っています。実際に参加されている方々は、季節感に満ちた生き方へと徐々に変化されていることが分かります。私たち夫婦は環境省登録環境カウンセラーなので、ある意味、この季節感あふれる行事を行っていくことが、大自然に合わせて生きていくという環境問題への取り組みとも強く感じています。
江戸時代までの日本は世界に誇れる環境先進国でした。それはこうした季節の行事を単純に形式的に守っていたのではなく、その行事の持つ季節感を体感していたからではないかと感じています。
新暦の行事を否定するのではありません。ちっと待てよと、一度歩みを止めていただき、本来の行事のあり方を見つめて欲しいのです。大自然と共生し、季節感に満ち溢れた体感をしていただける国であることを、深く願ってやみません。

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2012/09/02

防災の日 旧暦のお盆 そして東日本震災被災過去精霊の供養

昨日は防災の日。関東大震災が89年前に起きた日でした。
そして旧暦七月十五日、正式なお盆。

実は一昨日、数年ぶりに恩師よりお便りをいただきました。
東日本大震災で行方不明になっている方々の
過去精霊供養ができないものかというものでした。
総供養としては、日本全国で行われていますが
一人ひとりの個別の弔いをされていない人が多数居ます。
そういう方を何とかできないかということでした。

これを在家の友人にお話しました。
すると真言律宗の忍性師のことが出てきました。
ここに年の間、わたしも忍性師を学んでいました。
それは宗春を学び
宗春が忍という文字を大切にし
宗春が真言律宗神鳳派の八事山興正寺の住職に
諦忍師を任命し
そこから忍性師を学んでいったのです。
偶然にも私も自分の本尊は忍性師と同じでした。
これがあくまでも偶然の一致の重なりで
意味があるとは思えません。
しかし意味が無いからこそ、
無限の意味を読み取ることができます。
私は勝手にこれを縁と感じとりました。

私は東日本大震災では何もできませんでした。
ただただ祈ることしか出来ませんでした。
ただただ祈るだけ・・・そこに虚しさがありました。
恩師からの言葉、友からの言葉
お盆に防災の日、それらが私の中で紡ぎだされ
今夜は本堂で、供養の初めとして
お祈りをさせていただきました。

東日本大震災行方不明者之霊
東日本大震災被災過去精霊
東日本大震災被災一切過去精霊

この三つの塔婆を作り
三井英光師より学んだ
光明真言加持土砂略作法と
法楽の読経。

ちょうど政治家を目指す若者夫婦が訪れており
彼らとともに一緒にお祈りを捧げさせて頂きました。

まだ形にはなっておらず
思いつきに近い形式での過去精霊供養ですが
とりあえずこの一ヶ月は続けていこうと思っています。
その間に、一人ひとりの方を供養する方法を
見つけていければと思っています。

組織で行えば素早くできるのでしょうが
組織を作るとそこにヒエラルキーが生まれ
政治的な才能がある人が組織を牛耳り
過去精霊供養という目的よりも組織維持が目的になりがち。
ですから組織は作りたくありません。

心あるお一人おひとりが、自らの方法で
精霊供養を行なっていただき
それが見えないネットワークになればと思っています。
独りでできることではありません。
私が祈ったところで、それは砂浜の一粒の砂粒程度のもの。
ですが独りが始めなければ何もできないのも事実。
幾つかの構想もありますが
それを幾人かの心ある方々に話して
10年後にはひとつの形になればと思います。

縁のある昨日、旧暦のお盆と防災の日が重なった昨日
スタートしました。

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2012/02/20

「絆」にちょっと待った!原意を知って使ってる?

昨日、若い友人たちと話しているときに
「どうも「絆」という言葉に抵抗感がある。『きず』と『な』だから、
 原意は、いま使っている意味ではないのではないか?『糸へん』に『半』も気になる」
と思わず言葉が出てしまいました。
では、調べてみようということで、iPhoneの『漢字源』をひいてみました。

1)ほだし。きずな。馬の足にからめてしばるひも。また、人を束縛する義理・人情などのたとえ。
2)つなぐ。ほだす。しばって自由に行動できなくする。

とあり、ビックリ。予想以上にマイナスの言葉でした。
仏教で言うと、煩悩の局地のような言葉です。
ということは、いま多くの方々は原意を全く知らず使っていることになります。
これは私たち宗教者や、国語学者の責任でもあります。

そこで、少し考えてみました。
「絆」に代わる、日本古来の良い言葉はないかと。

『古事記』を紐解いたらいきなり出てきました。
「むすび」
タカミムスビ・カミムスビの神々
おむすび・むすんでひらいて・・・などなど
日本人の心の奥底にずっと横たわっている大切な言葉です。

「むすび」はサンスクリットのヨーガ(yoga/瑜伽)に相当しますし
あらゆるものと繋がっていることを意味ます。

言葉は大切で。
何でも安易に用いるのではなく
特にシンボルになる言葉に関しては
原意をしっかりと踏まえた上で使いたいですね。

高家寺では、何かに縛られてしまう「絆」ではなく
あらゆるものとゆるやかに繋がっている
「むすび」という言葉を大切にしたいと思います。

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2011/04/22

「桃の話し」月例弘法大師法話 2011/04/21

「桃の話し」月例弘法大師法話:平成二十三年四月二十一日

こんにちは。四月二十一日、月例弘法大師報恩日。
今日もよくお詣りいただきました。
さて今日のお話は、
本当は弘法大師の中国でのことをお話しする予定でしたが
東日本大震災もあり
今日がちょうど六七日に当たることもありますので
それにちなんだお話をいたします。

ところで皆さん、今月の五日、
四月五日は何の日だったかご存知ですか?
あ、特になにか特別な出来事があったわけではありません。
いかがですか?
どなたも分からない。
そう、ここに今の日本の問題があるのです。
不思議そうな顔をされていますが
実は四月五日は旧暦の雛祭りだったんです。
それが、東日本大震災とどう関係があるのか
不思議そうにされていますが
それは最後のほうでお話しします。

雛祭りの別名は何でしたでしょうか?
江戸城はじめ大名家では上巳の祭りと言われていましたが、
一般には桃の節句といいますよね。
つまり、雛祭りは桃の花がなければ
意味のない祭りとなってしまいます。
桃の花があるから、桃の節句。
旧暦の三月三日に行わないとあまり意味が無いのです。

古事記は皆さんご存知だとお思いますが
古事記で、イザナギとイザナミは大変仲の良い夫婦で
この日本という国を産んでくださいました。
ところが火の神を産んだ時に、
イザナミは火傷を負い死んでしまい
黄泉の国へ移っていきます。
その時に、イザナギは十束の剣、別名天尾羽張剣で
その火の神の首を跳ねてしまいます。
それほどイザナギの慟哭は激しいものでした。
イザナギは恋しさのあまり、
イザナミを追っかけて黄泉の国へ行きます。
そこでイザナミを見つけ、共にこの世に戻ろうとしました。
イザナミは、この世に戻るまで決して振り向かないように伝えますが
イザナギは我慢ができずに振り向いてしまいます。
そこに居たのは、姿形が崩れてしまったイザナミでした。
イザナギはイザナミから逃れるように逃げていきます。
イザナミは軍団を遣ってイザナギを追いますが
イザナギは十束の剣や櫛などを使って追い返します。
それでも強力な魔物がやってきたときに
あの世とこの世の境目にたどり着き
そこに生えていた桃の木の実を三つ投げつけます。
すると、その魔物たちは退散し、
イザナギは黄泉の国への出入口を塞いでしまいます。
そして桃の木に命じました。
自分を守ってくれた桃の木に感謝し
これからこの国の人が難儀にあったときに
お前の力で日本の人達を守ってやって欲しいと。
桃はそれほど霊力の高い木でした。
だから日本の古い家に行きますと
鬼門や裏鬼門に桃の木を植えてあることがよくあります。
桃の木はそれくらい霊力があると言われているのです。

ちなみに、フランスに住んでいる
女医さんから教えていただいたのですが
桃はフランスでは、ぶつけるという意味があるそうです。
イザナギの故事と一致していて面白いですね。
それにスペインでは平ぺったい桃があるそうです。
柿と形が類似しているのも面白いです。

その桃の花が咲く頃に
桃の梢などを使って身体の穢れを払い
春の新たな生命を賛歌するのが桃の節句。
その桃の梢がいつの間にか人型の紙となり
川での送り雛が生まれます。
そしてさらに、神が人形となり
人形ということで女の子の祭りへと変化して行ったのが
桃の節句、雛祭りです。
ですから、旧暦の雛祭りは
男女問わず、大人子供を問わず
冬のじっとしている身体の汚れを落として
桃の木に、自分を守ってくださることを祈るのが本来のあり方。
桃はそれほどの霊力を有していたと
古代の方々は知っていました。

ここで思い出してください。
桃太郎。
退治したのは鬼。
牛の角に虎のパンツ。まさにウシトラ(艮・丑寅)。
桃太郎は鬼門除けをモチーフにした物語でもあります。
しかも丑寅は、季節で言うと冬の終わり。
方角で言うと、北東を意味します。

気づかれた方が居られるようですね。
そうです。
今回の東日本大震災は、冬の終わりに東北の地でありました。
まさに丑寅の季節に、丑寅の方角です。

で、なぜ福島原発なのか?

この福島という地方は
実は日本第二位の桃の生産地ってご存知でしたか?
不思議な縁ですが
最近、私が尾張七代藩主徳川宗春公の
研究をしているのはご存知かと思いますが
この宗春公の最初の領知が、
福島県の現在の伊達市の梁川町でした。
この梁川は、福島県の北東つまり丑寅鬼門に位置し
東北の雄である伊達藩のお目付け役の藩でした。
つまり幕府の鬼門を護る役目。
そして現在の伊達市梁川こそ皇室献上の桃が採れる
「桃の里」と呼ばれる地域。
なにか次から次へと縁が結ばれていますね。

それとこの中の何人かとご一緒した元伊勢の
宮津にあります籠神社の奥宮の真名井神社。
この入口にある波せき地蔵様の建物には桃が彫ってあり
看板にも「もも」という言葉を記した歌が記してありました。

おそらくこの梁川は、桃をもって
東北の地の鬼門抑えの役割があるような気がしています。
明治までは蚕の産地だったそうで
それがすたって果樹園となったそうですが
今だからこそ、実は桃が必要な地域だったように感じます。
もしこの地域で雛祭りを行い
本来の桃の意味をしっかりと理解したお祭りをしていれば
ひょっとしたら、東日本大震災も違った形になったのかもしれません。

日本人全てが、お祭りを単なるイヴェント化させてしまったことが
東日本大震災で露呈してきています。

このことに気づけなかった私自身にも責任があり
今はなんとか、この桃のお祭りを復活して下さる様に
伊達市の梁川地域に働きかけるつもりで居ます。

桃が、イザナギが命じたように
この国の人の難儀を救って下さる様に
ただただ祈るばかりです。

まだまだ私自身が気づいていないメッセージがたくさんあるようです。
今日のお賽銭箱にハチが篭ったのも
何か大きな意味があるのかもしれません。
皆さんも、大自然が私達に下さっているメッセージが何なのかを
目を見開いて、感じ取ってください。

弘法大師はありとあらゆるものが
私達にメッセージを下さっているとおっしゃっていますが
まさにそれを実感しているこの頃です。

ありがとうございました。

これからメッセージカードを配ります。

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2004/10/13

動物供養のあり方

 今年の秋の彼岸は、ちょうど動物愛護週間と重なりました。高家寺では、生きるために殺生してきた生き物のために、また何気なく殺生してしまった生き物のために、慈しんできた動物のために、菩提を弔う祈りを捧げさせていただきました。また現在生きている命、これから生まれてくる命のためにも、お祈りをいたしました。
 昨今のペットブーム、三つの危惧を覚えます。
(1)ペットブームに便乗した心なき商売の跋扈。その商売が心温まるものであるかどうか、それとも金銭目的のものなのか、このあたりが大切なところです。
(2)ペットに飽きてしまうこと。最後まで責任が持てるかどうか、このあたりが大切なこと。
(3)いのちを軽んじてしまう傾向にあること。純血種にこだわったり、自分の心の隙間を埋める道具としている傾向が少なくありません。必要がなくなれば捨てたり、過剰な愛情を注いだり、これは道具である証拠です。
うちの信者さんのお1人で動物好きな方がいらっしゃいますが、雑種だろうと野良だろうと区別なく大切にされます。そんな心でありたいものです。
 動物が亡くなった場合も、お金ではなく、心から祈ってあげることが最重要。愛知県刈谷市に、園内に動物園のお墓を作り、土に帰してあげている幼稚園があります。できればこのように、土(自然)に帰してあげたいものですね。
 ちなみに高家寺でも希望者には御供養をしますが、檀家さんや信者さんに対しては、土に帰してあげるか、墓地に別してお墓を立てるのではなく自分の家のお墓に入れるように薦めています。

2004/10/13

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2003/10/30

対処療法と根本治療

先日、ある砂防協会で環境問題の講演に行ってまいりました。そこでお話したのは、「砂防は人命を救う大切なものではあるが、それは人間中心の考えで、結局は生態系を崩し、より一層の砂防を必要とする環境を作り上げているのではないか?砂防という出口ばかりに眼を向けるのではなく、生態系全体を見つめもっと山や渓流全体を見つめる根本措置が必要なのでは。」と提言してきました。地域環境では、砂防を代表とする対処療法にばかり眼が向けられ、山や森・渓流に全体に代表される根本治療をしていません。
同じように、人間の身体でも言える気がします。喘息やアトピー。私にはアレルギーがあります。しかもIg-Eの値が10,000を超えるひどいものです。喘息の場合は気管支拡張剤を、錠剤や吸入を使って対応し、ひどいときには副作用は承知でステロイド剤を服用しています。その場での対処は出来ていますが、根本解決はしていません。今は根本解決に向けて、食事療法をしています。
地球環境も同じで、科学技術という対処療法にばかり気を取られ、地球の自然環境の自己治癒能力内での開発を進んで考えるという根本を見つめていません。
一方、環境主義の人はどうか?対処療法を非難し、根本ばかりを訴え、お互いに一緒に解決をしていこうという姿勢を持ちません。砂防がなければ人命が失われます。経済的にも莫大な被害が出ます。気管支拡張剤がなければ、喘息患者の死亡率は格段と上がってしまいます。技術革新がなければ、今以上に環境破壊は進んでいたのも事実です。
根本治療と対処療法は両者を見据えつつ、行っていくべきのもの。環境問題も医学の問題も、おそらく福祉の問題も教育問題も、この視点が必要なのではないかと思います。
そういえば、弘法大師の師匠の恵果阿闍梨は、お腹のすいたものにはまずは食事を、それから法を説くように勧めています。食事は対処療法、法を説くのは根本治療。どちらもとても重要なものですね。この二つを見つめる始点を忘れないで進めて生きたいものです。

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