2019/09/25

ゆっくりと丁寧に心を込めて 葬儀を通して世の心理を見る

ユックリと丁寧にこころをこめて


本堂での葬儀

(写真は通夜の前なので、お位牌は置いてありません。)


外陣を使って荘厳。本尊さまがあるので、外陣と内陣の幕は張らず。内陣はロウソク・線香点灯のみ。


花も段飾りは一切用いず。枕花などで飾る。お寺で出入りしている地元の花屋さんにお願いした。


果物も地元の果物屋さんにお願いした。


食事も、近所の寿司屋さんた精進寿司を特別注文。


全体の進行は葬儀屋にお願いした。


葬儀屋だけにお願いするのではなく、葬儀屋も含め地元の方々と共に作り上げる葬儀。これが高家寺が大切にしていること。


時間短縮、パッケージ商品を選びがちな風習に、少し待ったをかけたい。

高級なものは、ユックリと練り上げて行くものが多い。手間暇をかけることは、それに携わったもののこころを潤して行く。ここが最大のポイント。

結婚式は何度でもできるが、葬儀は生涯でただ一度。だからこそ、いそぐのではなく、手間暇をかけて、ユックリと練り上げて作り上げたいもの。時間をかければ、時間調整がしやすくなり他者への迷惑は最小限となる。そして、多くの方々と共に連携していく。これが故人のためでもあり、遺族始め残されたもののためでもある。


葬儀終了後、葬儀屋から高家寺専用のコースを作りたいと申し出があった。


大叔母の葬儀を通して、高家寺のコンセプトは間違っていなかったと強く感じる。

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2019/03/05

踏切で老婆が立ち往生 その時

各務原市のとある踏切。
ある老女が歩行補助車に野菜を載せて渡っていた。

私は踏切手前二番目の車。

老女の歩行補助車の車輪が踏切線路の間に挟まり、立ち往生された。

私は渋滞の非難を覚悟に、車を降りて助けようとした。

すると、前から来た小学生たちがその様子を見てその老女を助け出した。四年生くらい。

困った人を見逃さずに助けた子供達の行為が嬉しかった。

その様子を見て、私は子供達に「ありがとう」と伝えて、車のドアを閉めた。

ただ寂しかったのは、バックミラーを見ると、その老婆は小学生に挨拶するもなく、立ち去ってしまった。

一方、小学生は私の車に手を振ってくれた。私は何もできなかったのに。

子供達に多くのことを教えられた数十秒であった。

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2019/03/01

「自分の手の届くところ 目に見えるところ」 平成31年2月28日、月例不動護摩の法話。一部改変。

「自分の手の届くところ 目に見えるところ」
平成31年2月28日、月例不動護摩の法話。一部改変。
目を瞑ってみてください。先程まで見ていたもので黄色いものは何がありましたか?(10秒待つ)
目を開けてください。どうですか?今、私の着ている衣もそうですね。金色のこの鈴も黄色と言えるかも知れません。
目を瞑る前はなんとなく目に入ってはいたけれど、あまり意識されていなかったと思います。ところが視野を閉じ、色を意識して目を開けると、黄色のものが色々と飛び込んできたのではないでしょうか?
目には見えていてもなかなか意識できないものも、少し意識すればよく見えていると言う体感を得ていただけたと思います。
では次に、自分の視野を指で刺してください。あっ、何度もこのお話を聞いた方は、見本を示さないでくださいね。(10秒待つ)
ほとんどの人が横にしか指を示しませんね。でも本当に横だけでしょうか?縦もあるのではないでしょうか?
妹の旦那、つまり義理の弟はカメラマンなのですが、彼は流石にフレームに収めるように高さも指し示しました。
このお話を聞かれた方は、次に質問されると縦を答えるでしょうし、これから視野と言われれば縦方向も意識されると思います。
これも視野に入っていながらほとんど意識されていないことの体感です。
弘法大師は、瑜伽師地論という瑜伽行唯識の論書を引用されて、目に見えるものを、色彩・形ともう一つ述べられています。何だかわかりますか?(10秒待つ)
これがなかなか分からないのですが、動きなんです。
うちのカミさんは動いているものを見つけるのが野生動物以上に鋭いのですが(微笑)。
目は、動いているものを捉えていますよね、たしかに。でも普段はそうしたことを意識していません。目に見えるものと言われると、動きを除外して、色彩と形だけと考えるのが普通です。でも、皆さんはこれから動きも大切にされますよ。
目に見えるもの一つとっても、私たちは無意識に感じて入るけれども、意識していないものがいっぱいあることが分かります。
それに対して、物事をありのままに見るのが般若波羅蜜多。フィルターを通さずに、ありのままに見ることはなかなか難しいのですが、今日お祈りした不動明王の右手に持てる般若波羅蜜多剣は、そうしたフィルターを切り開き、ありのままに物事を見させてくれる法具です。
ありのままに物事が見えるようになると、そこに覚りの海が広がっています。
少なくとも、今日、お参りされた方は、目に見えるものについては、かなり広い視野を得たのではないでしょうか?
広い視野を得ると恐れるものもなくなっていきます。つまり、皆さんは恐れからかなり遠のいたということ。
本日もお参りありがとうございます。

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2018/03/08

高野山の師匠の御自坊より聖観音様を譲り受けました

28795355_957091211105966_6555931603 写真は昨日、高野山の師匠よりお預かりしてきた聖観音さんです。
師匠の御自坊名は補陀洛院。つまり観音菩薩の聖地。そこよりやってこられた聖観音さんです。
アメリカ開教師の高橋成通前官御房が法印就任記念で造られたものだそうです。御縁があり、高家寺でお預かりさせて頂くことになりました。
次の21日はお彼岸ですので、そこで信者さんにご披露します。
すでに祀られていますが、どこに祀られたかは当日のお楽しみに。(^。^)

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2018/02/28

「進化」より「深化」でありたい

今日の不動護摩の最中に感じたこと。

西洋も大陸も進化を大切にする。ところが日本は「深化」を重視する。

同じ「しんか」でも全く異なっている。

「進化」は時には「退化」であることが多い。「深化」はいわゆる「ガラパゴス」になりやすい。どちらにも短所長所がある。

それを分かった上で、やはり「深化」を、大切にしたいと思う。護摩をはじめ修法はまさに「深化」を目指すものだから。

20180228001

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準備と道具

今日の不動護摩の護摩木を切り終えた。切る時はカン マンの種子二つをお唱えするととても気持ちが入る。一本一本に墨を塗るときは、ウン タラター カン マンを唱えると一本一本に気合が篭る。連絡も何も入らない夜中に一人で、この準備をする時間が好き。護摩もほかに劣らず、準備で大きく異なる。一本一本の木への思いはとても大切。

さて、写真であげたのはSTAEDTLERのドイツ製の三角定規。直角二等辺三角形の斜辺と、30度60度の角を持つ直角三角形の第二長辺は共に30cmある。大きさも素晴らしいが、マス目のうち方が絶妙。護摩木のサイズを測るときも大いに役立っている。これは少し高いがお勧めの逸品。

良き道具を使って、物事を作り上げていくときの心地よさはなんとも言えない。良きものを作り上げていくと、道具を選びたくなるもの。弘法(大師)は筆を大いに選ばれた。ものを作ることと道具を選ぶこと、今まではなんとなくおこなってきたが、そうしたことにもこれからもっと気をつけていきたい。

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2017/06/09

戸隠神社 奥社 参道そのものが神そのもの  ゴールも大切だが歩む過程の大切さを教えられる

長野市の戸隠神社 奥社。
一昨日、信者さんたちと詣でる。

この神社は私たちが住む
各務原市の那加地区の鎮守さまである
手力雄神社の元神さま。

2キロの参道は
ゆったりと山を登って行く

妻の叔母は両股関節を手術しており
杖をつかねばならないほど
不自由をしている。
今回は途中で諦める予定であった。
ところが神が彼女を呼んだ。
皆でサポートをしつつ
階段の最も低いところ探しつつ
九十九折しつつ
参道を歩んで行った。
ゆっくりゆっくりと
ゆっくりゆっくりと。
後から来られた
参詣されている方々も
声をかけて下さった。
2キロではあったが
坂も多く、
実際の距離は、
九十九折をしたので
もっとあったかもしれない。

遂に登り切った時
一緒にいたもの全員に
喜びが溢れた。
神が共にそこに居た。

戸隠神社は
ゴールに神がいるのではなく
参道に居られた。
いや参道そのものが
神なのだと気付かされた。

ゴールを目指すことはとても大切。
しかし、
その過程はもっと大切であることを
改めて教えられた。

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2017/06/02

五色の吹き流しの源流を訪ね、これからのあり方を求めて

五色の吹き流しの源流を訪ね、これからのあり方を求めて

昨日、岐阜南ロータリークラブで早朝卓話、午後からは各務原生涯教育。その両方でお話したのが、旧暦の端午の節句(今年は五月三十日)。月遅れの六月五日でもありかと思います。
端午の節句では、元々は五色の糸を肘に掛けて、吹き流すことで厄除けをしたと言います。
五色とは五行(木火土キン水)で、この世界を構成するもののシンボルです。
吹き流しが生まれたそうです。

それではお寺、特に密教寺院ではお祭りができません。そこで、高家寺では五色を五仏と読み替えました。
白は大日如来
青は阿閦如来
黄は宝生如来
赤は阿弥陀如来
緑は不空成就如来
または
黄は地大
白は水大
赤は火大
黒(緑)風大
青は空大
の五大。
その糸を90cmに切り、
金剛界五仏と
胎蔵四菩薩
(普賢文殊聖観音弥勒)
の真言で
祈りを捧げたのちに
檀信徒にお渡しして
厄除けのお守りとしていただいています。
それが以下の写真。
ちなみに私は右巻きに捻りに捻って、組紐のような形にして、ストラップやそのほかに使っています^_^

自動代替テキストはありません。
自動代替テキストはありません。
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画像に含まれている可能性があるもの:空、雲

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2017/05/22

お魚やさんから聞いたホコっとするお話 毎月二匹のうなぎを放生している人がいる

お魚屋さんから
今日、聞いた話。

あるお客が
毎月二匹の生きた鰻を
購入されていた。
十年近くも。

思い切って
そのお客に尋ねた。
「毎月鰻を捌いて
食べられているのですか?」
お客は
「感謝の気持ちを込めて、
毎月二匹の鰻を
川に戻しているだけですよ」
と応えられた。
お魚屋さんは感動されて
自らも月に二匹の生きたお魚を
放流されるようになった。

これは仏教でいう
放生会(ほうじょうえ)。

もちろん生態系を考えて
せなばならないが
命の尊さを知るには
大切なこと。

うちも放生会を
真剣に検討しようと
感じ
環境省登録カウンセラーであり
各務原市環境市民会議議長の
カミさんに調査検討を頼んだ。
どんな形になるのか
たのしみ^_^

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2017/02/05

今年の二月三日は立春前の節分でしたが 他に何の日だったかご存知ですか? 旧暦の正月七日でした。

二月三日は立春前の節分でしたが
他に何の日だったかご存知ですか?

旧暦の正月七日でした。

最近、新暦の一月七日に
スーパーで売っている
工場製の七草を手に入れて
食べられる例が増えて居ます。

ところが新暦一月七日に
自然には七草は生えて居ません。

あくまでも工場製。
いつの間にか日本の伝統行事も
工場製になってしまったようです
(-.-;)y-~~~

高家寺では
旧暦の正月七日に
大地で自然栽培された七草を手に入れ
七草粥を食して来ました。
今年は偶然に節分会。

節分のお接待に
自然栽培の七草を用いた
七草粥を食していただきました。

『Tさん、毎回ありがとうございます。
心からの感謝です』
この時期でないと食べられない
自然栽培の七草。

さてどんな味付けだったのかは
もう少し後で報告します(o^^o)

画像に含まれている可能性があるもの:座ってる(複数の人)、テーブル、食べ物、室内

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