2004/11/12

動物愛護とは

動物愛護とは
妻リツの紹介で、動物愛護を実践されているALIVE(地球生物会議)の代表野上さんとお話をする機会を得た。偶然にも、野上さんは我が師匠松長門主様と二十年前に仕事をしていた旧知の仲。これを縁と想い、東京神田の学士会館で、松長師と野上さんの対話を設定した。いろいろな話で盛り上がった。
ショックだったのは、猿が年間10,000匹、熊が年間2,000頭殺されているという現実であった。
昨今のペットブームも、実はとんでもない事態を引き起こしている。チワワが人気になったために大型犬が余剰となってしまったこと。愛玩であり、共に生きるという視点が欠落していること。
さらに、アライグマなどの輸入動物が繁殖して、地域的に問題になってしまったこと。
人間の欲望のために、動物たちまでもがその命を弄ばれはじめている昨今、もう一度いのちの尊厳を見つめ直さねばならないのではないだろうか。
私たち仏教者もペット供養などとするのではなく、動物供養なり、有縁精霊供養なり、名前も考えねばならない気がする。
この問題、今後も常に考えて生きたい。

2004/11/12

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2004/10/13

動物供養のあり方

 今年の秋の彼岸は、ちょうど動物愛護週間と重なりました。高家寺では、生きるために殺生してきた生き物のために、また何気なく殺生してしまった生き物のために、慈しんできた動物のために、菩提を弔う祈りを捧げさせていただきました。また現在生きている命、これから生まれてくる命のためにも、お祈りをいたしました。
 昨今のペットブーム、三つの危惧を覚えます。
(1)ペットブームに便乗した心なき商売の跋扈。その商売が心温まるものであるかどうか、それとも金銭目的のものなのか、このあたりが大切なところです。
(2)ペットに飽きてしまうこと。最後まで責任が持てるかどうか、このあたりが大切なこと。
(3)いのちを軽んじてしまう傾向にあること。純血種にこだわったり、自分の心の隙間を埋める道具としている傾向が少なくありません。必要がなくなれば捨てたり、過剰な愛情を注いだり、これは道具である証拠です。
うちの信者さんのお1人で動物好きな方がいらっしゃいますが、雑種だろうと野良だろうと区別なく大切にされます。そんな心でありたいものです。
 動物が亡くなった場合も、お金ではなく、心から祈ってあげることが最重要。愛知県刈谷市に、園内に動物園のお墓を作り、土に帰してあげている幼稚園があります。できればこのように、土(自然)に帰してあげたいものですね。
 ちなみに高家寺でも希望者には御供養をしますが、檀家さんや信者さんに対しては、土に帰してあげるか、墓地に別してお墓を立てるのではなく自分の家のお墓に入れるように薦めています。

2004/10/13

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