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2010/04/04

霞は優しさ

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高速道路で横浜に向かう途中で
富士山を見ました。
晴れていたわけではなく
若干の霞もあり
ハッキリクッキリしていたわけではありません。
しかし、だからこそその柔らかさに
新たな富士山を感じさせられました。
雄大であり荘厳でありながらも
美しくしなやかで優しい富士山でした。

密教の瞑想法に月輪観(がちりんかん)と呼ばれる
ものがあります。
満月をイメージして、それを自分の心であると
観じる瞑想法です。
心は元々形のあるものではありませんので
それを月という形に象徴させています。
私の師匠の師匠であり
私の修行の師でもある故内海有昭前官様は
法話の中でよくこの月を話されていました。
「心はコロコロ動くものですから心といいます。
 そのコロコロを、あなたの決意という心棒をさして
 しっかりとお腹の辺りに据えて
 坐禅の掌の上に載せてみなさい。」

ところが、修行の際に私には
別のことを伝えてくださいました。

「月は本有の大菩提心。覚りの心そのもの。
 その心が、煩悩という霞によって見え隠れする。
 その霞の中にハッキリとした大きな月輪を観るように。
 ただし、その霞は単なる煩悩ではない。
 優しさでもある。
 ハッキリとさせることは大切だが
 時には分かっていながらそのハッキリを
 敢えてぼやけさせることも大切な事がある。
 生きているうちにはそうしたぼやけさせることが
 優しさであり、慈悲そのもの。霞は実は慈悲でもある。
 煩悩即菩提
 よくよくかみしめて月輪を観つめるように。」
と。

富士山を見て優しさを感じ取ることができたのも
こうした内海前官様の教えがあったからだと
今更ながらに感じっています。

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