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2010/01/07

2010年1月 般若心経講座 覚りの心(菩提心)

2010年最初の般若心経講座。
そのおよその内容は以下の通り。

昨年までは己丑年。
正式に言えば、
この節分もしくは旧暦の大晦日までは己丑年。
己とは、三つの横棒に縦二つ。
曲がりやすい自分自身を
しっかりと規律建てていくことが大切な年でした。
また丑とは、横に糸を加えると、紐になります。
紐のように絡んでしまいやすいので
それを紐解いていくことが求められる年でした。

2010年平成二十二庚寅年。
庚とは、更新の更と同じで
物事を新たにするという意味があります。
また庚とは、金属(か)の兄(え)のことであり
シンボルとしては大きな刀、斧。
大きく大きく概略を作り上げるように促されています。
また寅とは、横に虫をつけますと、螾(虫+寅)
すなわち、春になり樹木の芽がうごめくことを意味します。
ただ庚と寅(木)は、五行説では相克の関係であり
ものごとが混乱しやすい年でもあります。
ここで細かいことは気にせずに大まかな道筋を立てないと
来年からの細かい作業ができなくなります。
まずは大雑把でも、全体像を作り上げ
方向性を示していくのが庚寅年です。
社会でも家庭でも個人でも
基本的には全体像を
大きく作り上げていくことに精を出してください。

さて、ことしの私のテーマはといいますと菩提心。
菩提心とはさとりの心です。
さとり(覚)の心といっても、
なかなか分かりにくいのですが
弘法大師は『三昧耶戒序』t呼ばれる文章の中で
その覚りの心を四つに分けて述べられています。

一つ目は信心。
二つ目は大悲、行願ともいいます。
三つ目は智慧、勝義ともいいます。
四つ目が、三摩地、定ともいいます。

信心とは、妄信とは違います。
たとえば仏像。
その仏像そのものを、
ただただありがたいありがたいとするのは
妄信につながります。
仏像は経典の内容を分かりやすく形にしたものであり
その仏像を通して、その奥に広がっている世界
その世界への信仰こそが、仏像の本来のあるべき姿です。
その奥深き世界を自分自身も共有していることを知り
自分自身がその仏像の仏そのものとして生きていく
ここに仏像の本来の意義があります。
信心とは、自分の外に対して行うものではなく
自分をも包み込む無限な世界に対して抱くものですね。

次に、大悲とは何か。
般若心経の最初に出てくる観自在菩薩、つまり観音様は
大悲の象徴。
目の前に困っている人が居るとしたら
すなおに手助けをして上げられる優しい心が大悲です。
自分だけがよければよいというのではなく
他者も自分も同じなんだという心です。
でもなかなか他者への優しさは実践できません。
そこで、仏教では布施を大切にしています。
自分に持てるものを、他者に施しをすることが布施。
席を譲るのも布施ですけど、シルバーシートなどがあり
逆にあたりまえの優しい心が消えてしまっている気もします。
かつての日本では、
食事のおかずを造ったら隣に持って行ったり
まさに布施は当たり前のものだったのですが
もう一度、この大切な考え方を見直さねばなりませんね。
自分直接の見返りがない分野で、自分ができることをする。
これこそが布施の大切なところ。
成金ではなく、伝統的に裕福な家というのは
自分から進んで、直接関係のないところに寄付を行います。
それは光が強ければ影が濃くなるのを知っているからだといいます。
自ら影を作ることで知らないことで陰を作らないようにしているのです。
喩えでいいますと、熱い鍋を直接触ると大火傷しますが
そうした大火傷をしないように、
自ら小さな火傷を負うようにしているのです。
ワクチンの考え方が家伝で生きているともいえます。
では、私がどうしているかといえば
こうして法話をすることは布施です。
私の持てる知識や体験を皆に伝えていくこと。
もっと卑近な例で言えば、ハンドボールのコーチも布施。
自分に見返りはありませんからね(笑)

智慧とは何なのか。
般若心経の般若こそ、その智慧を意味します。
大悲は大切ですが、
泳ぐ能力がないものが泳ぎをして助けようというのは無謀です。
そこで大切になのが智慧。
良いことと悪いことを見極めること。
自分でできないことを自分でしようとするのではなく
着物に関しては、着物が得意な人に頼む
靴に関しては靴屋さんですし
建築に関しては設計士に頼むなど
それぞれの場でプロは居るわけですから
その人に頼むことが大切だと想います。
物事をありのままに見るのが智慧の原点ですから
余分なフィルターを通さずに
物事の解決にどうしたらよいのか観つめることこそ智慧でしょう。

そして最後の三摩地ですが
信心でもお話したように
自分自身が仏の世界を有していることを知ること。
自分自身が仏の世界にいることを知ること。
そのための実践行をいいます。
内容を専門になりますので詳しくは控えます。
ただ自分自身が無限の世界を有し
無限の世界に生きていることを実感すること
そう想っていてくださってよいかと存じます。

簡単に菩提心を説きました。
本当はもっともっと深い意味があり
もっともっと丁寧に語らねばなりませんが
およその内容さえ掴んでいただければ幸いです。

最初にもうしましたように
己丑から庚寅に移る今年は
大きく概略を決め、道付けを行うことです。
細かいことを気にせず
大胆に自分自身のバージョンを更新して行って下さい。
その中で、常に菩提心をどこかで意識していてくださると
何よりです。

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