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2009/09/30

布施とボランティア

民主党が政権をとり
今までとは異なって
公の福祉を全目に押し出している
そんな感じがします。
それを見ていて思ったことです。

仏教はキリスト教に比べて
社会的貢献が少ないといわれます。
実際に信者の社会的貢献も
仏教寺院の社会的貢献も
キリスト教のそれに比べると
無いに等しい場合が多いのは事実です。

ボランティア活動も
その言葉が英語であるように
西洋から流入したものであり
キリスト教を基盤としています。

ボランティアvolunteer
という言葉を辞書で引くと

名詞では
1 〔人のいやがる仕事などの/…をする〕
 志願者,ボランティア,篤(トク)志家
2 志願兵,義勇兵
3 〔法〕無償不動産被譲渡人;
 自発的無償行為者.
4 自生植物.
5 [形容詞的に]
a 志願の,自発的な;志願兵の
b 〈植物が〉自生の.

自動詞では
1 〔…を〕進んで引き受ける,
     買って出る
2 志願兵になる,〔…に/…として〕志願する
他動詞では
1 …を自発的に申し出る[話す,提供する];
  …だと自発的に申し出る;
 …と自発的に話す
2 〈人〉に〔…を〕もちかける〔for〕
以上 大修館書店 ジーニアス英和(第3版)・和英辞典

つまり、基本的には自発的に行動することを
ボランティアというのが原意のようです。


仏教で自発的な行為を指し示す言葉は
無いのでしょうか?
仏教は社会的貢献を問題にしていないのでしょうか?


実は、お布施こそが自発的行為を促すもの。
持てる者が持てない者に施すことが
布施の本来の意味です。
お寺にお金を寄付することだけが
お布施ではありません。

本来は強制的に施しをさせられた場合は
それは何らかの恣意が入り
布施とは言わなくなります。
見返りを求めれば取引となりますし
強制されれば無理強いとなり
布施から遠くなっていくのです。

六波羅蜜、すなわち大乗仏教が説く
徳を積む六つの行為の第一がお布施。
自発的に他者のために
なにかをすること。

元々は大乗仏教はお節介といわれるほど
キリスト教以上に
ボランティア精神に富んだ教えであり
自発的な行為を大切にするものなのです。

もう一度、布施とは何か?
ボランティアとは何かを
考える必要があるのではないのかと
感じさせられています?

それは信者もお寺側も
同じことが言えると思います。

で、お前は何をしているといわれた場合
今の私の社会貢献は民間教育に携わること。
具体的には高校のハンドボールのコーチと
寺子屋ではないかと感じています。

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