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2009/05/19

形式に堕し 季節感をなくした日本人

形を守ることの大切さ
それは認めます。

形式美があること
それも認めます。

しかし、それでも敢えて言うと
形式は人の感性を衰えさせる可能性が
低くありません。

その一例としてあるのが
日本の年中行事です。

旧の正月は、本来は新月のもの。
月の満ち欠けと共に生きていたかつての日本は
月の重力の地球への影響までもが
生活の中に生きていました。
七草粥も小正月も、月の満ち欠けと不可分のもの。
七草は上弦の月の日であり
小正月は満月の日のもの。
今の時代にそれを知っている人は
そう多くはないと思います。

また節句については
ほとんどが季節感をなくしています。

お雛様は桃の節句。
桃の花が咲いてこそ、行なわれるべきものですが
最近は桃の花がつぼみにもなっていない
新暦の3月3日に行なわれています。
本来は桃の花が咲き誇る
旧暦の三月三日に行なうべきもの。
せめて一ヶ月遅れの4月3日にして欲しいものです。
ちなみに今年は新暦3月29日が旧の桃の節句でした。
この日にお雛様のお祝いをした人は
どれくらいいるのでしょうか???

端午の節句。
これは勝負の季節。
勝負という言葉と引っ掛けて菖蒲の季節の
旧暦の五月五日に行なわれるべき行事です。
新暦ならばせめて六月頭に行なって欲しいです。
ちなみに今年は新暦5月28日が
本来の端午の節句です。
こどもの日として日本政府が祭日にするとは・・・。
まさに季節感の喪失です。

お盆。
これは本来は旧暦の七月十五日。
満月の日に行なわれるべき行事です。
都心では新暦で行なうところもありますが
一般的には一月遅れの8月に行なわれています。
季節的には合致していますので
それほど問題はないのですが
やはり旧暦の七月15日を意識していただきたいものです。
私たち僧侶の責任かも・・・・

まだまだいろいろありますが
日本人は形式を重んじるがゆえに
その中身を忘れがち。
形式があるからこそ伝統は続いていくのですが
やはり魂を入れなければ
何の意味もなくなってしまいます。

お祭りや季節の行事は
本来何のためのものかを考えれば
いつ行なう必要があるかおのずと見えてきます。

高家寺では
できる限り、旧暦の行事を大切にし
季節感を重視しています。
季節感は心の波長を整えるもの。
ゆったりと流れる
人間の心の波長に合った生き方に
出会ってください。

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コメント

旧暦の季節感を大切にしたかったらすべての行事を旧暦ですればいいのです。
出来る限りなんてあやふやなことを入っていたら誰も共感しません。
新暦1月1日に正月の祝いなんてしてはいけませんよ。
年賀状も旧暦で出しましょう。
もちろん檀家からの盂蘭盆供養以来も旧暦盆でしか受け付けないことです。

絶対に一般社会に迎合してはいけません。
あなたの言行一致をみてから評価を決めまたいと思います。

投稿: 実行 | 2009/05/20 13:28

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