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2008/09/20

阿弥陀如来 9月仏部

阿弥陀如来
[読み]あみだにょらい
[別名]観自在王 無量光 無量寿 清浄金剛 大慈金剛 甘露王
[特徴] Amitaは無量、ābhāは光、āyus寿を表す。金剛界四仏の一で、胎蔵四仏の一でもある。清浄・智慧・妙観察智・証菩提・禅定の徳を司り、大悲の象徴。無量の光、無量の寿を意味する。金剛界四親近は、金剛法・金剛利・金剛因・金剛語。法蔵比丘が四十八の誓願を起こし、遂には西方極楽浄土の主となり阿弥陀如来となる。脇侍は大悲の象徴の観音菩薩と智慧の象徴の大勢至菩薩。阿弥陀如来は観音菩薩の頭に観音の本体であることを示す化仏として乗ることが多い。
密教の阿弥陀如来は基本的には坐像である。禅定にいり、観自在するためである。一方、浄土教などの阿弥陀如来は金色で立ち姿が多い。指は説法印を結んでいる。

<<メッセージ1>>

西に沈む太陽に、赤い大悲を感じ、極楽浄土に故人を想い、泥に染まらない蓮の清浄さを観じよう。
《解説》
西に沈む太陽。その最果てに、極楽浄土をイメージしてみる。多くの亡くなった人たちが極楽浄土を願い逝った。亡くなった方々がいるから、今の世界があり、亡くなった方々がいたから今のあなたがいる。先祖を思い、偉人を思い。名もなき人々を思い、名もなき命を思う。それらの方々の大悲(深い愛情)の思いが今のこの世界を作ってくれた。あなたは、大いなる大悲に包まれて生まれたのだ。そしてその思いは決して、垢に染まることのないもの。大悲の心は泥に染まることはない。西に沈む太陽の赤は大悲のシンボルカラー。決して染まることのない清浄のシンボルでもある。西に沈む太陽を見つめることで、先祖をはじめとする故人を想い、清浄な大悲を観じよう。

<<メッセージ2>>

蓮は泥の中に咲けども、決して泥に染まらない。
《解説》
心の中にやましさや苦しさが生じたら、阿弥陀如来に祈りを捧げ、ありのままの自分を見つめよう。蓮の花は泥の中で美しい花を咲かせる。泥があるからこそ、あの美しい花を咲かせている。決して周りの泥に染まることなく咲く。あなたもこの世という泥に満ちた世界に咲いた花。泥があるからこそ、あなたも生まれ、、この世はあなたという花を必要としている。泥の中にいることをなげくことはない。あなたの花は決して泥に染まらない花。あなたという花を泥の中で染まることなく思い切り咲かせるように。

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