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2008/06/21

鬼子母神 6月天部2

鬼子母神
[読み]きしもじん
[別名]訶利帝母・歓喜母・天母・青色鬼・愛子母
[真言]オン ドントマリギャキテイ ソワカ

[特徴]。
半支迦という夜叉の妻で五百人の子供が居た。鬼子母神は人間の子供を捉えては食べていた。それをとめるべく釈尊は彼女の末娘を隠してしまう。それに怒り狂った鬼子母神だが、一子を思う母の心を釈尊に説法され、子供を返してもらった後は、子供の守護神となり、仏法を守る善神になったという伝説がある。五百人の子供が居ることから、子授けや出産・育児の象徴でもある。人の子を食べることを諦めたために、そのかわりに赤い血のような果汁を出す柘榴を好んで食べるようになった。

<<メッセージ1>>
母親が一子を思うような慈しみの心で、事物を育てよう。
《解説》
母は自分の肉体の一部として子を産み、育てる。その愛情の深さは計り知れない。自分の命よりも、もっともっと大切に思うからだ。この愛情を、自分の子や家族ばかりでなく、他者へも、また居他の生き物へも、そしてありとあらゆる事物へと広げていくとき、大いなる慈母の心となる。
ありとあらゆる事物に対し、自分の子供のように見つめたとき、あなた自身が大いなる命の最大限の愛情の深さを実感する。守護尊カードは語る。その慈母の心を、ありとあらゆるものに向け、あなた自身が最大限の慈母の心を知るとき来ていると。

<<メッセージ2>>

自分の中の悪鬼を探し、そのエネルギーを昇華せよ。子や家族を愛するのは自分ばかりではない。他者もまた同じように、子を愛し家族を愛するものであることを知ろう。
《解説》
鬼子母神は自分の子さえ良ければ好いという考えで、人間の子を食らってきた。その独善的な考えも、実は自分と自分の子の愛しさゆえの蒙昧であった。子供や家族への愛情は人の心を潤すが、一方では他者はどうなってもいいという排他主義の裏面もあることを知らねばならない。釈尊に出会うまでの鬼子母神は、まさに愛ゆえに盲目になった鬼女であった。しかし、自分の子が行方不明になり、半狂乱と成ったときに初めて知る。自分に子を食らわれた親は、今の自分と同じように半狂乱になったに違いないと。そこから彼女は大きく変化し、すべての子供の守護神となり、母親の愛情のシンボルとなっていく。
最初は、自分の子供のみ、家族のみの愛情であってもよい。その愛情をとことん追求することも時には大切だ。しかし、子供や家族を愛するのは自分だけではない。他者もまた同じであることを知るときが来ていると、守護尊カードは語っているのだ。
自分の中の愛に溺れた鬼女の側面を見つめよう。そして、その愛情は実は大慈心と表裏一体であり、他者の気持ちを知り、他者をもその愛情で包もうと決意したとき、あなたの中の鬼女は消え、誰よりも愛情深い慈しみに満ちた存在となるだろう。

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