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2008/04/21

「六文銭」月例弘法法話2008年4月21日

高家寺 月例弘法大師 平成二十戊子年 法話
タイトルは「六文銭」
内容の良き箇所は、
師匠の松長高野山真言宗管長猊下の法話を受け売りしたものです。

「六文銭(1)」

「六文銭(2)」 「六文銭(3)」

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薬師如来 4月仏部

薬師如来   [読み]やくしにょらい  [別名]医王・瑠璃光王
[真言]オン コロコロセンダリマトウギ ソワカ 

[特徴]東方瑠璃光浄土の主。十二本願を持つ。釈尊がよく人の心の治療者であったことから、その治病の面が人格化した如来。月光・日光に両菩薩を脇侍とする。十二本願とは、相好具足・二光明照被・所求満足・安立大乗・持戒清浄・諸根完具・除病安楽・転女成男・去邪趣正・息災離苦・飢餓飽満・荘具豊満のことで、そのために日本では国分寺が各國に作られた際に本尊を薬師如来とした。

<<メッセージ1>>
三種の薬あり。下薬はいわゆる治病の薬。中薬は毎日摂る食事。上薬は常に行っている呼吸。呼吸と食事を整え心身を整えるとき
《解説》 仏教経典に、三薬が説かれているわけではない。道教の『神農経』と呼ばれるものに、上薬、中薬、下薬が説かれている。下薬は除病、中薬は養性、上薬は養生の薬とされる。上薬は毒性がなく、下薬は毒性ありとも言われている。この薬を人に約せば薬師如来となる。毒性がなく心身を養生するものといえば常に行っている呼吸。毎日定時に摂り、身体を整え、医食同源とするのが食事。病になったときに。その除病のときに用いるのがいわゆるお薬。薬よりも、呼吸と食事に意識を傾ければ、より心身が健康。

<<メッセージ2>>
薬を使い過ぎていないか?食事を取りすぎたり、偏ったりしていないか?呼吸が浅くなっていないか?過ぎたるはなおおよばざるが如し。呼吸も食事も薬も適度にする必要がある。 
《解説》 病を治すときには薬を使う。ただその病に対しての効能の部分にばかり目が注がれ、副作用に関してはあまり注視されない。そのために、病は癒えても別の病に罹り、また別の薬を飲まざるを得なくなったりする例は少なくない。また、本来は少量を一時期だけ飲むべき薬を連続使用することで、その使用量が徐々に増えていき、ついにはどんなに多量に使用しても効果がなくなってしまう例もある。目先の病を癒す薬は徐々に減らしていく必要がある。その代わりに、食事や呼吸により体質改善と心身の安定を図り、心身全体として健康を維持していくことが大切。その食事も摂り過ぎると栄養過多になり、偏食するとバランスを失う。呼吸も同じで、吸うことばかりに気を取られると過呼吸になりやすく心身のバランスを失う。薬も食事も呼吸もその心身に合わせた適度なものが必要だ。
 薬や食事と呼吸のバランスを求めている。また薬ばかりでなく、何事においても過度になり過ぎないようにバランスを保つこと。

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月光菩薩 4月菩薩部

月光菩薩  [読み]がっこうぼさつ[別名]清涼金剛 適悦金剛 威徳金剛
[真言] オン センダラ ハラバヤ ソワカ 

[特徴]日光菩薩と共に薬師如来の脇侍。月は清涼感を与えてくれる。その月を象徴する月光菩薩は、煩悩の灼熱に苦しむものに清涼感を与え、そのやさしい月の光は慈愛を示す。また、三日月は別名を磨鉱といい、これから修行を行っていくことを象徴し、十三夜は円満する直前の美しさを表している。満月は円満する菩提心を表し、十六分月は、十六空または十六大菩薩を象徴する。童子形。

<<メッセージ1>>
月のメッセージを受け取ろう。月はあなたに多くを語りかけている。
《解説》
月を十六に分ける観想がある。堅固な菩提心を表し、不動の意志を象徴する金剛薩?・金剛王・金剛愛・金剛喜。福徳を表し、価値や目標を象徴する金剛宝・金剛光・金剛幢・金剛笑。智慧と慈悲を象徴し、知識や情報(informationではなくintelligennce)を表す金剛法・金剛利・金剛因・金剛語。円満する事業活全動を象徴する金剛業・金剛護・金剛牙・金剛拳。これら十六の菩薩を月に配当させ、この十六大菩薩が円満したものを満月とする観想である。これは月には多くの意味が含まれていることも象徴している。ここからどんな意味を見出すかはあなた次第だ。
あなたに月を実際に見ることと、あなたが観想で月を観ることの両者を勧められる。そして、そのどちらからもあなたへ多くのメッセージを発していることを知ろう。

<<メッセージ2>>
月は満ち欠けする。満ち欠けは命の躍動。月の光は優しい慈愛の光。月はツキを呼ぶ。
《解説》
世の中悪いことばかりではない。厭なこともあれば、良きことも必ず起きる。それは月が満ち欠けするのと同じだ。しかし、月は実際に満ち欠けするのではなく、地球の陰に隠れて欠けているように見えるだけだ。実際の月は満月そのもの。同じように人の心も満月そのもので、煩悩という雲霧によって満ち欠けしているように見えるだけなのだ。しかし、この満ち欠けこそが命の躍動。煩悩があるからこそ覚りを実感できる。煩悩は昇華すれば、大慈悲に繋がる。
満ち欠けすることを嘆くのではなく、満ち欠けするからこそさまざまなことに気づくことができることを感謝しよう。その感謝は、人生の大いなるツキを招く。

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金剛嬉菩薩 4月供養部

金剛嬉菩薩  [読み]こんごうきぼさつ  [別名]金剛嬉戯 普敬金剛
[真言]オン バザララサ コク

[特徴]金剛界内四供養菩薩の第一。大日如来が阿?如来のために流出した菩薩。不動の菩提心を衆生が発すことを悦ぶことを象徴する

<<メッセージ1>>
既に道を歩み始めている。大いに喜ぼう。大いに悦ぼう。深く感謝しよう。
《解説》
自分自身がこの世に生かされ、自分らしく生きることができることに深く感謝しよう。それは心の奥底の喜びに繋がるものであり、世間的な目先の悦びとは根本的に異なっている。心の奥底からの喜びは、世間的な皮相的な悦びを打ち破り乗り越える力を持つ。世間的な悦びが刹那的なものに対して、心の奥底の喜びは永続的なものである。守護尊カードは、あなたは既にその心の奥底の喜びにつながる道を歩んでいることを示している。そのことを大いに喜べ。大いに悦べ。大いなる堅固な意志に支えられたその道を邁進できることに深く感謝しよう。

<<メッセージ2>>
どんな時に、どんなことに、嬉しさを感じるのか?それは永続的なのか?刹那的なのか?貪るような悦びを超え、心の奥底からの悦びを感じるときが来た。
《解説》
この世に現れたものは、全て大いなる意志の顕れである。大いなる命の中で生かされているからこそ、その命を生かすときに、心の奥底からの永続的な喜びを感じることができる。それは刹那的な世間的な悦びと、表層的には似ているが、実態としては全く異なったものである。
あなたはどんな時に、心の奥底から打ち震えるような喜びを感じるのか?どんなことに、永続的な勇気あふれる喜びを見出すのか?その喜びを見出すときが来ていることをあなたに。あなたがこの世に生まれ、その肉体を持って生まれてきた意味を見つけ、大いに喜ぶときが来ているのだ。このチャンスに大いに感謝し、心の奥底の声に耳を傾けよう。

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降三世明王 4月守護部

降三世明王  [読み]ごうざんぜみょうおう   [別名]金剛吽迦羅
[真言]オン ソンバ ニソンバ ウン バザラウン ハッタ 

[特徴] 五大明王の一。東方を守護し、アシュク如来または大日如来、金剛薩?の所変とされる。三毒(貪瞋痴)三世(現在過去未来)三界(欲界・色界・無色界)三密(身口意)三身(法身・報身・応身)の毒をを象徴する大自在天・烏摩妃を踏みつけ倒し、新たな命を与える明王。

<<メッセージ1>>
大いなる力を得た。揺れ動かない強き思いが、邪魔するすべてを打ち砕き、新たな命を吹き込ませる。
《解説》
降三世明王は、菩提心の象徴である阿?如来や金剛薩?の所変した姿。ありとあらゆる煩悩を踏み倒す力を持つ。そしてその力は、倒した相手を生まれ変わらせ、大いなる力へと変成させる。堅固な菩提心は、煩悩を摧破し、煩悩即菩提の大いなる秘密をもたらしてくれる。

<<メッセージ2>>
貪っていないか?怒っていないか?流されていないか?物や過去に囚われていないか?未来を恐れていないか?自分の中の毒を踏みつけ、新たなものに。
《解説》
あれもこれも欲しいという欲望に振り回されたり、怒りに我を忘れたり、よく確かめもせずに他者の言葉に流されたりすると、そこはまさに荒れ狂う波の中。過去の出来事に執着したり、やまだ起きても居ない未来を恐れたりすると今を生きていることを忘れ、そこもまた苦しみの海。自分に中の毒を見つけよう。自分の中の執着を知ろう。それらの毒を堅固な思いで砕いてしまおう。破壊の後に創造があることを知れば、毒は使い方で薬になり、執着も堅固な思いに連なり精進へと繋がっていく。

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帝釈天 4月天部1

帝釈天  [読み]たいしゃくてん  [別名]天帝
[真言]オン インダラヤ ソワカ 

[特徴]八方天、十二天の一。東方の守護神。須弥山の主で、他の三十二天を統率する。仏法守護、鎮護国家、済世利民の天として梵天と対をなす。元々は雷雨神で、その威力が絶大であることから尊崇された。雷撃をもって魔を打ち滅ぼす神であり、雷撃の象徴として独鈷杵を持つ。帝釈天の住む城は喜見城という。喜見城の外の隅には善法堂がある。ここに諸天が集まり衆生の善悪を見極める。喜見城の内には殊勝殿がある。無量の財宝が蓄えられている。よく衆生を守り財宝を与えるために、施福の天として尊崇される。また帝釈天は衆生に害をなす阿修羅との戦いの伝説もある。

<<メッセージ1>>
あなたの道に精進せよ。雷撃のようにつきすすめ。
《解説》
帝釈天が手に持つ独鈷杵。雷撃が形となった武器。独とは、一。一筋に突き進み精進することを意味している。また、その雷撃により、煩悩・魔障を摧破することも意味している。天帝のように雄々しく、威厳をもって、今の道を精進して突き進むように。

<<メッセージ2>>
雷のごとき一撃をあなた自身に与えよ。目覚めるときが来た。
《解説》
あなたの中に目覚めていない力がある。その力はあなたそのもの。その力を目覚めさせるようにと、守護尊カードは勧めている。雷撃のように心揺さぶり、あなたの中の力を目覚めさせよう。あなたはあなたの道を精進し、まっすぐ進んでいかねばならない人なのだ。

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布袋和尚 4月天部2

布袋和尚  [読み]ほてい  [別名] 契此
[真言] 南無布袋尊

[特徴]七福神の一。唐代末に実在した僧。布袋和尚は一定のお寺に住することなく、人々の間を遊行し、喜捨によって生活をする乞食坊主を実践していた。戒律にも縛られず、何事にもとらわれない生き方は、大いに尊崇され、弥勒菩薩の化身といわれた。中国では、太鼓腹で、布袋を背負った姿の僧の布袋尊を弥勒菩薩とする民間信仰がある。

<<メッセージ1>>
外見よりも、全身全霊の笑顔と優しい言葉と穏やかな心を大切に。
《解説》
布袋和尚は、胸元が肌蹴て、太鼓腹の一部さえ見せた姿。その姿は外見的には決して美しいものではなかった。しかし、かれは外見以上に何事にもとらわれない人であった。そしてなによりも、笑顔をふりまいていきたたまに、多くの人に支持され、ついには弥勒菩薩の化身として崇められるに至った。守護尊カードは告げる。布袋和尚のように、外見にとらわれず、笑顔で生きよと。弥勒菩薩のように慈しみ満ちた言葉を発し、穏やかな心を保てと。

<<メッセージ2>>
何があっても、にこやかな笑顔を大切にせよ。
《解説》
何か悪いことや厭なことが起きても笑顔でいよう。その悪いことや厭なことは、いままでのあなたの悪業のもたらした果実であり、その果実が実を結んだということは、すでにその悪業が消えた証拠なのだから。また嬉しいことや楽しいことがあれば素直に喜ぼう。その喜びは、次なる喜びをもたらす。どんなときでも笑顔を絶やさず生きることは、何事にもとらわれない心を養い、大いなる福徳を授けてくれる。

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2008/04/15

動画:2008年4月12日 若き友人の結婚式 一部写真を掲載 vol-1

平成二十戊子年四月十二日に
高家寺で行われた結婚式の動画です。
媒酌人は住職夫婦。
戒師は住職。

新郎新婦は住職夫婦の若い仲間です。


・住職による祝福の護摩
・入堂・導師作法


・・導師表白
・新郎新婦席替え(イザナギ尊・イザナミ尊の故事による行道)
・新郎新婦の水晶念誦の交換


高家寺で行われた若きカップルの
手作り結婚式のビデオ vol.3
・導師が新郎新婦に道を説き示す(高家寺夫婦誠誡1)



・導師が新郎新婦に道を説き示す(高家寺夫婦誠誡2)


・導師が新郎新婦に道を説き示す(高家寺夫婦誠誡1)
・新郎新婦の誓いの署名
・三々九度
・戒師によるお話
・退堂

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2008/04/12

高家寺 夫婦誠誡

高家寺で行われた結婚式の中で話をした誡があります。
それを以下に記します。
あくまでも高家寺オリジナルのものです。
内容的に良い点は師からの受け売りだと思います。
劣した点は私の我執がなせるものだと思います。

高家寺 夫婦誠誡
 
 天空には太陽があり月があります。太陽と月には各々の役目があり、そこに優劣はありません。この世界には空があり海があります。空は無限に広がり多くの星々からの光を与え、海は清濁を併せ呑んで全てを浄化しています。そこに優劣の差はありません。人に男があり女があり、夫があり妻があります。男女は天地自然の大きな道に則り、ただ天より与えられた使命がおのおの別であるだけです。そこに優劣の差は微塵も存在しません。これらの相対するものに優劣の差がないという道理にこそ夫婦の道が、自ずから生じてきます。
 古事記に記される太古の世界では、伊弉諾尊と伊弉冉尊は天柱を回って遘合をされようとして、その始めを正しく直され、遂に終わりを全うして、大いなる徳を打ち立てられ、夫婦の道のありかたを今日に示されました。最初は道を外れることもあるかもしれませんが、気づいたときに直ちに協力し合えば、逆により強き絆が生まれていくものであること、そして男女にはそれぞれの使命が与えられており、その道を全うすることが大切であることを古事記の物語は伝えてくれています。夫婦はお互いにお互いの使命の違いを理解し合い、お互いを敬い、お互いを慈愛をもって、手を取り合い、各々の足りない部分を補い合って、一家を斉えていくことが肝要です。
 夫婦生活という人生の旅の途上で、外においては天災人災、内においては煩悩の荒波にのみこまれ、狂乱を示すこともあるでしょう。しかし、老いていこうとも、病めるときでも、共に歩んでいる、そのことを決して忘れず、手を取り合って人生を全うしてください。

ここに、あなた方に夫婦円満の五つの戒めを説きます。夫婦生活が円滑に進むようにするための良き習慣作りです。

  一に お互いに慈しみの心を持ち続けるように。
慈しみの心とは可愛い赤ん坊を目の前にした時の心の底の優しき思いです。お互いが真に慈しみ合えば他者にもその慈しみが溢れ出ていくでしょう。お互いを慈しみ、友人達をも慈しんでください。
  二に お互いの苦しみと悲しみを分かち合うように。
苦しみや悲しみは二人で分けると半分になるもの。一人で悩まず、よくよく話し合うことです。話し合わなくとも、誠をもって傍にいるだけで、その苦しみは苦しみでなくなります。あなた方の生きる指針となるでしょう。そして友人達の苦しみや悲しみを抜くことにも意識を傾けるようにしてください。
  三に お互いに喜びと楽しみを分かち合うように。
喜びや楽しみは二人で分けると倍増するもの。喜びや楽しみは明るい心を育てます。喜びや楽しみは生きる力となり、ツキをも呼び込んでいくでしょう。
  四に お互いに執着を捨て、尊重しあうように。
夫婦といえどもそれぞれの役目があります。その役目を理解してください。やきもちをやきすぎたり、互いに縛りあったりしないことが肝要です。執着を離れ、相手を互いにそのまま受け入れたとき、お互いを活かしあう本物の結びつきが生まれます。
  五に お互いに誠をもって良い所を常に褒めあうように。
厭なことがあったとしても、それは良きことと表裏一体。人は怒られると萎縮しやすいもの。時には叱ることも必要ですが、出来る限りお互いの良き点を伸ばすためにも誠をもって褒めあうようにしてください。

次に、あなた方の家庭が徳を積んでいくための六つの戒めを説きます。

 一に 得ることよりも与える家庭であるように
豊かな者は得ることよりも与えることに喜びを見出します。真に豊かな生活を望むのならば、与える喜びを知って下さい。
 二に 良き習慣をよく保つ家庭であるように
良き習慣は悪しき習慣の根を絶ち、新たな良き習慣の種を育んでいきます。良い習慣こそ人生の宝であることを知って下さい。
 三に 包容力豊かに他者に寛容である家庭であるように
忍耐は尊いものです。やせ我慢ではなく、他者に対して寛容であることは、それ自体がとても美しいものです。美しい人生であって下さい。
 四に それぞれの道をしっかりと歩み続けていく家庭であるように
人にはそれぞれの道があります。比較して異なるからといって、むやみに否定排斥するのではなく、自分の道も他者の道も尊重して、自分の道を迷わず歩んでいくようにしてください。
 五に 本当に心から望むことに専心する家庭であるように
人生は貴重な時間です。無駄な時間に時を費やすのではなく、本当に心から望むことに時間を割いて、人生を深めてください。
 六に 戒を実生活で活用する家庭でように
どんなに素晴らしい教えも実践してこそものになります。人生の真の宝物をいつでも得るには教えの実践に他なりません。ありのままに世間と自分たちを見つめ、これらの戒めを実践をしてください。

  以上、圓満の五箇条、積徳の六箇条の、夫婦誠誡を授けます。目先の小さなことにとらわれることなく、人生の大きなものを得るように心がけてください。お互いに対する誠意と大いなる命に対する信心をもって、病めるときも老いた後も、いついかなる時も、気づきを共有し、ありのままに、仲良く共に力強く進んでください。

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