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2008/03/29

3月28日月例不動の法話 準備の中に一流あり

先週、地元の桜丘中学の生徒たちがハンドボールの練習をするため、長良高等学校へ行ってきました。男子の奥村先生、女子の赤堀先生より、共に良き教えを生徒たちは受けていました。

特に女子の赤堀先生のお話は印象的であったので、ここで紹介いたします。

まず質問。ハンドボールの試合で、前半にボールに触っている時間は何分あるだろうか?
ハンドボールの公式試合は中学校では前半25分、後半25分。ただ多くの場合は、20分・20分で行われることが多い。相手チームと、自チームが半分ずつボールを持っているとすると、10分間自チームにボールがある。フィールドプレーヤーは6人。しかし、パスの時間、シュートの時間、ミスした時間、単純な反則でタイムが進行したままの時間を考えると、一人につきおよそ一分ない。
つまり、19から24分は自分の手元にボールがないということだ。そのボールのない時間にどういう動きをするかがもっとも大切ではないだろうか。そのことを練習のときから考えて行わなければならない。

この、赤堀先生の話は、何もハンドボールだけに通じるものではありません。他のありとあらゆることに通じる話ではないでしょうか?本番を上手にこなすには、準備をいかに丁寧に、どこを大切にするかを意識的に行っているかということが重要。ある意味、90%は準備に全てをかけるといっても過言ではありません。これは何事にも通じること。この話を、家内に話をしたら、「準備の中に一流がある」という家内の名言が出ました。まさにカミサンです(笑)

当たり前ですが、忘れがちなことをはっきりと伝えてくださった赤堀徹先生とうちのカミサンに深く感謝します。

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2008/03/21

阿シュク如来 3月仏部

阿シュク如来 あしゅくにょらい
オン アキシュビヤ ウン

[特徴]
金剛界四仏の一。東方妙喜浄土を主宰する如来。別名不動・無動・無瞋恚・無悶。阿(ア)とは否定の言葉。シュク(シュク・クショービヤ)とは動くことを意味する。つまり阿閦とは、不動、無動を意味する。不動の意志、金剛心、堅固な菩提心、無瞋恚を象徴する。阿頼耶識が転変した大圓鏡智を司る。高野山壇上伽藍金堂の本尊であり、チベット仏教でも最も尊崇される仏のお一人である。金剛界四親近菩薩は、金剛薩埵・金剛王・金剛愛・金剛喜。

<<メッセージ1>>
ありのままに観れば、恐れるものはない。不動の意志が流れを作る。勇気をもって一歩踏み出せ。
《解説》
普通の鏡は鏡像を左右反対に映し出し、すべてのものをありのままに映し出すことはない。一方、阿閦が象徴する大圓鏡智は、すべてのものをありのままに映し出す智慧。私たちは、煩悩という霞のためにこの心を曇らせてしまいがちである。ものごとは、ありのままに見れば畏れるものは何もない。そこに、不動心があれば、大いなる流れが出来上がる。そのキーワードが意志だ。何事も強き意志から始まる。強き意志を持てば、自然に流れは出来上がる。物事をありのままに見つめ強い意志をもって行動をするときが来ているのかもしれない。
 
<<メッセージ2>>
怒りに我を忘れていないか?恐れに我を忘れていないか。自らの怒りを社会に昇華せよ。社会を変革するのは、大いなる怒り。不動の意志を持って社会に働きかけるとき。
 《解説》
一度ついた火は、早く消さないと次から次へと物を燃やしていく。たった一つの小さな火が、山火事になり大火事になるものだ。他者に怒りを向けると、その炎によって、関係のないものまで燃やし、ついには自らも延焼してしまう。決して事物に怒ってはならない。その事物を起こしている元(煩悩)に目をむけ、その元を解決するように怒りの矛先を変えていく必要がある。怒りへの対処法は、自らをありのままに見つめることから始めること。怒っていた場合は、何に怒っているのかを見つめることが大切だ。たとえば信じていた人に裏切られたとしよう。その裏切りを許せないと言って怒りを燃やすことは誰にでもある。しかし、本当は裏切られたのでもなんでもない。その人が元々そのような決断をする人なのであって、裏切らないと勝手に決めたのは自分自身なのではないのか。そのように見つめていくと、他者への怒りはなくなり、怒りの対象は自らの内にある煩悩へと変化していく。また、その裏切った人がそのようになっていった社会問題へと、怒りの対象は変化していく。阿閦如来に祈り、自らの怒りを社会に昇華していこう。清浄なる怒りは、自らの煩悩を砕くと共に、社会改善へと繋がっていく。

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日光菩薩 3月菩薩部

日光菩薩 にっこうぼさつ
オン バザラテイジャ アン

[特徴]威徳金剛・金剛光菩薩・日光遍照菩薩・威光金剛を別名とする。月光菩薩と共に、薬師如来の両脇侍の一。金剛界十六大菩薩の金剛光菩薩と同体。際限なく広がり輝く日光を象徴する。一切如来の福徳の大威光は無智の暗を破る。諸の苦の根源である無明の闇を滅し尽くす智慧を太陽の光で象徴した菩薩。また、太陽の光が生きとし生けるものすべてに差別なく照らすように、慈悲を象徴する。

<<メッセージ1>>
冬の太陽のように自らが日光となり慈悲の優しさを有しつつ、暗闇を照らし出そう。
《解説》
太陽は多くの生命を育んでいる。太陽がなければ、この地球上には生命は存在しない。また、善悪を超えすべてのものに平等に光を与える。日光とは、単に暗闇を照らし出すものではない。そこには大きな慈悲がある。この慈悲の心を有したまま、さまざまな分野を照らし出すときが来ている。照らし出すのは自分の中の暗闇かもしれない。家族の暗闇かもしれない。自分が所属するものの暗闇かもしれない。社会の暗闇かもしれない。ただ物事を暴き出すのではなく、慈悲の心を有しつつ、明るくすること、それが智慧である。日光とは、大慈悲に裏づけされた智慧の象徴だからだ。

<<メッセージ2>>
昇る太陽に合掌。日の光で闇を照らし出す時。迷いも悩みも苦しみも、光を当てれば自然に消えていく。
《解説》
朝、太陽が東の空に昇るとき、旭日に手を合わせよう。どんなに暗くとも日はまた昇る。来る日も来る日も昇り続ける太陽に祈ることで、自分の中の暗闇に光を当てよう。あなたの中の闇は消え、大いなる命の優しい光であなたは包まれている。あなたの迷いや苦しみは、あなたの過去の清算であり、同時に未来への準備でもある。日光菩薩に祈りを捧げ、光に包まれた未来のあなたの道に感謝しよう。

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金剛鉤菩薩 3月供養部

金剛鉤菩薩 こんごうこうぼさつ
オン バザラクシャ ジャク

[特徴]
大日如来が大悲心をもって衆生を利益し引き入れるために流出した菩薩。金剛界四摂菩薩の一。大日経に菩提心を因とすとあり、まず最初は菩提心を発することから、全ては始まる。その菩提心に引導するために、衆生を大悲の鉤で引っ掛けて集める役目を持つのがこの金剛鉤菩薩である。別名を普集金剛、召集金剛、鉤引金剛という。

<<メッセージ1>>
不動の意志があれば仲間が集まる。あなたと共に歩む仲間・同志を集めよう。
《解説》
同志を得るには表現をしなければならない。その表現をすることによって、同志はあなたを振り向いてくれる。その表現も、実はあなたの熱き思いがあってできること。あなたの熱き不動の意志を、外に向かって表現をしよう。守護尊カードがあなたに告げるのは、あなたの熱き思いに共鳴するものたちを集めるのは、あなたの不動の意志であり、その表現であること。逆に言えば、あなたに不動の意志があり、その思いを表現すれば、大いなる命が、あなたのために同志を集めてくれるということだ。今こそ自己表現をし、あなたの中に同志を招きいれよう。
同志を得る場合の場合の、表現の一つとして、仏教では、四摂事を説く。暖かく優しく慈悲にあふれた言葉で語りかける愛語。物質的にも精神的にも広く施しを行う布施。相手を利益するように行動をする利行。相手と々目線で、共に歩んでいく同事。この四摂事が友と歩む場合に大切なこと。

<<メッセージ2>>
独りになっていないか?独りでできないことも、チームですれば可能になる。あなたの門を開け、友を招きいれよう。
《解説》
孤独を感じていないか?その孤独をよく見つめてみると、ほとんどの場合は、自分自身が扉を閉めてしまい、門に施錠をしている。鍵を開けよう。扉を開けよう。そしてその中に、あなたの友を招きいれよう。その友は人であるかもしれないし、人でないかもしれない。人にこだわりすぎると、あなたの友が何かを見失う恐れがある。まずはあなたの心の扉の鍵をはずそう。そのとき大きな命は、その力によって、あなたの中の閉じられた門はあけられ、あなたの友を仏の大悲の鉤で集められ、あなたの門の中へ引き入れるだろう。

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持国天 3月守護部

持国天  じこくてん
オン チリタラシュタラ ララハラハタノウ ソワカ

[特徴]
四天王の一。須弥山中腹東勝身洲を司る。般若守護善神の一。八部衆の一である乾闥婆・羅刹を眷族とする。乾闥婆はソーマを管理するもので、ソーマとは妙薬であるので、乾闥婆は良医とされる。また太陽の馬の通過する道を護衛するものとされ、帝釈天に侍って音楽を奏でるものであるいう。そうした乾闥婆を統御するのが、持国天である。国をよく治め護ることを本誓とする天王。帝釈天の軍神で東方を守護する。

<<メッセージ1>>
あなた自身を、あなたの家庭、あなたの住む場所、あなたの国家。あなたが専心できるものをよく治めよう。
《解説》
「国」とは時代によって、また場合によって指し示す意味が異なる。日本やインド、アメリカ、トルコ、ドイツ、エジプトなどの国家を指し示すことが、現代では一般である。ところが、「あなたのお国はどこですか」と問われれば、それは出身地を意味する。旧国名である、美濃、尾張、大和などもあれば、市町村を示すこともある。もっと示すと、国とは家族や一族でもあり、個人であるとも考えられる。世界のために生きる人も居れば、国家のために生きる人も居る。家族のために生きる人も、個人のために生きる人も居る。それぞれが、自分の適した生き方を保つということが持国天が指し示すメッセージといえる。

<<メッセージ2>>
あなた自身をよく保て。食・呼吸も、あなたの妙薬。また戒を保ち、精進することもあなたの妙薬。自身をよく修めよ。
《解説》
儒教の『大学』に終身斉家治国泰平という有名な一説がある。国を治めるものは家を斉えなければならない。家を斉えるものは身を修めなければならないというものだ。身体的には、食事と呼吸に気を使う必要がある。それらを整えることによって、身体はよく保たれる。また、戒をよく保ち、精進することで、あなた自身をよく修まっていく。その延長線上に、家は整い、一族や地方は治まり、世界平和が訪れる。

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歓喜天 3月天部1

歓喜天 かんぎてん
オン キリク ギャク ウン ソワカ

[特徴]
別名を聖天 大聖歓喜天 誐那鉢底という。大自在天と烏摩妃の息子。左牙の折れた象の頭を顔に持つ。誐那鉢底の誐那とは群衆・団隊の意味で。鉢底は主の意味。父である大自在天の軍を統率する大将。様々な障碍をもたらす毘那夜迦の首領その力強さのゆえに、財宝をもたらしさま座生願い事を叶えてくれる神ガネーシャとしてインドでは今も絶大な人気を誇る。日本ではもよく願い事を叶える天として尊崇され、その絶大な威力のために恐れられてもいる。この尊を拝むときは本地である十一面観音を祀るように伝えられ、その効果ないときは軍荼利明王に祈ると良い。

<<メッセージ1>>
大いに喜べ。大いに歓喜せよ。願い事は叶えられ、絶大な力を得た。
《解説》
歓喜天の絶大な力を得た。大いに喜べ。大いに歓喜せよ。あなたの願い事は叶えられたのだ。歓喜天の絶大な力を得、魔を封じ、障碍を除き、あなたの望むものを与えられたのだ。守護尊カードは、あなた自身が大いに歓喜し、その喜びを表現することを求めている。口に出して感謝の言葉を述べよう。そのとき、いっそう強い歓喜天の力を得ることができるだろう。

<<メッセージ2>>
欲望に振り回されていないか?心の底から求めるに集中せよ。
《解説》
歓喜天は願い事を最もよく叶えてくれる天。象の頭は、従順であり、その力強さの象徴。しかし、願い事をよく叶えてくれるために」、その欲望であなた自身が振り回されてしまう可能性もある。その欲望を制御し、荒々しい感情ではなく、微妙で微細な心の奥底の感情が求めるものに集中しよう。その願い事に集中したとき、歓喜天は、あなたに信じられないほどの力を与えてくれる。

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2008/03/20

青面金剛 3月天部2

青面金剛 しょうめんこんごう
オン デイバヤキシャバンダバンダカカカカソワカ

[特徴]
悪獣・病魔・風雷などの災難を除くといわれる。道教の天帝の家臣と、金剛青面菩薩の化身が一つにされたもの。人の頭・腹・足に居る三尸の虫(彭侯子・彭常子・命児子)は、常にその人を監視し、庚申の日の夜の寝ている間に天帝に犯した悪事を報告するといわれる。三尸の虫が天に上れないように、庚申の夜は町内や村の人達が集まり、寝ずに夜を明かした。この庚申講が江戸時代には民間信仰として盛んだった。今も、日本中のあちこちで石像が見られる。また、庚申のサルから導く神である猿田彦と同体ともされ、道の分かれ目に石像が置かれることもある。真言宗ではあまり修法されることはないが、猿をご神体とする日吉社と結びつきの深い天台宗では用いられることがある。

<<メッセージ1>>
庚申の日に、一晩中起きて、懺悔し、身語心を清めよう。そのとき、大いなる導きが現れる。
《解説》
六十日に一回訪れる庚申の日。この日は罪業が天帝に報告される日であるとされる。つまりこの日は、自分を振り返るのに適した日である。次の庚申の日は一晩中起きて、自分を見つめよう。あなたにとって大きな別れ道になる可能性が高い。この一晩に、大きな命に懺悔することであなたの中の罪障を滅して、心の中も言葉も身体も清潔に保ち、真っ白な状態で導きに身を任せるとよい。あなたは既に青面金剛によって災難が除かれ、猿田彦によって導かれているのだ。

<<メっセージ2>>
別れ道に立ったとき、目を瞑り、太陽が見える方へと進め。
《解説》
天孫降臨の際に瓊瓊杵尊を分かれ道で先導したといわれる猿田彦。輝きを持っていたことから太陽神とも言われる。この猿田彦と同体とされるのが青面金剛。そのために、青面金剛は別れ道に祀られることが少なくない。まさに、別れ道において導く神だ。守護尊カードは、あなたが別れ道に立っていることを告げている。どの持ちに行くのか、心の一番奥の最も微妙な優しい自分に聞いてみるとよい。その声が聞こえないときには、目を瞑り、イメージしてみる。どの道が最も太陽が輝いているかと。その道を進むようにと守護尊カードは勧めているのだ。

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