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2008/01/21

釈迦如来 1月仏部

釈迦如来 ノウマク サーマンダーボダナン バク

[特徴]
仏教の創始者である釈尊は紀元前5世紀ごろ釈迦族に生まれた聖者という意味。一般にお釈迦様というが、釈迦とは一族の名前であり、お釈迦様は釈尊の正式な名前ではない。出家前の名前はシッダールタ(Siddhārtha)。漢訳すると成就義。
歴史上の釈尊は、受用身である釈迦如来が、変化身として現象世界のこの世のカピラ城に生身で現れたと密教では解釈する。さらに大乗仏教経典で説法している釈尊は歴史上の釈尊ではなく、受用身の釈尊が変化身として各会処に現れて教えを説いたもの。歴史上の釈尊は五十年間よく説法をしてインド各地を遊行しので、釈迦如来は大日如来の説法の徳を司る。また釈尊は、よい習慣を身に着けさせ、成仏への道を滞りないように出家者在俗者共にそれぞれの戒を受けることを定めた。

<<メッセージ1>>
自らに律する戒を持とう。戒とは 安逸にならず 厳し過ぎず、無理のない良い習慣を身につけること。良い習慣は、真の楽な生き方に導いてくれる。
《解説》
仏教徒であるためには戒を授かったほうが良い。本来は自分自身で決め事をする戒がもっとも大切なことであるが、師より戒を授かることにより、修行者として心を引き締められる。師より戒を授かることは重要である。戒というと、厳しいイメージがあるが、仏教の戒は厳しすぎず安逸すぎないことを保つものだ。厳しすぎる行為は自らの肉体を痛め、それと共にかたくなな精神を養ってしまう。また安逸な生活は、自堕落となり、真の教えを受け入れる器をせばめてしまう。弓や弦は張りすぎず、緩めすぎず。しかし、放っておくと徐々に緩んでいく。まさに適度に保たねばならない。それと同じように、良き習慣を身につけ、安逸に流れてしまわないようにすることが戒を保つことである。

<<メッセージ2>>
悪しき習慣を取り除こう。安逸すぎず、厳しすぎず、無理のない良い習慣が、悪しき習慣より身を守ってくれる。
《解説》
悪しき習慣は、身語心の三つを傷つけていく。その悪しき習慣より身を守るのが、良き習慣だ。良き習慣は、真に楽な生き方を与えてくれる。密教には、その一つの例として十善戒がある。殺さない、盗まない、淫らなことをしない、嘘をつかない、飾りすぎた言葉を言わない、悪口を言わない、二枚舌を使わない、貪らない、怒らない、間違った見方をしない。それをもっと積極的に進めると、自他共に命を活かす、布施をする、生活を律する、正直でいる、正確な言葉を言う、他者を褒め称える、筋の通った話をどこでもする、執着せず手放すものは手放す、笑顔・優しい言葉・穏やかな心を保つ、正しい教えを積極的に学び身に着けることである。悪しき習慣を絶つ決意をしたら、釈迦如来に祈りを捧げ、良き習慣を身にまとい、まずその一つを実践しよう。守護尊カードは、悪しき習慣を絶つ決意をし、仏の教えに参入し、自ら戒を保ち、中道の道を歩むことを伝えている。

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