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2007/11/20

聖観自在菩薩 11月仏部

聖観自在菩薩: オンアロリキャソワカ

 (本来は観音部や菩薩部に入れる菩薩ですが、
  胎蔵曼荼羅中台八葉院の四菩薩でもあるので、あえて仏部に入れました。)

[特徴]勢至菩薩と共に西方極楽浄土の阿弥陀如来の脇侍。あらゆる変化観音の元。阿弥陀如来の因位であることから阿弥陀如来を化仏として頭の上に乗せる。大悲を誓願とし、生死苦海に溺れる衆生の声を聞き、ありのままに観察し、さまざまな姿に変化して救う。白肉色であるのは大悲を表す赤と清浄を表す白との両義を示している。南の海にある補陀洛山を本拠とする。密教では観音ではなく聖観自在と呼ぶことが多い。自性清浄・法・大悲を象徴する。得自在清浄法性如来とも呼ばれる。

<<メッセージ1>>
ありのままに観察し、苦海に溺れるものに手を差し伸べよう。そこに観自在菩薩がいる。他者を救うものは自らも救われる。
《解説》
大慈は楽を与えることであり、大悲は苦を抜き去ること。棘が刺さっていれば抜かねばならない。痛みがあればやわらげねばならない。観自在菩薩は、自由自在にすべてをありのままに観察し、さまざまな姿に変化して苦しみもだえる衆生を救う。その救いは大いなる道。目先の小さな苦しみから救うことよりも、大きな悲しみや苦しみから救うことを大切にしている。小さな苦しみは他者をいたわる心を育てる。そのいたわる心が、他者を救う大悲の心に繋がり、そして他者を救う言葉や実行が、実は自らを救っていく。その瞬間に苦しみの海に溺れる者さえも観音の変化身であり、さらに周りにあるすべてのものが観音の変化身であることを知り、さらに自らも観音であることを知ることができる。

<<メッセージ2>>
観自在菩薩が目の前にいる。ありとあらゆるものに姿を変え、あなたを救ってくれているのだ。傷つき悲しみ苦しんだときこそ、深く感謝しよう。
《解説》
生まれ生まれ死に死に、何度も何度も生を繰り返しながら数え切れない重荷を背負っていく。その重荷に押しつぶされ、傷つき悲しみ苦しんでいく。しかし、その苦しみも悲しみも、実は自らの重荷をなくすためのものであると知る者は幸いである。傷ついた瞬間に、悲しんだ瞬間に、苦しんだ瞬間に、今までの重荷が一つずつ消えているのだ。そこで、執着という新たな重荷の種を植えてはならない。重荷が消えていると心から喜び、真の喜びを植えていこう。観自在菩薩は、ありとあらゆる姿になり、私たちを導いてくれている。それは生き物ばかりでなく、時には無機物となり、時には出来事となり、仏であることへの道へと私たちを導いてくれている。傷ついたときこそ、悲しんだときこそ、苦しんだときこそ、深く深く感謝しよう。この感謝こそが観音菩薩そのものであり、また観音菩薩が目の前にいると知り、大いなる悲心で私たちを包んでくれていることを感じることができる。なぜ救われないのかと悩む前に、観音菩薩に祈りを捧げ観音の大悲を身語心すべてを使って感じ取ろう。

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