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2006/06/20

未来から現状を語る

農林水産省によると日本の食糧自給率は現在カロリーベースで40%。生産ベースで70%となっている。農林水産省はこのカロリーベースの食糧自給率を10年後に45%、できれば50%以上にするという政策を発表した。ようやく動き始めたという声も聞く。しかし、ここに大きな落とし穴がある。それは、その数値は現状をベースに考案されたものであり、そこに国家が持つべき青図がまったく見えてこない。http://www.kanbou.maff.go.jp/www/jikyu/report16/rep16-1.pdf  に記されているのは、今までの流れと、その延長であり、国家がどういう国であるべきか、そしてそのためには国家がどのような施策をするのかという観点が欠落しているように思う。お役人の仕事だから仕方がないといえばそのとおりだが、ここには政治家の息吹を全く感じない。日本は政治家不在の国家のようにさえ感じる。

かつてケネディが大統領に就任した際に、彼はこれからあるべきアメリカ合衆国を明確に打ち出した。それは現状から未来を語るのではなく、未来から現状を語ったものだ。国民に負担を求めたにもかかわらず、彼のこの就任演説は後世に多大な影響を与えた。それを意識して、中田横浜市長は未来から現状を語る格調高い就任演説をした。これこそが政治家の仕事である。

実は、この未来から現状を語るというのは政治だけのことではない。仏教では因果の法則が説かれるが、因が現状であり、果を未来と捉えることもできよう。多くの仏教は因から果を目指す修行を行っている。悟り・仏の世界とは非常に遠い世界であり、そこへ歩んでいくのが人生であるとしている。ところが密教はそれを逆転させた。果の世界より因の世界を見つめるという大転換をさせたのだ。ここに密教の眼目の一つがある。言葉を変えれば、未来より現状を語るということだ。

この視点は密教だけのものではない。精神界では私たち宗教家が未来の世界から現状のことを語らねばならないだろう。政治行政においては政治家が未来から現状を語る必要性を感じる。経営においても経営者は未来から現状を語るものが成功を収めているようだ。人の心を突き動かすものは現状からのありきたりのものではない。現状から見ると誰もが不可能と思えることをこなすものこそが社会を真にリードしていくように思える。

現状から未来を語るリーダーは、実務家・マネージャーであってもリーダではありえない。この未来より現状を語ることこそ、どの時代でも社会をリードする人には求められる。そのことをリーダーは肝に銘じていく必要があろう。

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2006/06/08

宗教にとらわれない宗教心の場

マドンナのコンサートに行き、思い起こされたことがある。それは私がなぜ坊さんになろうとしたかと言うことだ。

実は私は学生時代に最もなりたくなかったのが坊さんだった。それは世襲制という制度の中に胡坐をかき、宗教心を失くしてしまったにもかかわらず、聖職者と自称している人々が許せなかったのだ。ところが私は子どものころより、イエスが好きだった。釈尊が好きだった。ムハンムドが好きだった。弘法大師に関してはあまりにも近すぎて反発していたが、やはり最も敬愛する人だった。宗教そのものにとても関心があり、宗教心を大切にしていた。多くの寺院や教会を回った。それらに関する書物も読み漁った。そこで一つの確信を得た。

どんな宗教もそれぞれに大切な部分があるが、あまりにも言葉上の教義にとらわれて、本来の宗教心(FAITH 信仰)を失くしすぎている。私はそんな宗教心に触れる生き方をしたい。そう強く感じるようになっていた。

そして、自分の考えに最も近い教えに出会った。それが真言密教であった。だからこそ、世界で唯一密教学科を有している高野山大学を選んだ。この大学で宗教心をよりいっそう深めたかったのだ。そして密教の教えを学び、私はより確信するに至った。弘法大師も華厳宗の東大寺の別当になったが、東大寺を真言宗にすることはなく華厳宗のままとした。さらに多くの僧侶と交流し、密教を授けたが、よほどのことがない限り宗派変えを強要しなかった。また醍醐寺を創設した聖宝も三論宗をそのまま大切に東大寺内に残した。昔の高野山には、各宗派の専門寺院があった。浄土関係の熊谷寺。臨済禅関係の金剛三昧院。日蓮関係の五坊寂静院。その専門を各寺院はそのまま大切にしていた。つまり真言密教は異宗教もそのままその存在を認めて、仲良く手をつないでいたのだ。私はこの発想に共鳴した。

そして、強く願った。「どんな宗教の人でも自由自在に出入りのできる信仰の場所をつくりたい。無宗教の人であれ、何か特別な宗教を信じる人であれ、宗教心を持った人が共通に祈れる場所作りをしたい。」と。それが私の僧侶の出発点であった。

しかし、実際に僧侶となり、世俗にまみれ、僧侶に復活して後も、一ケ寺の住職となり、その流れに流され、いつの間にか初心を忘れていた。

マクロビオティックによって、私の宗教心の奥底の部分に光が当たった。そしてマドンナのコンサートで、その扉が大きく開かれた。初心に戻り、「どんな宗教の人でも自由自在に出入りのできる信仰の場所をつくろう。無宗教の人であれ、何か特別な宗教を信じる人であれ、宗教心を持った人が共通に祈れる場所作りをしよう。」と今は心から感じている。

まずは高家寺というお寺をダブルスタンダードにしたいと思う。一つは宗教心に何らかの形で関わる人ならば誰でも祈りを捧げられる場であるということ。もう一つは、真言の教えを入り口として、奥へ入っていこうとする場。この二つの場にする。そして、高家寺以外にも、こうした祈りを捧げる場を作っていこうと思う。そのためにも、まずは高家寺をその雛形(プロトタイプ)にする。

具体策はまだまだ暗中模索中だが、最初の一歩である意志は固まった。

これも、マドンナの宗教的メッセージのおかげである。

その道を示してくださった彼女のプライベートシェフ西邨まゆみさんと、その師であられる久司道夫さんのおかげでもある。

そして、そこまで導いてくれたわが妻リツのおかげであり、師松長先生をはじめ多くのお祖師様方、そしてこの肉体を作ってくださったご先祖様方、有縁無縁の方々、そして大いなる命のおかげである。皆に深く深く感謝する。

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2006/06/04

マドンナの宗教性

マドンナのコンサートをロサンゼルスで観た。そのある部分で、とてつもなく宗教性の高い映像が流れた。

一つの細胞が分裂し、二つになり、四つになり、八つになり、無限に増えていく。そしてその細胞がある形を作っていく。ユダヤの星、イスラムを象徴する三日月と星、仏教を象徴する金剛輪、キリスト教を象徴する十字架、道教を象徴する陰陽印、ヒンディーを象徴するオームというデーヴァナーガリー文字。これら、各宗教のシンボルにその細胞は集まっていく。そして、それららが、時にはぶつかり合っていくのだが、ついにはそれらが重なったり調和していく。そして最後にはそれらが寄り集まり、シンボルは消えうせてとてつもなく大きな一つの細胞に戻るというもの。

これは意味深であった。しかもマドンナは、自分が十字架に架けられて歌を歌っていく。これは既成の宗教に対する明らかな挑戦状と、そして意思表示だ。彼女はユダヤ教の密教ともいうべきカバラを信仰している。しかも少し異端と見られるカバラだ。それでも彼女は土曜日というこの日に、敢えて自宅のあるLAでコンサートをした。今のLAの象徴でもあるステープルスセンターにおいて。ユダヤ教では土曜日は聖日とされる。この日にコンサートなどとんでもない。しかし、彼女はそれを乗り越えてコンサートを開いた。さらに、キリスト教のシンボルである十字架に自らを張りつけさせた。逆に言えば、彼女は既成の宗教の問題点を曝け出させ、逆に細胞の映像を盛り込むことで、宗教とは一つであり、そこからそれぞれの民族や地域時代によって変化して行った宗教をそれぞれ認め、さらにそれらは対立を超えて大きな一つの細胞なんだということを訴えていたような気がする。特にシンボリックだったのがユダヤの星と、イスラムの月と星が重なって仲良くしているときだった。マドンナは自分はカバラを猛烈に信仰しているが、それ以上にもっと大きな命をあの小さな身体で大きく表現しているのかもしれない。それはユダヤ教という小さな殻に閉じこもるものでもなく、キリスト教という枠に縛られることもない、大きな命を実感するという意味で、彼女なりの感性の賜物だ。

私も宗教家である。だからこそこのマドンナの挑発に乗ってしまった。ふとわれに返り周りを見た。この映像に皆が絶叫し拍手した。そこに居た二万人以上の人がマドンナに賛同した。すごい感性だった。まさにこれぞ真言の深みと感じることさえできる雄たけびだった。どんな強力な宗教家といえども、一日で二万人以上の人に大きなメッセージを与えることは難しい。しかし彼女はそれを自分の歌手生命をかけてまでなしていった。私は彼女に頭を下げた。感謝した。このコンサートが終わるころまでに、どれほどの人がこの影響を受け、宗教対立の愚かしさを感じてくれるのだろうかと思うと、少し涙さえ出てきた。マドンナに感謝したい。そしてそれに直接的にも間接的にも影響を及ぼしていてくださるプライベートシェフのマクロビオティックの旗手でもある西邨まゆみさんにも深く感謝したい。

この内容は私なりに掘り下げて、九月に行われる国際密教学術大会で発表をしようと思う。

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