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2006/05/12

個人と組織

あるテレビ番組で、面白いコメントがありました。

戦争に負けソ連によってシベリア抑留をされた、日本人Aさんとユーゴスラビア人Bさん。二人はシベリアでお互いを気遣いお互いに信頼しあい、そして生き残って行ったそうです。そして六十数年を経て、AさんがBさんを探し当て、訪ねていきます。Aさんは88歳、Bさんは83歳。そしてお互いはお互いを確認しあい、感動の再会。さらに、その半年後にBさんは亡くなりました。

このドキュメントを見ていたあるコメンテータが「個人と個人ならば人種やすべてを超えて友達になれるのに、国というものを背負うと戦わなければならなくなるんですね」と。この一言はとても大きなものでした。

宗教間対話もそうで、おそらく個人と個人の対話ならば、うまくことは成就するでしょう。しかし一方で、宗教を背負うと結果的には戦うことになりがち。本当は国も宗教もそのほかの様々な組織すべてに、こうしたことがいえることなのでしょう。

組織はあくまでもこうした個人間を円滑にするためにあるものであるはずです。しかし、ほとんどの場合は組織が個人を上回ってしまうことが多い。個人の命よりも組織を尊重する風土が、世界中に残っているということを改めて思い知らされました。組織は大きな力になることも少なくないので否定はしません。しかし、やはり個人を押しつぶすようなことがあっては絶対にならないと思います。組織の規則にはこうした個人を思いやる事項が必ず必要なのではと感じます。

釈尊もサンガとよばれるお坊さんのグループを作らざるを得ませんでした。弘法大師空海もまた真言宗という一宗派を作りました。しかし、それらは個人を殺すためのものではなく、個人を活かすために必要なものとしてやむを得ず作ったように思えます。組織が大切なのではありません。個人間のやり取りを上手に導くために組織が必要なのであって、それを阻害したときに組織は不要になります。

個人間の争いは喧嘩程度で済みます。しかし、組織の喧嘩は組織に関わらないものまでも戦争に導いてしまいます。戦争を導くのはいつも組織であることを私たちは忘れてはならない気がします。

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