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2006/05/21

大宇宙の際限

心の中は宇宙よりも広いという。多くの神秘家たちはそう述べてきた。またそれを受けて、瞑想を指導する者たちも同じことを言う。ここで疑問に思った。「何を基準にして、宇宙よりも広いというのだろうか?」と。

月は自転しながら地球の周りを回っている。地球は自転しながら太陽の回りを回っている。太陽系も自転しながら銀河の辺境で、銀河系の中心の周りを回っている。そしてその銀河系も自転しながら大きく円運動を描いている可能性は否定できないし、またその宇宙も自転しながらあるものの回りを回転しているということも否定できない。そしてそれもまた、またそれ以上のものもまた。ここには私たちの想像をはるかに絶する大宇宙が広がっている可能性が十分ある。時に際限がないように、この大宇宙の際限はないのではないかと感じる。そうすると心の中が宇宙よりも広いということは言えないのではないか?元々比較すべきものではないのではないかと感じた。おそらくこの比喩は、際限なく広いということを表すために用いたものであり、物質的な考えではない。

これはマクロの話。逆にミクロにも言える。分子、原子、素粒子、クォーク、電子、光子。ここにも際限がないような気がする。

そしてこのミクロの世界にも、マクロの世界にも、今のこの次元に生きている私たちには認識できない命があることも否定できない。そう考えると、命に満ち満ちているのがこの大宇宙なんだということを感じることができる。

実はこの話、マクロビオティックの宇宙論を調べているうちに思い出したことだ。大宇宙も小宇宙も際限がなく、心の中も際限がなく大きく微妙な世界。そしてそこにはありとあらゆる形で命が満ち満ちている。その命の総体を人は神と呼び大日如来と呼んでいる。私はそう実感する。

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