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2006/05/04

五悔

密教の供養法の最初に五悔と呼ばれる一文がある。常用経典では金剛界礼懺と呼ばれる。大正蔵経十八巻p335cに全文が載るが、常用のものとはかなり異なっている。伝統では、常用のものは蓮華部心軌、如意輪軌、二巻教王経などからの再治本ということである。実際に用いている五悔は、至心帰命、至心懺悔、至心随喜、至心勧請、至心回向の五段からなっている。修法の際には必ず読まれ、晴れの儀式(外向けに行われる儀式)では、唱礼といって、導師が発音(ほっとん)し皆で唱和する。とても大切な一文である。

なぜ五悔が必要なのか?ゆっくりと読んでみると実に味わい深い。仏法僧の三宝に帰依し、仏の法を体現すると深く心に刻み込む。しかし、今まで犯してきた罪業は数知れず、自らの力ではその罪業を消し去ることができないので、その罪業を仏に懺悔し、その重荷を背負っていただく。すると、そこには仏の世界が現れ、歓喜する。この歓喜が永続するように仏に願い、その功徳がすべてに振り向けられるように祈りを込める。これは小さな自分自身を捨て去り、大きな命の意思に乗ることを意味しているとも言える。この文章は普段は流されて読んでしまうことが多い。しかし、この五悔は供養法においては最もゆっくりと味わいながら、心を込めて読むべき文章であろうと思う。

一般信者向けでは、この五悔にあたるのが、懺悔文・三帰・三竟・十善戒。心より自らの罪を懺悔し、それを大いなる命に預け、心身ともに軽やかになり、仏の法を体現していこうというものだからだ。経典はただ単に読めば良いものではない。時にはゆっくり味わい、深く心に刻み込み、その後は何度も何度も読んで行き、より深く心に刻み込み、体現していくものであろう。

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