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2006/04/14

葬式改革 1-1

1 なぜ葬式改革が必要なのか

1 ローリング・ストーンズに教えられた

 ナゴヤドームにローリング・ストーンズのライブコンサートを観に行った。不良のアイドルといわれた彼らのコンサートに、一ケ寺の住職であるこの身が観に行くのは多少の抵抗があった。しかし、かのダライラマ十四世もロックコンサートに出向き法話をするということを聞き、意を決して誘われるがままにナゴヤドームに向かった。定刻になり、コンサート開始。かなり上手な演奏。ベースの音などはビックリするほどすばらしい。しかし・・・。「あれ?これがストーンズ?」よく観ると、それはまったく別のバンドだった。若すぎる。演奏は確かにうまい(後に知ったのだがベーシストは世界トップテンに入るほどのテクニシャンだった。)。しかし、何も伝わってこない。私自身がロックをあまり好きではないからかもしれない。聴いているのもつらくなった。いらいらする感情を収めるために、コンサートホールを出てトイレに行き、その後はナゴヤドームを散歩した。演奏は三十分。その後に休憩。休憩が終了し、会場が暗くなる。音が鳴り響いた。ギターとドラムの音。先ほどより上手とは思われない。「また、同じ?」少し失望を感じた。そこにスポットライトが。ミックジャガーが赤いジャケットを羽織って現れ、ジャンピングフラッシュを歌い始めた。脳天に雷が落ちたような衝撃。「何なんだこれは?」。それから二時間の間、彼らは演奏を続け、歌い、走り続けた。ミック・ジャガーは六十二歳とは思えない体力で走り回っていた。キース・リチャーズもロン・ウッドもギターを引き続け、チャーリー・ワッツもドラムを叩き続けた。凄過ぎる。演奏が特別に上手なわけではない。歌が抜群にうまいわけでもない。お話が面白いわけでもない。彼らは歌い、踊り、走り、演奏する。そしてそこからは止め処のない衝撃が伝わってくる。ロックがあまり好きでない私も二時間の間釘付けになってしまった。本番最後がブラウンシュガー。会場全員が「フウーッ」という雄たけびを上げ続けた。アンコールの拍手の後二曲。熱心なファンたちは一緒に歌い、会場がうなっていた。歌詞を全く知らないわたしは取り残された様な気持ちになって少しさびしかったが、コンサートは全体を通して十分に満足させられた。余談だが、その後パソコンで彼らの音楽をダウンロードし、今回の演奏順に並べなおす編集をした。その音楽を今もよく聴いている。
 お葬式の話で、なぜローリングストーンズの話なのか。疑問に思われる方も多いと思う。実はこのコンサートで学ばされた大切なことがあるのだ。ストーンズの前座をつとめたグループは、すばらしいテクニックの持ち主だった。しかし、その感情も情熱も伝わってこなかった。一方、ローリング・ストーンズは、テクニック的には特別秀でているわけではないが、その情熱と感情はずば抜けていた。その感性が十分すぎるくらい伝わってきた。人々を惹きつける彼らの魅力はここにあると感じた。そして、ここに葬式改革の大切なことが隠されていると私は直感した。お葬式で大切なのは技術や所作やスムースな流れではない。それらが十分でなくても、遺族や故人の感情を表現する心のこもった演出こそがお葬式では大切なものだと教えられた。ローリング・ストーンズは、いろいろな問題もあるが、そうしたものを超えて、人にとって大切なものは何かを教えてくれた恩人である。

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