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2004/01/26

感謝

こんなお話を聞きました。ある女性が癌に罹り、「余命1年」と医者に宣言されました。その宣言後3ヶ月。御主人が、ショックのあまり痴呆になってしまい、癌の奥様が世話をすることになりました。それから三年。癌を宣告された女性は今も御主人の世話をされているとのこと。そして癌は今もそのまま。進みもせず減りもせず、癌と共生しているそうです。女性は死を見つめることで生を感謝し御主人は死を絶望してしまった結果です。この話はあちこちで聞かれる話です。

うちの信者さんで、やはり癌治療をされた方がこんなことをおっしゃっておられます。「今まで、お正月や誕生日を迎えると一つ歳をとっていやだなぁと思っていたけど、今はまた一年生かしていただいたと感謝いっぱいです」と。そして抹茶を飲まれるときの、その仕草が、実に愛おしくお茶を飲まれていました。まさに癌という病気がその女性に感謝を教え、生の尊さを気づかせました。

死を師とされた方々はたくさんいらっしゃいます。その方々から私たちは大いに学ばされます。よく喩えで使われるコップ半分の水。まだ半分あるか、もう半分しかないと思うか、このあたりかと思います。

仏は時には死という師で私たちを導きます。私も深く感じさせられました。

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