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2004/01/26

感謝

こんなお話を聞きました。ある女性が癌に罹り、「余命1年」と医者に宣言されました。その宣言後3ヶ月。御主人が、ショックのあまり痴呆になってしまい、癌の奥様が世話をすることになりました。それから三年。癌を宣告された女性は今も御主人の世話をされているとのこと。そして癌は今もそのまま。進みもせず減りもせず、癌と共生しているそうです。女性は死を見つめることで生を感謝し御主人は死を絶望してしまった結果です。この話はあちこちで聞かれる話です。

うちの信者さんで、やはり癌治療をされた方がこんなことをおっしゃっておられます。「今まで、お正月や誕生日を迎えると一つ歳をとっていやだなぁと思っていたけど、今はまた一年生かしていただいたと感謝いっぱいです」と。そして抹茶を飲まれるときの、その仕草が、実に愛おしくお茶を飲まれていました。まさに癌という病気がその女性に感謝を教え、生の尊さを気づかせました。

死を師とされた方々はたくさんいらっしゃいます。その方々から私たちは大いに学ばされます。よく喩えで使われるコップ半分の水。まだ半分あるか、もう半分しかないと思うか、このあたりかと思います。

仏は時には死という師で私たちを導きます。私も深く感じさせられました。

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2004/01/01

甲申年

平成十六年は甲申年(きのえさるとし)。
甲とは、鎧や兜を意味する言葉で、もともとは種子を覆う厚い皮を意味します。種子がこれから発芽しようとする段階で、まだまだ厚い皮をつけている状態です。四季でいうと初春を意味します。
申とは本来動物の猿を意味するのではなく、呻く(うめく)こと。草木の実が硬く締め付けられて固まっていく様子を表し、旧暦の七月、晩夏から初秋を意味します。
どちらも結果を待つ段階の状態で、来年は結果の出る年。今年はそれを待つ年のようです。
前回の甲申は今から60年前の昭和19年(西暦1944年)。
すなわち太平洋戦争終結の前年で、日本の敗戦が非常に濃厚になった年です。
その前の明治17年(1884年)。自由民権運動の三大激化事件の一つ群馬事件が勃発。内閣制度制定の前年。
その前は文政7年(1824年)。新たな時代の引き金の一つとなったシーボルトの鳴滝塾が開塾。
そのまた前年はここ三回の甲申を見ると、新たな時代が幕開けをしつつある年。ほんのわずかな萌芽は見えるけれども、まだまだ新たな時代は不透明だったようです。しかし逆に言えば、確実に新たな時代の幕開けが始まりつつある時ともいえます。
平成十六甲申年は果たしてどんな時代の引き金となっていくのでしょうか?一人一人の目が見開かれる時代であることを望んでいます。期待はしていませんが、希望は持っています。楽しみです。(2004・1・1)

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