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2003/07/10

最善のときに心の扉が開かれる

昨年、一月に高山の友人より一冊の本を借りた。『愛と慈悲のガユーナ・セアロ』(知玄舎)。正直言って、その際はその本を読むことができなかった。なぜか私の胸に壁が張られたためである。ところが、その月に妻のリツがミャンマーに行った際に、そのガユーナ・セアロと空港で出会い、一緒に写真を撮ってきた。その共時性に驚いたが、やはりまだその本は読めなかった。
先月末より私は少し体調を崩している。そのために、高山のその友人の病院に行った。そこで担当医の院長より一本のビデオを借りた。その日に出会った人々はなぜか皆、ガユーナ・セアロの石川県七尾市での講演を聴きに行った人々ばかりであった。
翌日、帰宅後、妻と共に彼の講演ビデオを観た。今流行のスローライフではないが、心地よい流れの講演。半分眠りながら聴いたが、その言葉は深く染み込んできた。僧侶の講演でこれほど心を動かされたのは初めてであった。そしてまたその翌日に、彼の本を一度の読むことができた。時をやっと得たようだ。病が私を導いてくれた。
ガユーナ・セアロ。正式名はウ・サンディマ。ミャンマーの僧侶。そして彼は日本人であった。彼は1995年に様々な体験をして出家した。そして奇跡という言葉に値する行いをし、今は世界を駆け巡っている。まだ僧侶になって八年。しかしその発する言葉は、今まで聞いた僧侶の話の中で、最も核心をついたものであった。彼のことは彼の支援サイトを観ていただきたい。<A href="http://gayuna.cool.ne.jp/">http://gayuna.cool.ne.jp/</A>

本も人も、自分にとって必要なときに目の前に現れるわけではない。前もって何らかの示しがある。そして時が満ちたとき、心の眼が開かれ、自然にそれらが飛び込んでくる。今回、まさにそれを体験した。ありとあらゆる事象は、その人にとって最善の少し前に現れ、最善のときに心の扉が開かれる。これを知る者は幸せといえる。今、私にも進行しつつある不思議な出来事がある。おそらくこれも、もうしばらくした段階で心の扉が開かれるのであろう。この世の中はすべての人が主人公。唯識の教えを今実感しつつある。(03/07/10)

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