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2003/06/13

日本の仏教寺院の役割の一つとは

聖徳太子は西暦593年に四天王寺を四箇院からなる寺院として建立した。四箇院とは、療病院(いわゆる病院)、施薬院(薬局)、悲田院(慈善救済施設)、敬田院(本堂などの信仰の場所)。寺院のうち四分の三が福祉施設であり、貧困者や病傷人の救済施設、すなわち飛鳥時代の仏教寺院は社会福祉施設そのものであった。
その後、奈良時代の行基菩薩、平安時代の弘法大師、鎌倉時代の重源師、叡尊師、忍性師など多くの仏教者が、伽藍を離れて大きく福祉活動を実践し、寺院もその福祉施設としての役割を担っていた。
平安時代後期の浄土思想を普及させた天台宗の恵信僧都も、荒み行く人々の心を安寧に導くためにできる限り安易なものとして浄土思想を広めた。浄土宗の法然師や浄土真宗の親鸞師も同じである。また日蓮師はその基盤を法華経に求めた。更に天台密教の一流派を確立し臨済宗の祖でもある栄西師はお茶を持ち込んだり、華厳宗の明恵上人も戦争で貧窮する人たちを救ったのもまた福祉の一環であった。鎌倉時代、執権北条時宗婦人の覚山尼創建、太閤秀吉の孫娘である天秀尼でも有名な東慶寺は罪人救済女人救済の寺として江戸時代まで名高く、まさに福祉施設そのものでもあった。また高野山は多くの罪人の受け入れ場所としての役割も大きく担ってきた。
インド中国の歴史はともかくとして、日本の寺院は上記のように福祉施設としての役割を大きく担っており、現在の葬儀や法事中心の施設とは大きく一線を画している。
世間で社会福祉問題が大きくクローズアップされてきている昨今、各宗派も福祉事業に意識を傾倒し始めている。浄土宗の「総合福祉研究所」浄土真宗を中心としたヴィハーラ運動、曹洞宗の東北福祉大学、日蓮宗の日本福祉大学、真言宗の「密教福祉研究会」、そのほか各寺院の僧侶や寺院関係者が福祉関連に従事することも随分と増えてきた。ある意味、復古主義、ルネッサンスなのかもしれない。こうした大きな流れの中、各地方寺院も仏教寺院も本来の姿を取り戻しても良い気がする。そのためには檀信徒の協力が必要である。住職一人が気張ってもなかなか動かない。社会福祉施設としての仏教寺院、新たなあり方が今問われているのかもしれない。(2003/06/13)

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