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2003/04/15

統一地方選挙を見て思う

統一地方選挙の前半戦が終わった。思いも寄らぬ結果がいくつもあったようだ。
一例を挙げると横浜市会議員選挙。昨年の市長選挙で、4選狙う当時の市長と、30代後半の当時の衆議院議員が争ったが、その応援で民主党が二つに割れた。一方は現状を維持しようとする県連本部の勢力。もう一方は、多選に反対し、現状を変化させようとする勢力。そして、大方の予想を覆し昨年所市長選では、30代後半の市長が誕生した。そして、その市長が応援した、現状変化を望むグループは、この市会議員選挙で、予想以上の大勝利であった。
一方、千葉県や岐阜県をはじめとする多くの県議会では自由民主党が圧倒的な勢力。特に今回は締め付けが厳しかったようだ。それでも票差を観ると僅差が多く、県議会全体での勢力は、その政党得票率と比べると、大きな差が出ていることが如実となった。
横浜という土地は、明治のときもそうであったが、時代の先端を走る土地である。既に日本は変化の時代を迎え始めている。もっとも変化が遅いといわれている政治の世界でも大きなうねりが始まったようだ。まだまだ地方の議会では顕在化していないが、既に変化を望む声は大きく内在しているのではないだろうか。&
宗教界はどうなのか。この世界も変化を嫌う世界である。しかし、変化を嫌っているのは、僧侶をはじめとする既得権者。多くの方々は宗教性を求めてはいるが、宗教には嫌気をさしている。つまり宗教に対して変化を求めているのではないだろうか。
変化は痛みを伴う。しかし変化をしなければ、環境によって自滅する道を歩まねばならなくなる。今のあり方に満足するのか、環境に合わせて変化をしていくのか、仏教の教えのもっとも根幹にある「無常」ということをもっと僧侶をはじめとする仏教者は感じ取るべきなのではないだろうか? (2003/04/15)

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