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2003/04/03

死語の献体について

ある弁護士さんの葬儀の導師を行い、遺族と話し合い「遺族の送るコトバ」を入れました。それから、いろいろな方々と葬儀の自由化ということについて話し合っています。故人が好きだった音楽を入れたり、お献茶をしたり、献花をしたり、大きく変更しなくても一部を触るだけで、実に心の篭った葬儀になることを実感させられています。
その話し合いで、ある方から献体というものを知らされました。自分の遺体を自分の意思によって病院に提供をし、研究に役立ててもらうというシステムです。

「医学および歯学教育のための献体に関する法律」
昭和58年5月国会にて成立、同年11月25日施行。
日本での献体の団体は56団体
献体登録者の総数は186,434名を越える。
そのうちすでに献体された方は約59,890名(平成13年3月現在)。

この献体というシステムもこれから考えていかねばならないことです。残念ながら私はこのシステムを知ったばかりで、答えを有していません。遺族の想いを考えるとなかなか首を縦に振れませんし、「ジャータカ」によれば釈尊は前世でウサギの時に、飢えた人間に自らの身を捧げたといいます。こうした、矛盾した答えを有しながら、やはりその場合その場合で答えを出さなければならない問題なのかもしれません。

献体だけではなく、山や海への散骨なども最近では取りざたされています。葬儀後の遺体の措置に関しても、お墓ともどもいろいろい考えていかねばならないようです。

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