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2003/03/29

イラクへのコメ支援に思う

今朝のニュースで、政府農林水産省がイラクにコメ支援をすることを検討中とのこと。国内のコメ余りもあるし、海外から輸入もせざるを得ない状況下、特に輸入したコメを、イラクへ供出するというもの。コメ輸出国に対しての支援、イラクへの支援、コメ余りの解消と良い事尽くめのように一見見えるこの政策、本当にまともなものなのだろうか
かつてイヌイット(かつてはエスキモーと呼ばれた人々)の食糧支援として、アメリカ政府が小麦の供出を行ったことがある。ところがその際にイヌイットは、飢餓のさなかなのに、その小麦を食べなかったとのこと。これは、生肉を食べる食文化に、小麦を押し付けた典型的な文化押し付け支援であった。
今回の日本も同じではないだろうか?イラク周辺では、長粒種が好まれるから、海外から日本が買取り、それをイラクへ供給するというもの。しかし、イラク周辺の文化は、コメ文化ではない。コメならば長粒種ということであって、決してコメ文化ではないのである。そこへコメを供給するというのは明らかに文化押し付け支援ではないだろうか
支援をするという事は、その地域の伝統文化を尊重した上でのものでなければならない。そこを無視する事はその地域の文化は会社になってしまう。日本政府には、この辺りのところをもっと考慮してもらいたいものだ(代議士公設秘書の家内を通じてこのことを農水省に提言するつもりだ
ひょっとすると、このコメ支援は、「米」という名前のアメリカ支援を表しているのだろうか?ここまで考えているのならば日本の政府はある意味たいしたものだ。 (2003/03/29)

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