2009/05/19

形式に堕し 季節感をなくした日本人

形を守ることの大切さ
それは認めます。

形式美があること
それも認めます。

しかし、それでも敢えて言うと
形式は人の感性を衰えさせる可能性が
低くありません。

その一例としてあるのが
日本の年中行事です。

旧の正月は、本来は新月のもの。
月の満ち欠けと共に生きていたかつての日本は
月の重力の地球への影響までもが
生活の中に生きていました。
七草粥も小正月も、月の満ち欠けと不可分のもの。
七草は上弦の月の日であり
小正月は満月の日のもの。
今の時代にそれを知っている人は
そう多くはないと思います。

また節句については
ほとんどが季節感をなくしています。

お雛様は桃の節句。
桃の花が咲いてこそ、行なわれるべきものですが
最近は桃の花がつぼみにもなっていない
新暦の3月3日に行なわれています。
本来は桃の花が咲き誇る
旧暦の三月三日に行なうべきもの。
せめて一ヶ月遅れの4月3日にして欲しいものです。
ちなみに今年は新暦3月29日が旧の桃の節句でした。
この日にお雛様のお祝いをした人は
どれくらいいるのでしょうか???

端午の節句。
これは勝負の季節。
勝負という言葉と引っ掛けて菖蒲の季節の
旧暦の五月五日に行なわれるべき行事です。
新暦ならばせめて六月頭に行なって欲しいです。
ちなみに今年は新暦5月28日が
本来の端午の節句です。
こどもの日として日本政府が祭日にするとは・・・。
まさに季節感の喪失です。

お盆。
これは本来は旧暦の七月十五日。
満月の日に行なわれるべき行事です。
都心では新暦で行なうところもありますが
一般的には一月遅れの8月に行なわれています。
季節的には合致していますので
それほど問題はないのですが
やはり旧暦の七月15日を意識していただきたいものです。
私たち僧侶の責任かも・・・・

まだまだいろいろありますが
日本人は形式を重んじるがゆえに
その中身を忘れがち。
形式があるからこそ伝統は続いていくのですが
やはり魂を入れなければ
何の意味もなくなってしまいます。

お祭りや季節の行事は
本来何のためのものかを考えれば
いつ行なう必要があるかおのずと見えてきます。

高家寺では
できる限り、旧暦の行事を大切にし
季節感を重視しています。
季節感は心の波長を整えるもの。
ゆったりと流れる
人間の心の波長に合った生き方に
出会ってください。

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2009/01/21

西暦2009平成二十一己丑年初弘法法話

 西暦2009平成二十一己丑年。 

己(つちのと)とは、
元々は糸の塊のシンボルで、
曲がりやすく、悪が溜まりやすいことを意味します。
だからこそ、己(おのれ)が
それを整理し秩序立てて
正すという意味が含まれて居ます。 

 「丑」とは、元々は胎児が、母親のお腹から出て、
右腕を伸ばすことから生まれた文字です。
そこから、物事を「始める」という意味と、
今まで曲がっていたものを伸ばす
という意味を持つようになりました。
また「紐」を意味し、
そこから指先で掴んだり結んだりして
秩序立てるという意味をも有しています。

 昨年は戊子年。「戊」も「子」も、
繁茂を意味する言葉で、とかく枝葉が伸びてしまい、
混乱をしやすい年でした。
事実、アメリカのサプライムローン問題を引き金に、
世界中で金融危機となり、
景気が急速に悪くなり、
政情不安も増長しました。
ありとあらゆるところで行き過ぎがあり、
サプライムローン問題という引き金で
様々な問題が噴出したように思えます。
まさに枝葉が繁茂しすぎた年でした。
本来はそうした枝を
伐採せねばならない年だったのですが、
枝伐は難しかったようです。

 今年は、昨年までに繁茂しすぎたことにより、
ありとあらゆるところに歪みが生じ曲がりやすい年です。
だからこそ、その歪みを正し、新たに秩序立てを行い、
まっすぐに伸ばしていく必要のある年です。
己にも丑にも、
曲がったものをまっすぐにし、
正しく秩序立て、
律するという意味がありますから、
この秩序立てて、律するか否かで、
来年の庚寅年のあり方が変わってきます。

 昨年中に余分に伸びきった枝葉を
切ることができなかった方々は、
今年はもう一度整理し直し、
新たな秩序立てを行なってください。
昨年に思い切って伐採できた方は、
新たな始まりの年です。

 前回の己丑年は、
東西ドイツが生まれ、
中華人民共和国と中華民国が誕生し、
二つの世界がはっきりと分かれた年でもあります。
資本主義対共産主義という
二つのイデオロギーが対立を生み
まさに政治の行き過ぎた結果が、
ひとつの国を二つに分けてしまった年でもありました。
一方では、日本人として初めてノーベル賞を
湯川秀樹博士が受賞した年でもあります。
(昨年は四人の日本人の方々が受賞し、
 大いに沸いた記憶も新しいところです。)

 この日本という国が、
この中部地方が、
この東海が、
この岐阜が、
この各務原が、
そして皆様お一人お一人が、
元気を呼び起こして、
幸運を引き寄せられるように、
高家寺は今年もお手伝いすることに
尽力させていただきます。

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2008/09/20

阿弥陀如来 9月仏部

阿弥陀如来
[読み]あみだにょらい
[別名]観自在王 無量光 無量寿 清浄金剛 大慈金剛 甘露王
[特徴] Amitaは無量、ābhāは光、āyus寿を表す。金剛界四仏の一で、胎蔵四仏の一でもある。清浄・智慧・妙観察智・証菩提・禅定の徳を司り、大悲の象徴。無量の光、無量の寿を意味する。金剛界四親近は、金剛法・金剛利・金剛因・金剛語。法蔵比丘が四十八の誓願を起こし、遂には西方極楽浄土の主となり阿弥陀如来となる。脇侍は大悲の象徴の観音菩薩と智慧の象徴の大勢至菩薩。阿弥陀如来は観音菩薩の頭に観音の本体であることを示す化仏として乗ることが多い。
密教の阿弥陀如来は基本的には坐像である。禅定にいり、観自在するためである。一方、浄土教などの阿弥陀如来は金色で立ち姿が多い。指は説法印を結んでいる。

<<メッセージ1>>

西に沈む太陽に、赤い大悲を感じ、極楽浄土に故人を想い、泥に染まらない蓮の清浄さを観じよう。
《解説》
西に沈む太陽。その最果てに、極楽浄土をイメージしてみる。多くの亡くなった人たちが極楽浄土を願い逝った。亡くなった方々がいるから、今の世界があり、亡くなった方々がいたから今のあなたがいる。先祖を思い、偉人を思い。名もなき人々を思い、名もなき命を思う。それらの方々の大悲(深い愛情)の思いが今のこの世界を作ってくれた。あなたは、大いなる大悲に包まれて生まれたのだ。そしてその思いは決して、垢に染まることのないもの。大悲の心は泥に染まることはない。西に沈む太陽の赤は大悲のシンボルカラー。決して染まることのない清浄のシンボルでもある。西に沈む太陽を見つめることで、先祖をはじめとする故人を想い、清浄な大悲を観じよう。

<<メッセージ2>>

蓮は泥の中に咲けども、決して泥に染まらない。
《解説》
心の中にやましさや苦しさが生じたら、阿弥陀如来に祈りを捧げ、ありのままの自分を見つめよう。蓮の花は泥の中で美しい花を咲かせる。泥があるからこそ、あの美しい花を咲かせている。決して周りの泥に染まることなく咲く。あなたもこの世という泥に満ちた世界に咲いた花。泥があるからこそ、あなたも生まれ、、この世はあなたという花を必要としている。泥の中にいることをなげくことはない。あなたの花は決して泥に染まらない花。あなたという花を泥の中で染まることなく思い切り咲かせるように。

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千手菩薩 9月菩薩部

千手観音
[読み]せんじゅかんのん
[別名]大悲金剛・千光眼・千手千眼観自在・蓮華王
[真言]オン バザラタラマ キリク
[特徴]六観音の一。すべての変化観音の元が聖観音であるのに対し、最終形態が千手観音。千とは無量であり、円満の意味がある。ありとあらゆる手段・方便を尽くし、衆生を救済するために千手を持つ。千手は大悲の象徴。ありとあらゆるものをありのままに観ることができる千眼は、衆生の能力や縁に応じて助け導く智慧の象徴。千の手、千の眼を有し、あらゆる果徳を円満する。
観音霊場といわれる補陀洛山は小花樹山・海島と訳され、南海上にあるとされた観音の常住する霊地である。

<<メッセージ1>>

ありとあらゆる姿に変えて大いなる命があなたを守っている。その姿を知り、あなた自身の手段を尽くそう。
《解説》
千手観音はありとあらゆる方法を使い衆生を救う。あなたの周りにあるものすべてが、あなたの周りにおきている出来事すべてが、千手観音の大悲の方便である。時には辛いことや悲しいこと腹が立つことが起きるかもしれない。それはあなた自身を清めるための方便。時には嬉しいこと楽しいことが起きるかもしれない。それは、あなたの悦びを他者に伝えて功徳を積んでいくための準備ができていることを伝えている。目の前に白い花があれば清き心をあなたに伝え、固き石があれば堅固な意志をあなたに伝えている。あなたは千手の方便に包まれている。あなた自身がその方便に守られているのだから、あなた自身が千手となり、ありのままに物事を観つめ、ありとあらゆる手段を使って苦海に溺れる人を助けていこう。

<<メッセージ2>>

一つの方法にとらわれていないか?方法はいくつもある。ありとあらゆる手段を尽くし、あなたの問題を解決しよう。
《解説》
千手観音の千手はあらゆる方法(方便)を用いて、千眼はありとあらゆることをありのままに観ることで問題を解決することを示している。解決方法は一つではない。さまざまな道が残されている。心を白蓮華のように真っ白にし、今の問題をじっくりとありのままに観つめてみよう。ありのままに観れば、ありとあらゆる手段が見えてくる。問題解決方法は一つではない。時と場所と場合によっても解決方法は異なっていく。一つ二つを試して諦めるのではなく、ありとあらゆる方法を試してみよう。その手段は千手観音が支えてくれている。既に問題は解決に向かって大きく進んでいる。深く感謝しよう。

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金剛鏁菩薩 9月供養部

金剛鏁菩薩
[読み]こんごうさぼさつ
[別名]堅持金剛 妙住金剛
[真言] オン バザラソホタ バン
[特徴] 金剛界四摂菩薩の一。大日如来が、道を歩み始めた者がその道から外れることがないように繋ぎ止める役目を担った菩薩として流出した。

<<メッセージ1>>

他に赴く門は閉じられた。大慈悲によってあなたは守られている。あなたの道を迷わず進め。
《解説》
世の中には多くの門がある。どこから入るのかは、その人の縁と性質による。しかし、その門の数の多さに眼を奪われると、門の中に入れない。しかし、今、あなたの門は開けられ、大慈悲によって他の門は閉ざされた。もう迷うことはない。あなた自身の今の道を進め。

<<メッセージ2>>

他を振り向かず、今の自分をよく保とう。今のあなたを大切にしよう。
《解説》
隣の芝は青い。あなたは既に門に入っているのに、他の門が気になっていないか?あなたが入る門は今の門しかなかったのだ。その門はあなたのために準備された門。大慈悲によって開けられた、あなた自身の門。他の門はあなたの門ではない。迷うことはない。他の門は、あなたには閉じられた門なのだ。あなたが決して開けてはならない門なのだ。どんなに隣の芝が青く見えようと、実はあなたの庭の芝が一番青い。今のあなたの道を大切にして、他を振り向くことなく、今のあなたの道を進め。

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広目天 9月守護部

広目天
[読み]こうもくてん
[別名]醜眼雑色 雑語
[真言]オン ビロハキシャナカジハタエイ ソワカ
[特徴]四天王の一。般若十六善神の一。諸龍および富單那(臭餓鬼の最勝者)を眷族とする。さまざまなものによって、さまざまな言葉によって荘厳することを本誓とする。さまざまな物質によって飾りつけ施し守護する。

<<メッセージ1>>

龍神の力が宿った。今こそ力強く龍王のように自他共に歓喜という潤いを与えるとき。
《解説》
広目天は龍の統御者。その龍の力が、今のあなたに与えられたことを。龍は、天の雨を統べる。雨は甘露の潤い。人は財物により物質的に潤され、法によって心を潤す。今、あなたは布施の行に専心するように求められている。あなたが持てるもので、他者を潤そう。その潤いはあなた自身をも潤していくだろう。

<<メッセージ2>>

広く周りを見渡し、様々なもので周りを飾りつけるとき。心身も部屋の中も仕事場所も大いに飾りつけよ。
《解説》
殺風景な場所を様々なものによって、さまざまに飾り付けてみよう。それは、あなたの寝室かもしれない。居間かもしれない。仕事場かもしれない。ひょっとすると、あなたの心の中かもしれない。一見無駄に見えるものであっても良い。機能的なものばかりでなく、一見無駄に見えてもあなたの力を引き出すための飾り付けが求められている。あなたの中の龍のような大いなる力を引き出すために、周囲を飾りつけ、あなた自身の中も飾り付けよう。

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水天 9月天部1

水天
[読み]すいてん
[別名]龍王 水神
[真言]オン バロダヤ ソワカ
[特徴]八天、十二天の一。水を司る神。インドのヴァルナ神のこと。諸竜王の主。天地を保持する神であり、よく天界・人界の両界を知るものとして尊崇される。水の神・河の神・海の神であり、請雨法の本尊として扱われる。また、水はよくすべてのものを潤うことから、布施を象徴し、また大悲の徳を司る。

<<メッセージ1>>

水は、乾きを癒し、命を育み、穢れを洗い流し、熱を除き、よく周りの環境に順応する。あなた自身が水に触れ、水となれ。
《解説》
雨水は高きより低きに進んで潤いを広げ草木を育てる。あなたの衆生を救いたいという下化衆生の思いは水と同じように広がりを持ち、衆生の心身に潤いを与える。水は清浄なものであり、よく穢れを洗い流し、渇きを癒す。あなたの布施行はあなた自身を浄化し、また心身ともに飢える衆生に潤いを与える。水はその冷たさを保つ性質のために熱さをよく除く。水はその入れ物によって形を変え、隅々にいきわたる。同じようにあなたの布施行も様々な方向へいきわたっていく。水に触れることにより、水の持つ性質を観じ、あなた自身が水となって、あなたの周りを感化しよう。水の持つ力を活用するときがきている。

<<メッセージ2>>

他者を潤す者が、自らも潤す。布施行に専心せよ。
《解説》
心身に潤いを与えるので、水は布施の象徴とされる。自分の持てるものを他者によく与えよ。物質的に施しをする財施でも良い。慈しみに満ちた眼差しの眼施。優しく穏やか顔や笑顔の和顔施、優しく心温まる言葉の愛語施。自らの身体で奉仕をする身施。気配りや、感情の共感などの心施。電車バスそのほかの席を譲る牀座施。雨風をしのぐために軒先を貸したりする房舎施などの無財の七施もよい。また畏れるものの傍に居るのも大きな布施だ。他者に見返りを求めずによく布施するものは、また自らをも潤していく。布施行そのものが潤いであり、またそこから派生してやってくるのもまた潤い。布施行に専心しよう。

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摩利支天 9月天部2

摩利支天
[読み]まりしてん
[別名]威光天 陽焔天
[真言]オン マリシエイ ソワカ 
[特徴]太陽や月の光線を象徴する天。元々は陽炎の神格化。梵天の子でインドで人気のクリシュナと同体。常に太陽の前にあり、その姿は光によって捉えることができないため隠形の尊とし信仰される。隠形のため傷つけられずない意味から武士によく崇拝された。阿修羅と帝釈天が戦った際に、その隠形によって阿修羅を迷わし日月を守ったといわれる。女尊

<<メッセージ1>>

勝つことではなく、負けないことに意を注げ。けっして傷つくことはない。己の光を強め勝負に出る時。勝利の女神が守ってくれている。
《解説》
太陽や月の光は、粒子でもあり波でもあり、また手につかむことができないもの。その光のために、その本体は見えない。陽炎も同じで、はっきりとした形が分からない。摩利支天は、つかみどころがないために、決して傷つくことのない尊。勝負事は、負けないことが第一義であり、まさに摩利支天は、傷つかない負けない勝負事の女神。負けないことに意を注ごう。

<<メッセージ2>>

光が強いとその実態は見えない。目に見えなくても力強いものはある。目に見えないものにも意識を向け、あなたも目に見えない功徳を積もう。
《解説》
摩利支天は、常に太陽の前に立ち、その光のために決して姿を現さない。隠形の本尊。その力は絶大で、古来日本のの武士たちはこの尊を大いに崇めた。目に見えるものにとらわれがちな日常生活。しかし、その目に見えるものも目に見えないものによって支えられている。目に見えるものをよく観察すれば、その目に見えないものの力強さがよく見えてくるはずだ。目に見えない場所で功徳を積もう。

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2008/08/20

文殊菩薩 8月仏部

文殊菩薩
[読み]もんじゅぼさつ
[別名]文殊師利・金剛利菩薩・一切無戯論如来・妙吉祥・法王子・金剛慧
[真言]オン アラハシャ ノウ
[特徴]普賢菩薩と共に釈迦如来の脇侍。般若波羅蜜・智慧・喜無量心などの象徴。無我無執であることから童子形であり、よく釈尊の教えを受け継ぐゆえに法王子とも呼ばれる。修行者をよく導く菩薩。般若経との関連が深い。戯論を離れ、両極端を離れ、分別心を離れ、中道の象徴でもあり、一切無戯論如来とも呼ばれる。

<<メッセージ1>>

獅子のごとく堂々と歩め。右にも左にも寄ることのない真ん中の道が、そこにある。そこは喜びの道だ。
《解説》
文殊菩薩は、八不(不生不滅・不常不斷・不一不異・不去不來)を表す智剣を持つ。八不とは、両極端に偏ることない智慧だ。両極に偏ったものを鋭い剣(利剣)で断ち切り、中道に導く。釈尊は若き日に享楽の生活を送り、出家した後は苦行に身を投じた。しかし、そのどちらも心を満足させるものではないことを見極め、中道を歩むことが大切であると宣言した。釈尊の法王子である文殊菩薩は、その中道の象徴でもある。安楽なりすぎず、厳しすぎないように生活することが大道を歩むことだ。そこにこそ本物の喜びがある。中道を歩むとき真の喜びを得る。


<<メッセージ2>>

ありのままに観よ。智慧で照らせば、とらわれるものは何もない。それを実感すれば心の奥底から喜びを覚える
《解説》
文殊菩薩の別名は無戯論如来。戯論とは、情にこだわり執着する言説(愛論)と知的にこだわり固定した見解をもつ言説(見論)のこと。情にも知にもとらわれずに、物事をありのままに見ることこそ文殊の智慧。極端な考えを離れ、ありのままに見れば、そこは苦しみの世界から解放された喜びの世界がある。文殊菩薩に祈りを捧げ、自らの煩悩を智慧の鋭い剣で断ち切って、文殊の導きに身を任せよう。極端な考えを離れ、ありのままに見ることによって悲しみや苦しみから逃れられ、そこから大いなる喜びに導かれる。

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白衣観音 8月菩薩部

白衣観音
[読み]びゃくえかんのん
[別名]白処尊 白住処 離垢金剛 普化金剛
[真言]オン シべテイ シベテイ ハンダラバシニ ソワカ
[特徴] 白衣とは清浄な菩提心を示す。純白無垢な心は、諸仏の大悲をよく生じる。この白衣は、智慧を意味する白身白衣、真理を意味する白処、理智二徳を意味する大明白身の三種を象徴する。星宿の部首とされ、また諸魔を防ぎ、悪人の災難から逃れるとされ、天変地異や戦争が起きた際に祈られた。更に、除病・安産・育児など子育て観音としても日本では尊崇されている。女尊。

<<メッセージ1>>

何事にも純粋無垢な気持ちで臨め。無垢な心は星々の力を呼び、災難より身を助けてくれる。
《解説》
白衣観音の白衣は純粋無垢な心を象徴する。白衣観音は星々の部首である。純粋無垢な心を持つものは、その心の中に星々の力を宿すことができる。星の力は大宇宙の力。その力を呼び起こすチャンスを得ているのだ。正邪、善悪、浄穢などの価値判断をすることなく純粋無垢に臨め。そのとき、白衣観音の助けにより星宿の力を最大限に使うことができる。

<<メッセージ2>>

心の穢れを落とし、真っ白な穢れなき心を取り戻そう。無垢な心は星々の力を呼び起こしてくれる。
《解説》
大宇宙の星々は、大いなる力を降り注いでくれている。しかし、それを邪魔するのが心の穢れだ。まずは心を浄化しよう。懺悔し、他者への施しをよくしよう。水は布施の象徴。布施も水も潤いを与えてくれる。水で手を洗い、身体を清め、口を濯ぎ、布施で心を潤そう。懺悔・礼拝し、背負った重荷をその場に降ろそう。そのとき、心は浄化されていく。心が浄化されれば、真っ白な純粋無垢な心を取り戻せる。純粋無垢な心は星々の力を受け入れてくれる。
白衣観音の大悲にあなたは包まれている。心を浄化するチャンスを得たのだ。今すぐに、白衣観音に祈りを捧げ、懺悔礼拝、布施行などにより心を清め、星々の力を呼び起こそう。

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金剛華菩薩 8月供養部

金剛華菩薩
[読み]こんごうけぼさつ
[別名]妙色金剛・清浄金剛
[真言]オン バザラホシュベイ オン
[特徴]宝生如来が大日如来を花で供養するために流出した菩薩。花は夏の暑さと冬の寒さを耐え忍ぶがゆえに美しい花を咲かせる。花は忍辱波羅蜜の象徴。また、花が咲き誇る姿は福徳円満・万徳荘厳の象徴でもある。花は美しい色、美しい形、美しい香りも有することから清浄無垢な美を表す。花を咲かせるがゆえに実がなることからも、果を得ることをも示している

<<メッセージ1>>

周りも、あなた自身をも花で飾ると同時に、新たな花の種・苗を植えよう。
《解説》
花は心を和ませる。花には、美・清廉・忍辱・般若波羅蜜(智慧)・荘厳・福徳円満など、さまざまな意味がこめられている。その花を部屋の中、家の内外、そのほか、さまざまな場所に飾りつけ彩らせることで、心地よい空間が生まれていく。同じようにあなた自身にも花を飾りつけよう。それは、忍辱・忍耐かもしれない。大いなる慈悲の心かもしれない。清廉潔白な清き心かもしれない。彩り鮮やかな智慧かもしれない。また、
あなた自身を花で荘厳することで、あなた自身もこの世に咲く花であることを知ることができることを示している。全ての事物がこの世に咲く花であることをも暗示している。あなた自身が花なのだから、その花を次なる場所に咲かせよう。あなたの種・苗を次なる場所に植えるように心がけるように。

<<メッセージ2>>

周りを花で飾ろう。そして同じように、心に花を咲かせよう。辱めを忍ぶ忍耐により、心に美しい花が咲く。あなた自身の花は何なのかを知ろう。
《解説》
一輪の花を置くだけで、その場が和む。花の力は偉大だ。あなたに合った花を部屋に飾ろう。あなたの家の周りに飾ろう。職場や関連した場所を飾り、あなたの大切な人に花を贈ろう。
夏の暑い時期、冬の寒い時期に蕾を膨らませつつ、じっと耐える花。それゆえに秋や春に美しき花を咲かせることができる。同じように、あなた自身も辱めを受けたり、耐えがたきことにであったら、それは花を咲かせる前にあなたにとって大切なの忍辱のときであることを知るように。辱めを受けながらも、忍んでいる姿は美しい。あえて表立って他者に抗わず、自分の内面を深めていく忍耐はとても感動的だ。あなたにとって忍辱しなければならないときが来たのならば、逆に悦ぼう。生まれ生まれ死に死に、何度も繰り返してきた生の中で、あなた自身が積んできた悪業が、その瞬間に果となり、消えていく瞬間こそが、耐え難く辛いときなのだ。その苦しみが、自分の悪行が消える瞬間と知るものは、忍耐をよくし、美しい花を咲かせていく。忍辱をしつつ、あなたが咲かせるべき花とは何なのかを見つけよう。あなた自身が花となり、この世にどんな花を咲かせるのかを見つめてみよう。
部屋をはじめ、周辺を花で飾ると同時に、あなた自身がこの世を彩る花であることを知るときがきている。

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大威徳明王 8月守護部

大威徳明王
[読み]だいいとくみょうおう
[別名]降閻魔尊 持明金剛 炎曼徳迦 六足尊
[真言]オン シチリキャロラワウンケンソワカ
[特徴]五大明王の一。西方蓮華部の守護尊。阿弥陀如来・文殊菩薩の変化した教令輪身。閻魔すなわち死を降伏する明王。六足・六首・六臂がある。六とは六道輪廻(天・人・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄の六世界を輪廻すること)から解脱すること、六波羅蜜(六度)をよく満じ、六神通(神足通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通)を成じることを意味する。水牛は水陸を自在に渡るので、生死涅槃を自在に往来することを意味する。髑髏を瓔珞とする。大日如来の智慧である文殊菩薩の化身であり、種種の器仗を持ち、煩悩をよく断じ、悪人・患悪・瘡・怨敵などあらゆる悪を滅する。


<<メッセージ1>>

あらゆる悪害を滅する威徳を得るときが来た。死さえも恐れるものではない。
《解説》
あなたの死とは何か?肉体の死があなたの死を意味するわけではない。あなた自身が、あなたらしく生きていないことそのものが、あなたの死なのだ。しかし、今のあなたは既にあなたの道を歩んでいる。あなたの死を超越したのだ。あなたを根本的に傷つけるものは何も無い。あなたはそれらを滅する威徳さえ身に着けたのだ。心身に辛いことも、あなたにとってはもう悪害ではない。辛いことは、過去のあなたの清算であり、真のあなたの抜苦に過ぎないのだから。あなたは、あなたの本当の死を克服して、あなたの道を歩み始めた。真の死を超越したことを悦び、あなたの命を最大限に輝とき。

<<メッセージ2>>

死を恐れていないか?何かに縛られていないか?死を知り、煩悩を知れば、死を超え、煩悩の鎖から逃れられる。
《解説》
あなたは肉体の死を恐れていないか?肉体はいつかは必ず滅びる。その死をむやみに恐れると、あなたの本当の死が見えなくなる。あなたが畏れるべきは、何かに縛られることだ。何かに縛られることは、あなたの道を邪魔することであり、それこそがあなたの本当の意味での死を意味する。ありのままに見つめよう。あなたを縛っているものは何かを。あなたを縛っている鎖が何かを知れば、その鎖が永続的なものではないことを知ることができる。その鎖は、智慧の剣で断ち切ることができるはずだ。ありのままに観よう。智慧の剣で、あなたの鎖を断ち切ろう。その鎖こそが、あなたの死であることを知ろう。鎖が断ち切られたとき、あなたは死から解放される。あなたの鎖を断ち切り、あなたの真の生を活かすとき。今、あなたはあなたの死を乗り越え、本物の生を活かすチャンスに恵まれたのだ。死を乗り越えるチャンスを得たあなたは実は最大の幸福者なのだ。

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羅刹天 8月天部1

羅刹天
[読み]らせつてん
[別名]羅刹王
[真言]オン ヂリチエイ ソワカ
[特徴] 十二天の一、八方天の一で、西南の護法神。羅刹には三種類がある。藥叉鬼神がその一。その二は無信仰な類。第三が墓場などを彷徨い、人を食らう鬼神。その羅刹の王が羅刹天。破壊・滅亡を司る神で、その破壊滅亡の力で、畏れることの大切さを示すことを本誓とする。その破壊の力によって一切の業苦をも取り除く神。

<<メッセージ1>>

自然は時に猛威を古い破壊をもたらす。しかし、その本質を見極めれば、破壊は創造の始まりであることを知る。
《解説》
暴風雨は樹木をなぎ倒し、建物をも破壊する。時には山さえも崩してしまう。大自然の破壊する力は、あまりにも圧倒的だ。その破壊の力は、大自然に対する畏敬の念を抱かせる。破壊は単なる破滅ではない。畏敬の念が生まれるということは、そこに信仰心を抱かせ、深める担い手にもなることを示している。人はいま環境破壊を進めている。大自然の破壊だ。その破壊は、次は大自然の猛威となって返ってくる。そのことは覚悟をせねばならない。自らが犯したことは、自らが刈り取らねばならないからだ。そのために、大いなる命は、大いなる慈悲の心を持って、時には破壊的なことをもたらす。その破壊が、実は自らの罪障の破壊にも繋がっていると知れば、破棄的なことにも感謝できる。大自然の破壊力に大いに感謝しよう。それは私たちが背負った罪障の破壊でもあるからだ。大いなる命は、人の恣意を超えた形で、衆生を救っていることを知るように。

<<メッセージ2>>

破壊は創造の始まり。今まで固執してきたことやあなたの小さな枠組みを破壊するときが来た。
《解説》
あなたのなかの固執しているものは何なのか?なぜ固執しているのか?あなたの枠組みは何なのか?多くの場合は、その枠組みに固執することで自分が自分であることを保とうとしている。しかし、その枠組みは本物の自分ではない。幻想を作り出し、新たな苦を作り出していく枠組みだ。その枠組みへの固執を破壊しよう。あとのことは考えなくてもよい。破壊することで、そのあとは自然に創造が始まる。あなたの枠組みを一層大きなものへ切り替えるときが来ている。

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恵比寿 8月天部2

恵比寿
[読み]えびす
[別名] 夷、戎、蛭子、恵比須、恵比寿
[真言]南無恵比寿(なむえびす)[特徴]七福神の一。日本の神。伊邪那岐・伊邪那美の両神の最初の子である蛭子と同体。海の向こうからやってきた神。大漁・商売繁盛・豊穣の神。

<<メッセージ1>>

「釣りして網せず」暴利を貪ることなく、清い心で財物を得よう。
《解説》
恵比寿は大漁の象徴である。しかし、手に持っているのは網ではなく釣竿である。網は、暴利を貪るシンボルであり、釣竿は適量を得ることである。自然は、その再生能力の範囲ならば、自然より利益を得ることを許している。しかし、それを超えると、循環システムに狂いが生じ、おおいなる災いをもたらしてくる。
心の一番奥底の微妙な心に従えば、決して暴利を貪ることはない。自らの心の奥底に従い、暴利を貪ることないように利益を得ていこう。

<<メッセージ2>>

生き続ける限りリベンジは可能だ。諦めることなく工夫を凝らして再チャレンジしよう。
《解説》
恵比寿は、失敗作として一度は親神に捨てられる。しかし、再び沿岸に漂着し、財物をもたらす神として、大いに祀られている。これは一失敗をしたからといって諦めてはならないというメッセージを含んだものだ。どんなことであっても諦めることなく再チャレンジしよう。その再チャレンジは、前のままではなく、工夫を凝らして、新たな形にしていくようにするとき。諦めかけていたことに、諦めずに、工夫を凝らして再チャレンジしよう。

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2008/07/20

一字金輪 7月仏部

一字金輪
[読み]いちじきんりん
[別名]金輪仏頂 一字頂輪王 奇特仏頂
[真言]ノウマクサーマンダーボダナン ボロン
[特徴]仏眼仏母と一具で、金剛界大日如来が胎蔵の月輪三昧に入っている姿という。浅い解釈ではボロン一字、に帰するから一字といい、また深い解釈では諸尊の功徳がこの尊に帰するから一字という。この一字真言を唱えると四方のすべての功徳が集められ修法の成就を助ける。その一字金輪の力が強すぎるので修法の功徳を蘇らせるために、一字金輪の後には必ず仏眼の真言を唱える。

<<メッセージ1>>

徳を円満させよう。布施・戒・忍辱・精進・禅定・般若の六波羅蜜を意識的に行ずる時だ。
《解説》
一字金輪は、すべての功徳を一字に収めた如来。大乗仏教の功徳の積み方の基本は、まず六波羅蜜にある。六波羅蜜とは布施・戒・忍辱・精進・禅定・般若の六つ。布施とは財を施し教えを広め他者の恐れを除くこと。戒とは、規律ある生活を送ること。忍辱とは、他者より辱めを受けてもじっと耐えること。これはやせ我慢ではない。精進とは、工夫に励むことを続けること。禅定と何かに集中し心を乱さないこと。般若とは、ものごとをありのままに見ること。これらの六波羅蜜を行じることで、徳を積んでいくことができる。密教では、布施は潤いに繋がるので水に、規律は身に着けることなので塗香に、忍辱は美しいものなので花に、精進は続けるものなので焼香に、禅定は心を満たすので飯に、般若は暗闇を照らすので灯明に、それぞれシンボル化させて六種供養として六波羅蜜を身に着けさせていく。
この六波羅蜜を行じつつ、ボロンの真言を繰り返し繰り返し唱えることで最上の徳を積むことができる。ただし、ボロンの真言は強力すぎるのでボロンの真言を唱え終わったら、かならず仏眼仏母の真言「ノウボウ バギャバトウ ウシュニシャオンロロ ソボロ ジンバラ チシュッタ シッタ ロシャニ サラバアラタサダニエイ ソワカ」を唱えること。

<<メッセージ2>>

あなたは光り輝いているか?輝きは障碍を消し去る。自他の最高の特徴とは何かを探し出し、それを最高に輝かせるときだ。
《解説》
諸尊は、この一字金輪に治められるいう。ただし、この一字金輪だけを祈ればよいというものではない。一字金輪の真言ボロンは、諸尊の特徴を最高に輝かせる力を持つ。その力は、あまりにも強大であるために、輝きがあまりにも強力であるために、仏眼の力で眼を確保せねばならないほどだ。
あなたの特徴を見つけ出し、その特徴を最大限に伸ばすとき。また、他者の特性を最高に引き出し、伸ばさせることを勧めている。
まずは自他共にありのままに観察しよう。そして、善悪の分別を超え、それぞれが持つ特徴をよく把握し、その特色を思い切り引き出そう。そこに一字金輪の真言を唱え、より集中することで、さらに輝きを増し、功徳を最大限に増進させることができる。

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地蔵菩薩 7月菩薩部

地蔵菩薩
[読み]じぞうぼさつ
[別名]悲願金剛 悲愍金剛 与願金剛
[真言]オン カカカビサンマエイ ソワカ
[特徴]大地が実り豊かに恵まれれば大いに笑いが出る。豊穣を象徴しているのが地蔵菩薩だ。また大地が堅牢なように、堅固な菩提心をも表し、衆生に代わって諸々の苦を得ても揺れ動かない。釈尊が涅槃に赴き弥勒菩薩が如来となるまでの間の仏であり、この世とあの世の境の中有の仏でもある。

<<メッセージ1>>

大いに笑え。大いに笑え。すでにあなたの大地は満たされている。笑う門には福来る。
《解説》
あなたの大地は大いなる実りをつけた。それを収穫するときが来た。大きく喜べ。大きく笑え。あなたは最大の実りの大地を得て、その実りをしっかりと受け取るときが来たのだ。守護尊カードは、あなたの揺れ動かない大智の力により、苦しむ人々を救うように促している。地蔵尊は堅固な菩提心の象徴でもあり、笑いの象徴でもある。あなたの笑顔が、あなたの笑い声が、あなたの大いなる悦びが、苦しむ人の苦を抜くことになるだろう。あなたは十分に実りを得た。次はその実りを他者を救うために大いに役立てていこう。

<<メッセージ2>>

あなたの大地の中には大いなる種子が秘められている。芽を出し、根を出し、大きく育て、大いに笑え。
《解説》
あなたの大地には既に種が植えられている。種を育てるためには、水が必要であり栄養が必要だ。六波羅蜜を行じよう。飢えるものには食を施し、乾くものには水を施し、持てない者に見返りのない財物を施し、心が乾くものには法を説いて潤してあげよう。自らの身だしなみを整え、生活のリズムを作って厳しすぎることのない規律正しい生活を行おう。怒ることなく辱めをよく忍ぼう。怠慢な心を統御し、努力に溺れることなく、工夫することに努力をし続けよう。止観・禅定などによって心を散乱することないように集中し、穏やかで静寂な心を保とう。ものごとを言葉で判断するのではなく、ありのままに見つめよう。あなたの行いは水となり栄養となって、あなたの大地の中の種を育てあげる。
その行いをするとき、難しい顔をするのではなく笑顔であるようにと、守護尊カードは伝えている。大いに笑い、あなたの道を歩むとき、あなたの中の種は増進し、根が張り、幹は太くなり、枝を張り、葉をつけ花を咲かせて、大きな果実へと繋がっていく。どんなに苦しくとも辛くとも、あなたは揺れ動かない大地を得て、そこには次なる種が蒔かれているのだ。大いに笑え。

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金剛鬘菩薩 7月供養部

金剛鬘菩薩
[読み]こんごうまんぼさつ
[別名]妙厳金剛  金剛華鬘
[真言]オン バザラマリ タラタ
[特徴]大日如来が、南方宝生如来を髪の花飾りをもって供養するために流出した菩薩。金剛界内四供養の一。花鬘は荘厳を意味する。醜き形を除いて、荘厳な形に飾りつけることである。それは外形的な飾りつけばかりでなく、内面の醜さをも取り除くことを意味している。

<<メッセージ1>>

荘厳は大いなるいのちへの感謝の現れ。心の奥底に従って、自身や周りを荘厳せよ。
《解説》
荘厳とは、そのものが持つ本質を大きく活かすための飾り付けのことである。本質を隠すための飾りつけではない。本質を活かすための飾り付けは、心を穏やかにし、悦びあふれるものである。大いに荘厳しよう。あなた自身の身体も、言葉も、心も、そしてあなたの周囲の環境も。その飾りつけは、大いなる命への感謝の気持ちを形に表したもの。一つ一つ丁寧に荘厳し、あなたの感謝の心を見える形で表現しよう。そのとき、その荘厳は大いなる命への感謝と共に、自分自身への感謝となっていく。


<<メッセージ2>>

身体を、できる範囲で最高にお洒落してみよう。まずは見た目をよくすること。そして、言葉のお洒落と、心のお洒落を心がけよう。
《解説》
お洒落は何のためにするのか自分自身が気持ち良いことはもちろんのこと、他者を喜ばせるためのもの。華美過ぎるお洒落は、失笑を買うが、あなた自身の本質を活かし、あなた自身を表現するお洒落は、あなたをも周りをも和ませる。まったく素のままもあなたそのものであるが、お洒落したたその姿もまたあなた自身のもの。あなたを表現しあなたに合った色を身に着けよう。あなたに合った素材を選ぼう。まずは見た目を飾り、あなた自身を飾り付け表現することは、大いなる命への感謝の表現に繋がっていく。この世に生まれ、この世で生きているそのことに対する感謝をあなた自身がお洒落することで見える形に表すのだ。そして、身体をお洒落にすると同時に言葉をお洒落にして、言葉で深い感謝を表現しよう。また心を爽やかにし、お洒落な心を心がけよう。言葉と心をお洒落にすると、また身体の飾りつけも一層深みのあるお洒落へとなっていく。守護尊カードは、眼に見える形でおしゃれに飾りつけることで、大きな命への感謝の気持ちの表現をすることを勧めている。

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軍荼利明王 7月守護部

軍荼利明王
[読み]ぐんだりみょうおう
[別名]甘露金剛・吉里吉里明王(きりきりみょうおう)
[真言]オン アミリテイウン ハッタ
[特徴]五大明王の一で、南方を守護する。宝生如来または虚空蔵菩薩の所変。

<<メッセージ1>>

水で身体を清め、心の中も洗い流そう。心の中が清まれば、福徳智慧を速やかに集めることができる。
《解説》
軍荼利明王は甘露水の象徴でもある。その甘露水で、身体を清めれば心も浄化される。沐浴や手を洗うこと、口を漱ぐことは、心の中の浄化にも繋がる。浄化されれば、そこには福徳智慧の二資糧を集めやすくなる。軍荼利明王は浄化の象徴。守護尊カードは、さまざまなことを浄化することで、新たな道が自然に開かれることを示している。

<<メッセージ2>>
飲食・感謝・懺悔で積もり積もった煩悩の種を洗い流そう。宝はその後に生じてくる。
《解説》
身体の垢は水で洗い流すことができる。身体の中は、食事を正しくすることにより、浄化されていく。口を水で注げば口内をきれいにでき、感謝は言葉を清めてくれる。懺悔の行いと懺悔の心が心の中の塵芥を除いてくれる。飲食や感謝・懺悔を深く深く意識することを守護尊カードは勧めてくれている。この浄化が行われれば、軍荼利明王の本体である宝生如来や虚空蔵菩薩は、あなたに大いなる宝をもたらしてくれるだろう。

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閻魔天 7月天部1

魔天
[読み]えんまてん
[別名]死王・黄泉國善賀羅王・料罪忿怒王・檀拏少忿怒王
[真言]ノウマク サーマンダーボダナン ヤマヤ ソワカ
[特徴] 十二天の一で南方を守護する神。地獄の王として、人間のなす罪の輕重・善惡を常に見ている神。御本地は地蔵菩薩。

<<メッセージ1>>

死さえも、あなたの思いを遮ることはできない。畏れることなく笑顔で前に進め。
《解説》

死を司る閻魔天は、あなたに死を克服することを伝えている。すべての死は終りではない。死を恐れる必要はない。あなたが強い信念を抱いたとき、それは死さえも克服することを閻魔天は伝えている。閻魔天の御本地である地蔵菩薩のように、笑顔で前に進むことを守護尊カードは勧めている。

<<メッセージ2>>

大いなるいのちに懺悔せよ。そして重荷を下ろし、感謝し、笑顔で新たな道を進むとき。
《解説》
閻魔天は、人の罪悪をよく知る神。だからこそ、今まで自分が犯してきた罪業を深く懺悔して、閻魔大王の前に重荷を下ろす必要がある。そして、懺悔できたことに深く感謝し、笑顔で閻魔大王の顔を見つめよう。深く懺悔をなした後は、忿怒の顔の閻魔ではなく、限りなく明るい笑顔をした地蔵菩薩がそいこに居ることを知ろう。閻魔は単純に罪を裁く天ではなく、その罪業を知る天であるからこそ、懺悔するものには慈悲深く笑顔で迎えてくれることを知ろう。

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寿老人 7月天部2

寿老人
[読み]じゅろうじん
[別名]南極老人星 寿老尊
[真言]南無寿老人(なむじゅろうじん)
[特徴]龍骨座のアルファ星(カノープル)を人として表した神で七福神の一。黒い頭巾をかぶり、経典を巻きつけた杖を左手に、団扇を右手に持ち、神の使いであり不老長寿や出世のシンボルである鹿を従えている。

<<メッセージ1>>

天下泰平の星が、あなたの頭上で輝いている。
《解説》
天下泰平のときにあらわれる星を象徴した神が寿老人。古代中国の皇帝たちは、寿星壇でこの寿老人を祀ったという。
かつて日本では、老・年寄とは智慧の象徴であった。江戸幕府の職制では「大老」「老中」「若年寄」「大奥の中老」があり、今でも相撲界では「年寄株」がある。都市を経ていくとは人生の知恵者となることであり、まさに吉祥事であった。
このカードが現れたあなたは、まさに天下泰平のときを迎えようとしている。それと同時に、この寿老人を祀ることによりあなた自身が天下泰平へとつながっていくときだ。あなたじゃ吉祥につつまれていることを知ろう。

<<メッセージ2>>

争いごとを治め、すべての事物を平和に包み込むとき、あなた自身も平和となる。平和を祈り感謝せよ。
《解説》
寿老人は天下泰平の象徴。まさに平和を象徴している。守護尊カードは、平和を望んでいる。平和が目前であることを語っている。自分ばかりでなく、あなたの周りのすべての人・物・出来事を平和で包み込むとき、外的にも内的にもあなた自身が平和となる。平和を祈り、その平和を祈ろう。

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