2019/03/05

踏切で老婆が立ち往生 その時

各務原市のとある踏切。
ある老女が歩行補助車に野菜を載せて渡っていた。

私は踏切手前二番目の車。

老女の歩行補助車の車輪が踏切線路の間に挟まり、立ち往生された。

私は渋滞の非難を覚悟に、車を降りて助けようとした。

すると、前から来た小学生たちがその様子を見てその老女を助け出した。四年生くらい。

困った人を見逃さずに助けた子供達の行為が嬉しかった。

その様子を見て、私は子供達に「ありがとう」と伝えて、車のドアを閉めた。

ただ寂しかったのは、バックミラーを見ると、その老婆は小学生に挨拶するもなく、立ち去ってしまった。

一方、小学生は私の車に手を振ってくれた。私は何もできなかったのに。

子供達に多くのことを教えられた数十秒であった。

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2019/03/01

「自分の手の届くところ 目に見えるところ」 平成31年2月28日、月例不動護摩の法話。一部改変。

「自分の手の届くところ 目に見えるところ」
平成31年2月28日、月例不動護摩の法話。一部改変。
目を瞑ってみてください。先程まで見ていたもので黄色いものは何がありましたか?(10秒待つ)
目を開けてください。どうですか?今、私の着ている衣もそうですね。金色のこの鈴も黄色と言えるかも知れません。
目を瞑る前はなんとなく目に入ってはいたけれど、あまり意識されていなかったと思います。ところが視野を閉じ、色を意識して目を開けると、黄色のものが色々と飛び込んできたのではないでしょうか?
目には見えていてもなかなか意識できないものも、少し意識すればよく見えていると言う体感を得ていただけたと思います。
では次に、自分の視野を指で刺してください。あっ、何度もこのお話を聞いた方は、見本を示さないでくださいね。(10秒待つ)
ほとんどの人が横にしか指を示しませんね。でも本当に横だけでしょうか?縦もあるのではないでしょうか?
妹の旦那、つまり義理の弟はカメラマンなのですが、彼は流石にフレームに収めるように高さも指し示しました。
このお話を聞かれた方は、次に質問されると縦を答えるでしょうし、これから視野と言われれば縦方向も意識されると思います。
これも視野に入っていながらほとんど意識されていないことの体感です。
弘法大師は、瑜伽師地論という瑜伽行唯識の論書を引用されて、目に見えるものを、色彩・形ともう一つ述べられています。何だかわかりますか?(10秒待つ)
これがなかなか分からないのですが、動きなんです。
うちのカミさんは動いているものを見つけるのが野生動物以上に鋭いのですが(微笑)。
目は、動いているものを捉えていますよね、たしかに。でも普段はそうしたことを意識していません。目に見えるものと言われると、動きを除外して、色彩と形だけと考えるのが普通です。でも、皆さんはこれから動きも大切にされますよ。
目に見えるもの一つとっても、私たちは無意識に感じて入るけれども、意識していないものがいっぱいあることが分かります。
それに対して、物事をありのままに見るのが般若波羅蜜多。フィルターを通さずに、ありのままに見ることはなかなか難しいのですが、今日お祈りした不動明王の右手に持てる般若波羅蜜多剣は、そうしたフィルターを切り開き、ありのままに物事を見させてくれる法具です。
ありのままに物事が見えるようになると、そこに覚りの海が広がっています。
少なくとも、今日、お参りされた方は、目に見えるものについては、かなり広い視野を得たのではないでしょうか?
広い視野を得ると恐れるものもなくなっていきます。つまり、皆さんは恐れからかなり遠のいたということ。
本日もお参りありがとうございます。

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2018/03/08

高野山の師匠の御自坊より聖観音様を譲り受けました

28795355_957091211105966_6555931603 写真は昨日、高野山の師匠よりお預かりしてきた聖観音さんです。
師匠の御自坊名は補陀洛院。つまり観音菩薩の聖地。そこよりやってこられた聖観音さんです。
アメリカ開教師の高橋成通前官御房が法印就任記念で造られたものだそうです。御縁があり、高家寺でお預かりさせて頂くことになりました。
次の21日はお彼岸ですので、そこで信者さんにご披露します。
すでに祀られていますが、どこに祀られたかは当日のお楽しみに。(^。^)

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2018/02/28

「進化」より「深化」でありたい

今日の不動護摩の最中に感じたこと。

西洋も大陸も進化を大切にする。ところが日本は「深化」を重視する。

同じ「しんか」でも全く異なっている。

「進化」は時には「退化」であることが多い。「深化」はいわゆる「ガラパゴス」になりやすい。どちらにも短所長所がある。

それを分かった上で、やはり「深化」を、大切にしたいと思う。護摩をはじめ修法はまさに「深化」を目指すものだから。

20180228001

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準備と道具

今日の不動護摩の護摩木を切り終えた。切る時はカン マンの種子二つをお唱えするととても気持ちが入る。一本一本に墨を塗るときは、ウン タラター カン マンを唱えると一本一本に気合が篭る。連絡も何も入らない夜中に一人で、この準備をする時間が好き。護摩もほかに劣らず、準備で大きく異なる。一本一本の木への思いはとても大切。

さて、写真であげたのはSTAEDTLERのドイツ製の三角定規。直角二等辺三角形の斜辺と、30度60度の角を持つ直角三角形の第二長辺は共に30cmある。大きさも素晴らしいが、マス目のうち方が絶妙。護摩木のサイズを測るときも大いに役立っている。これは少し高いがお勧めの逸品。

良き道具を使って、物事を作り上げていくときの心地よさはなんとも言えない。良きものを作り上げていくと、道具を選びたくなるもの。弘法(大師)は筆を大いに選ばれた。ものを作ることと道具を選ぶこと、今まではなんとなくおこなってきたが、そうしたことにもこれからもっと気をつけていきたい。

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2017/06/09

戸隠神社 奥社 参道そのものが神そのもの  ゴールも大切だが歩む過程の大切さを教えられる

長野市の戸隠神社 奥社。
一昨日、信者さんたちと詣でる。

この神社は私たちが住む
各務原市の那加地区の鎮守さまである
手力雄神社の元神さま。

2キロの参道は
ゆったりと山を登って行く

妻の叔母は両股関節を手術しており
杖をつかねばならないほど
不自由をしている。
今回は途中で諦める予定であった。
ところが神が彼女を呼んだ。
皆でサポートをしつつ
階段の最も低いところ探しつつ
九十九折しつつ
参道を歩んで行った。
ゆっくりゆっくりと
ゆっくりゆっくりと。
後から来られた
参詣されている方々も
声をかけて下さった。
2キロではあったが
坂も多く、
実際の距離は、
九十九折をしたので
もっとあったかもしれない。

遂に登り切った時
一緒にいたもの全員に
喜びが溢れた。
神が共にそこに居た。

戸隠神社は
ゴールに神がいるのではなく
参道に居られた。
いや参道そのものが
神なのだと気付かされた。

ゴールを目指すことはとても大切。
しかし、
その過程はもっと大切であることを
改めて教えられた。

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2017/06/02

五色の吹き流しの源流を訪ね、これからのあり方を求めて

五色の吹き流しの源流を訪ね、これからのあり方を求めて

昨日、岐阜南ロータリークラブで早朝卓話、午後からは各務原生涯教育。その両方でお話したのが、旧暦の端午の節句(今年は五月三十日)。月遅れの六月五日でもありかと思います。
端午の節句では、元々は五色の糸を肘に掛けて、吹き流すことで厄除けをしたと言います。
五色とは五行(木火土キン水)で、この世界を構成するもののシンボルです。
吹き流しが生まれたそうです。

それではお寺、特に密教寺院ではお祭りができません。そこで、高家寺では五色を五仏と読み替えました。
白は大日如来
青は阿閦如来
黄は宝生如来
赤は阿弥陀如来
緑は不空成就如来
または
黄は地大
白は水大
赤は火大
黒(緑)風大
青は空大
の五大。
その糸を90cmに切り、
金剛界五仏と
胎蔵四菩薩
(普賢文殊聖観音弥勒)
の真言で
祈りを捧げたのちに
檀信徒にお渡しして
厄除けのお守りとしていただいています。
それが以下の写真。
ちなみに私は右巻きに捻りに捻って、組紐のような形にして、ストラップやそのほかに使っています^_^

自動代替テキストはありません。
自動代替テキストはありません。
画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、帽子
画像に含まれている可能性があるもの:空、雲

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2017/05/22

お魚やさんから聞いたホコっとするお話 毎月二匹のうなぎを放生している人がいる

お魚屋さんから
今日、聞いた話。

あるお客が
毎月二匹の生きた鰻を
購入されていた。
十年近くも。

思い切って
そのお客に尋ねた。
「毎月鰻を捌いて
食べられているのですか?」
お客は
「感謝の気持ちを込めて、
毎月二匹の鰻を
川に戻しているだけですよ」
と応えられた。
お魚屋さんは感動されて
自らも月に二匹の生きたお魚を
放流されるようになった。

これは仏教でいう
放生会(ほうじょうえ)。

もちろん生態系を考えて
せなばならないが
命の尊さを知るには
大切なこと。

うちも放生会を
真剣に検討しようと
感じ
環境省登録カウンセラーであり
各務原市環境市民会議議長の
カミさんに調査検討を頼んだ。
どんな形になるのか
たのしみ^_^

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2017/03/27

「四天王像の足元」 四天王像の足元の邪鬼は仏師の独壇場

「四天王の足元」
先週の金曜日、高野山に上った時に、普段はあまり見ない中門の四天王の足元を見て来た。四天王の特徴の一つは足元に踏む邪鬼の表情。各四天王像によって全く異なる。ある意味、その表現は仏師の真骨頂とも言える。
東大寺、興福寺はじめ四天王像の優れたものはいくつもあるが、高野山霊宝館にある快慶作の四天王像が大好き。そして興福寺の南円堂の多聞天に魅入られている。

四天王像をご覧になったら、是非とも足元の邪鬼まで見つめて欲しい。そして自らの中にある邪鬼を踏みつけてもらえればと思う。
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2017/02/05

今年の二月三日は立春前の節分でしたが 他に何の日だったかご存知ですか? 旧暦の正月七日でした。

二月三日は立春前の節分でしたが
他に何の日だったかご存知ですか?

旧暦の正月七日でした。

最近、新暦の一月七日に
スーパーで売っている
工場製の七草を手に入れて
食べられる例が増えて居ます。

ところが新暦一月七日に
自然には七草は生えて居ません。

あくまでも工場製。
いつの間にか日本の伝統行事も
工場製になってしまったようです
(-.-;)y-~~~

高家寺では
旧暦の正月七日に
大地で自然栽培された七草を手に入れ
七草粥を食して来ました。
今年は偶然に節分会。

節分のお接待に
自然栽培の七草を用いた
七草粥を食していただきました。

『Tさん、毎回ありがとうございます。
心からの感謝です』
この時期でないと食べられない
自然栽培の七草。

さてどんな味付けだったのかは
もう少し後で報告します(o^^o)

画像に含まれている可能性があるもの:座ってる(複数の人)、テーブル、食べ物、室内

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2017/01/18

「高家寺 目覚めのつぶやき:  集客ではなく  自ら深めることで充実を!」

「高家寺住職 目覚めのつぶやき
 集客ではなく
 自ら深めることで充実を!」

おはようございます
目が覚めたので
少し坊さんとしての思いを・・・

最近の傾向として
お寺でイヴェントをするケースが増えています

そのことそのものは悪いことではありません

しかし しかし しかし

とても大切なことがごそっと抜けているので
見る人が見れば砂上の楼閣のように見えます

それは集客用のeventばかりが先行

そこには各宗派の高祖や宗祖の教えが
ごっそりと抜けてしまっています

festivalやcelebrationにさえなっていませんから
ましてやceremonyにはなっていません
もっというと本来の意味でのserviceもありません

仏教に限って言えば
慈悲が全くないeventが並んでいるように感じます

同じことをしていても
慈悲を感じさせる行事もあります

それは各行事のメインである住職や副住職が
それぞれの教えの中で
深く祈りこんでいる場合です
・真言や天台ですと本尊との瑜伽でしょうし
・臨済や相当ならば只管や公案の深化でしょうし
・日蓮系ならばお題目を心
 身に染み渡らせることでしょうし
・浄土系ならば念仏を深く深く唱えることです
こうしたことを実践されている方々が
おこなっている行事は
自然と参加者が本尊の慈悲に包まれ
目覚め気づきを促されていくもの。

しかし多くの場合は集客のためだけの
イヴェントごとですので
残念ながら慈悲も気づきも殆どありません

お寺をなんとかせねばならないという思いは
尊いものです

それでも敢えていいたい

お寺を存続させることそのものが
大事ではありません

気づき目覚めのために
仏法を深化させたり広めたりする場

それがお寺であるはずです

そうした意識が希薄すぎる

繰り返します
イヴェントごとを否定しているわけではありません
お寺の維持はとても大切なこと

それでも集客に意識を傾けるのであるならば
その二倍三倍は
それぞれの宗旨宗派の祈りを
もっともっと深める必要があるように思います

祈りが深化すれば深化するほど
外に向かって活動をせざるを得なくなるもの

3のチカラで10のイベントをするのではなく
10の祈りの深みのチカラで
3のセレモニーを充実させたいものです

-0:03
再生169回

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2017/01/02

「如来拳印 雑感」

「如来拳印 雑感」

元日の昨日は本尊
今日は持仏
の修法をする

突然に実感したことがあった

本尊で実感したことを
持仏でも確認できた。

如来拳印

道場観や理趣経二段目で用いる印相

これは実に深い意味があることに
改めて感じ入る

内容は越三昧耶を怖れるので記せないが
有限の世界である外界(諸法)と
無限の世界である心内とが
道場観において冥合するのだということも
実感した。

南院の前官様が
如来拳印を両部の印と仰って
とても重要視されておられたことが
今更ながらに感じ入る。

先師方の磨き上げた次第は
儀軌に比べるとあまりにも省略してあり
初心者向け、または已達向けのものであり
我が師が最近よく仰るように
次第だけでは瑜伽はかなり難しい。

儀軌を読み込んだ上で
何を省略し何を残しているのかを見つめると
次第の文字面ではなく
伝授の際の伝授阿闍梨の言葉が
いかに重要かが見えてくる。
だからこそ
形式に堕さない師匠を探すことは大切である。

まだまだ奥も幅もあることも見えてきた。
日々の修法が楽しみである。

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2017/01/01

「略儀ながら松三宝」

「略儀ながら松三宝」

正月一日 午前零時
除夜の鐘を打ち終わり
読経開始
法話と
松三宝

松三宝とは
洗米を盛った三方に
昆布を乗せ
それを授与していく伝統的なもの

若い頃は
高野山のお正月はこれから始まった
今でも高野山では
お祝い事があれば
この松三宝の儀式が行われる

人手が足りないので
高野山のようにはいかないが
略儀ながら
一人一人に米と昆布を
すなわち
陸(山)のものと
海のものという
縁起物を
少しずつ分けさせていただく。

この数年、毎年行っている儀礼。

これで高家寺の正月儀礼は終了。

しばらくゆっくりと
体調を整える予定。

画像に含まれている可能性があるもの:1人、座ってる、テーブル、室内、食べ物
画像に含まれている可能性があるもの:1人
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2016/12/30

大地の餅搗き 2016年

今年も大地の餅つきを実施しました。
延べ人数で120人以上は居られました。
高家寺オリジナル玄米餅や蓬餅
もちろん鏡餅も。
老若男女、全体的に若い餅つきですが
大いに皆一年の締めくくりを
楽しんでいただけたと思います。

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2016/05/18

#‎中学生と和尚‬  vol.001 なぜ仏陀を「ほとけ」さまと呼ぶの?

#‎中学生と和尚‬  vol.001

「ほとけ」とは?

<登場人物>
和尚(おしょう・とある密教寺院の住職)
まや(中学生)

<場面>
学習塾を兼ねる寺子屋が始まる前の会話

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まや:こんにちは
和尚:おお、まやちゃん。こんにちは。今日も早いねぇ。
まや:訊きたいことがあったので。
和尚:ほぉ、部活はちゃんと出たのかい?
まや:出ましたよ。急いできたんだかから。
和尚:ところで、訊きたいことって何だい?
まや:仏さまはなぜ「ほとけ」さまっていうのですか?
和尚:おお、いきなりストレートな質問だ?
まや:小学生みたいかなぁ?
和尚:いやいや、大切な質問だよ。
   たぶん、ほとんどのお坊さんも
   知らないことだよ、その質問は。
まや:えー、そうなの?
和尚:仏さまはね、インドの言葉では
   ブッダ(仏陀)というんだ。
   まやちゃん、「あっ、そうかぁ」って思うことはない?
まや;あるある
和尚:その瞬間にまやちゃんは、
   小さな仏陀になったんだよ
まや:えっ?
和尚:仏陀とは
   「きづいたひと」「めざめたひと」
   っていう意味があるんだ。
まや:私も仏陀?
和尚:そうだよ
まや:でもなんで仏陀じゃなくて、
   「ほとけ」さまっていうの?
和尚:なんでだと思う?
まや:うーん・・・「ほと」って
   少しだけ「ブッダ」に音が似ているぅ
和尚:おお、ビックリ。本当にそうなんだよ。
   インドの言葉の仏陀を
   (黒板に「浮屠」と記す)
   中国語にした時に浮屠(ふと)ってしたんだけど、
   それが日本に入ってきて、
   発音が「ほと」になったんだそうだよ。
まや:ええ?。当たってたのですか?
和尚:和尚さんもビックリ、大当たり。
まや:浮くに屠殺の屠ってなんだか
   仏さまっぽくない。
和尚:ほんとだね。屠殺の屠は殺すっていう意味だから
   ビックリだよね。
まや:他の文字はなかったのかなぁ。
   だから「仏陀」って漢字にしたのかもね?
和尚:「仏(佛)」という文字も
   わざわざブッダのために作られた漢字らしいよ。
   でね、話は戻して、
   その「ほと」にケを付けたんだって。
まや:「け」ってなんなのですか?
和尚:「け」はあまりよくわかっていないんだよね。
まや:ふーん
和尚:昔々の古い言葉では、「け」を、
   人をあらわすことばとして
   言葉の最後に付けたみたいだから、
   そうじゃないかなぁって言われているけど
   よくわからないんだよ。
まや:ほとけさまでも分からない・・・
   アハハハハ・・・じゃなくてケケケケケ
和尚:(苦笑い)

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2015/10/07

『仏さまカード 秘密のメッセージ』じゃこめてい出版 「箱のデザイン 何故千手観音さまなのか?」

『仏さまカード 秘密のメッセージ』じゃこめてい出版
解説書にはない解説 Facebook版 vol.002
「箱のデザインについて
1・なぜ千手観音様なのか?
2・なぜ箱とカードと色が異なるのか?」

1「なぜ千手観音なのか?」
箱の正面には千手観音様が描かれています。
これは慈悲の観音部の果徳を表す仏さまだからです。
千の手(無量を意味する)をもって
あらゆる手段を尽くして衆生済度する菩薩。
その得る功徳は無量であるというのが果徳です。

このカードには数多の諸尊が描かれています。
衆生済度の方法は一つではないからこそ
一人の仏に絞り込むのではなく
数多の仏を描いています。
だからこそ千手観音がピッタリだと考えました。

大日如来でも良いのですが
大日如来ですとあまりにも多きすぎて万能であるので
取っ掛かりが難しく
カードで表すには奥義を極めて行かねばなりません。
だからこそ大日如来の一側面でありつつ
果徳を表す大慈悲の千手観音さまを選んだのです。

2「なぜ箱とカードの色が異なるのか?」

その千手も、背景の色が
箱のデザインと中のカードとは異なっています。

青は、ラピスラズリつまり瑠璃色です。
薬師如来の色であり
あらゆるものを癒やす色。

また青は、仏の清淨さを表す白と
主上の煩悩を表す黒との混じった色。
つまり煩悩即菩提を意味し
迷いと同時にそこに覚りがあるということを
色で表現したものです。

まとめると
箱の青は、三重の意味があります。

初重の秘密には心を癒やす
薬師如来の瑠璃色という意味。

二重には世間の中にも神秘があるということ。
秘密は聖なる空間にあるだけではなく
日常生活の中にこそ神秘があるという意味。

三重には煩悩即菩提の大秘密を
含有する色が青という意味です。

一方、カードの背景色である黄色は
黄金色のことで無量の功徳を意味します。
つまり果徳を意味する千手観音の色です。
カードは一尊の性格を表に出すものですから
黄金色で背景を表しました。



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2015/10/06

『仏さまカード 秘密のメッセージ』じゃこめてい出版 解説者にない解説「カード裏の図柄に関して」

『仏さまカード 秘密のメッセージ』じゃこめてい出版
解説書にはない解説 vol.001
「カード裏の図柄に関して」

色見本の段階ですが、カードの裏には図柄が入っています。この図柄には三重の意味があります。


初重には、十字金剛。別名羯磨金剛ともいいます。表面的には活動を意味します。今回のカードのメッセージの特徴として、外に向けての行動を促すものが少なくありません。そのために、それをアシストするためにもカードに十字金剛は重要です。

二重にはクロスです。西洋文化影響が少なくない昨今。西洋文化関係者に触れていただきやすいように十字です。数字の10にも繋がります。数字の10は円満の数字です。このカードが心身ともに充足させるためのアシストであって欲しいという願いが込められています。

三重には五鈷金剛杵。灌頂の際に阿闍梨より授かる五鈷金剛。仏を物で表した三昧耶形。その代表が五鈷金剛です。その灌頂の時、阿闍梨さまより三回受け渡しされますが、最初の二回が横向き、三回目が縦向きで渡されるので、それを図案化したものがこの図形と言っても差し支えありません。つまり、阿闍梨より授かった五鈷金剛という意味です。

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2015/08/29

『今のあなたの本尊を知る』密教講座(出版記念特別講座)を九月七日に開きます http://www.kokeji.com/20150907publisher.pdf

高家寺 密教講座 において
住職の新著
『仏さまカード 秘密のメッセージ』(じゃこめてい出版)
出版記念特別講座
「今のあなたの本尊を知る」
をおこないます
今の本尊をしる儀式の後 
その仏さまの種子(梵字)を住職が記します
9月7日(月) 13:30~15:00
高家寺本堂
申し込み
osho@kokeji.com
FAX 058-383-6328
問い合わせ
osho@kokeji.com
TEL 058-371-2821
費用:書籍代3240円
    お布施は志納(気持ちのよいだけ)

http://www.kokeji.com/20150907publisher.pdf

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2015/07/14

関ヶ原町に クリス・グレンさん 河村市長 と共に

名古屋市長の河村たかしさん

ZIPFMのクリス・グレンさん

と共に関ヶ原町を訪れました。
こおこの東首塚が徳川宗春と縁があるからです。
昭和17年まで名古屋市東区には日吉山王権現社がありました。
ここの本当の名前は孚式権現。
徳川宗春を祀る社でした。
ところが、これを管理していた某寺院が
徳風会という岐阜県大垣市の任意団体に
この建物をまるごと売却。
関ヶ原の東首塚に移設されました。
ところが太平洋戦争で某寺院は全焼。
孚式権現社は移設されたお陰で無事に残りました。
河村市長にこれを告げると
訪れてみたいということで
関ヶ原町親善大使でもあるクリス・グレンさんと
訪問しました。
関ヶ原町長も同行。
善き道ができたのではないかと思います。

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2015/06/21

6月21日は旧暦の端午の節供と月例弘法大師でした

6月21日、日曜日。月例弘法大師報恩日。
この日は、旧暦の端午の節供でもありました。
高家寺では、
三つの由来をお話し、
菖蒲を授与し、
五色糸をお渡し、
蓬蕎麦をいただきました。
端午の節供は、
1)古代中国の楚の国の屈原伝説
2)梅雨前の田植えに向けての
  神なる女性の菖蒲による浄めの儀礼
3)宮中の物忌み月である梅雨に向けて
  薬玉を授与された儀式
という三つの流れがあります。
それに加えて、菖蒲が剣に似て
尚武(しょうぶ)に音が通じるので
武士の男の子供のお祭りともされました。

また五色の吹き流しに代表されるように
五色がとても大切であり、
肘に五色の糸を掛けての厄除け。
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鯉のぼりは幟旗と五色の吹き流しから、
それらが習合して江戸時代に生まれた風習です。

そして、ハーブの女王と呼ばれる
蓬を用いること。
いつもは蓬うどんですが、蓬蕎麦にしました。
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ただし、今年は昨年の閏月のせいで、
旧暦の季節がずれています。
端午の節供に関しては、
むしろ月遅れの6月5日あたりが
良いのではないかと感じます。
来年は旧暦ではなく、
月遅れを体験してみたいなぁと感じました。

いずれにしても、新暦で端午の節供はおかしいのに、
なにも疑問を持たずに
したり顔で祝っている方々を見ると
おかしくて笑えてしまいます。
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そういう私がおかしいのかもしれませんが(^^)

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«青葉祭に思う 弘法大師生誕祭であるとともに本来は梅雨明けの行事