2021/05/25

守護尊カード 令和3年5月21日~6月20日  高家寺月例弘法大師報恩日 


月例弘法大師報恩日に授与する

守護尊カードの解説です

 

令和3年5月21日~6月20日

・宝生如来

・虚空蔵菩薩

・金剛宝菩薩

・金剛笑菩薩

・金剛索菩薩

・軍荼利明王

・増長天

・羅刹天

・福禄寿

 

さて今月のあなたの守護尊は?

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2021/05/23

師匠選び 密教でいちばん大切なこと

密教を学ぶ上で一番大切なこと
というビデオを上げました。
・お葬式のお導師のこと
・絶対者である師匠のこと
・オウム真理教の間違い
・師匠を選ぶのは自分
ということをお話しました。
密教を学ぶ上でいちばん大切なこと
それは師匠選びです!!

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2021/04/28

大切なことに集中するには


月例不動護摩法話です。
令和3年4月28日。
高家寺住職

「大切なことに集中するには?」
YouTubeです

自動化できるのは機械だけではあありません。
また自動化は何のために行うのでしょうか?

最近つらつらお話することを
少しまとめてお話しました。

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2021/04/21

地蔵菩薩雑感 高家寺月例弘法大師法話


令和3年4月21日 高家寺の月例弘法大師報恩日の住職の法話をYouYubeにアップしました。

今回は法話と言うよりは
お地蔵様に関するグダグダした思いの独白でした。
ただ此の話を聞いて頂き
何かを感じていただける方がいらっしゃれば
ありがたいばかりです。

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2020/09/13

「救いを求める声に応える 聖観音菩薩」 #仏菩薩 vol.002

「救いを求める声に応える 聖観音菩薩」 #仏菩薩 vol.002
辛くて悲しくて
どうしようもなく
やりきれないとき
心の奥底から
「助けて!」
と声を出した経験は
ありませんか?
そのとき
偶然の一致のように
助けてくださる人が現れたり
嫌な出来事があったればこそ
今までよりも良き方向に向かったり
今まで見つからなかったものが見つかり
それによって救われたり
心の内が急激に変化し
外なる出来事を受容し
心の中はとても穏やかになったり
偶然の一致がいくつも重なり
導かれるように改善していったり
心の奥底からの叫び声は
物事を大きく変化させてくれます。
聖観音菩薩は、
心の奥底からの叫び声を観て
あらゆる姿に成り代わり
すくい上げてくださる菩薩さまの御本体。
この心の奥底からの「助けて」を
一度、経験された方は
その後は #真言 オン アロリキャ ソワカを
繰り返して唱えることで
聖観音菩薩と繋がりやすくなり
他の仏さまの真言も
お唱えしやすくなるようです。
辛く悲しい経験をされた方は
仏菩薩の大慈悲に救われ
それにより自らも
他者への慈悲心を持てるようになります。
むしろその辛く悲しい経験は
大慈悲のために
必要だった経験なのかもしれません。
その経験を経ることで
自らの中に聖観音おられることを
強く深く感じられるのではないでしょうか?
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写真は高家寺の御本尊 聖観音菩薩

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2020/09/12

「笑顔の象徴 地蔵菩薩」 #仏菩薩 vol.001


「笑顔の象徴 地蔵菩薩」 #仏菩薩 vol.001

一所懸命に
物事を組み立てられている人たちの姿は美しい。
時には失敗もあるだろうが、
それもまた彩と思えてしまう。
そうした方々にはエールを送りたくなる。
そばにいるとついつい笑みが溢れる。

一方で、
揚げ足を取る人は悲しい。
時には的を得ていることもあるが、
負の感情のために白きものも黒く見えてしまう。
そうした方々といると気持ち悪くなる。
いち早く離れたいという気持ちに苛まれる。

一緒にいると
冗談やおふざけがなくても
楽しくなったり
元気になったり
嬉しくなったり
気づきがあったり
そんな人であり続けたい。

地蔵菩薩は笑顔の象徴。
オン カ カ カ ビサンマエイ ソワカ
高らかに笑う声が真言になっている。
元々は農業の神様で
人々の努力の結果の実りを
大いに祝う神。
揺れ動かない大地
種子を育む大地。
大切なものを蔵する大地。
そこから覚りの道を歩む地蔵菩薩へと
昇格(?)し大乗仏教に取り込まれたのだろう。

私見にに過ぎないが
地蔵菩薩は僧形であるということは
僧侶も地蔵菩薩であれという
意味も込められているのではないのか?

覚りの心が揺れ動かない
慈悲に満ちた
笑顔の菩薩、地蔵菩薩。
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写真は、版画家の池田満寿夫氏作の
ブロンズ地蔵菩薩像(高家寺蔵)

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2020/09/11

季節の行事の乱脱

季節の行事の乱脱
季節の行事には、
正月や節分、二十四節気、お彼岸などの
太陽暦の合うもの。
七夕のように旧暦の合うもの。
お雛様や端午、祇園祭、重用など
一月遅れが合うもの。
およそ三つに分かれます。
これらを単純に太陽暦でおこなってしまう 
お寺や神社は
季節感の喪失させるという
大きな罪を背負っていることを自覚していません
明治なかばまでは
太陽暦を加味した旧暦を用いていました
暦の上でも日本人は自然と共に生きていました。
ただし、単純に旧暦を用いるのが良いかというと
そうは思えません。
太陽暦の良さもあるからです。
太陽暦が世界標準の現代社会
新たな工夫をした季節の行事の暦が
必要に感じています。

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2020/09/09

遊歩(和尚)ufo.oshoというペンネームについての独白 自由で囚われのない境地 教導などという高みに立っているわけではない

ペンネームについて 独り語り
「遊歩(和尚)」ufo.osho
今の私のペンネーム。
これを知ったある先輩から
「遊び歩くとは、そんなふざけた名前は
 師匠に迷惑を掛けるぞ。
 そんなことで檀信徒を教導できるのか?」
とお叱りを受けたことがある。
そのとき、2つの応えが頭に浮かんだ。
「遊歩は『大日経』の遊歩大空位からとった言葉であり
 お葬式の引導のときにも用いる言葉」
「教導するなど、そんな高い目線で臨んでは居ない。
 私は自分の心の迷いがあって僧侶になったのだし
 人を導けるほどカリスマ性もリーダーシップもない。
 ただ縁があって気づかせていただいたこと
 伝統の中で学ばせていただいたことを
 周りに伝えているだけ。
 各々の気づきのお手伝いができれば幸い。」
その先輩には前者を伝えた。
とりあえずは納得してもらったが
勘違いされやすいので気をつけろと言われた。
後日、師匠には後者を伝えた。
師匠は素直な私の気持ちの独白を
「面白かった」と笑顔で答えていただけた。
僧侶の世界にいると、
「いつの間にか坊さんが高みに立っていると
 勘違いすることが少なくないのでは?」
と感じることが多い。
私はお大師さまをはじめお祖師方や仏菩薩の
指先でありたいとは思っている。
不思議な縁で僧侶とならせていただき
田舎寺院の小さな無名のお寺の住職になったが
これはまさにご縁とご縁の紡ぎ出された結果であり
こうありたいとか、こうあらねばならないと
自分勝手に思ったわけではない。
だからこそ
自分の恣意で他者を導こうとは
ほんの僅かでも思っていない。
ご縁のある方々とともに歩んでいければそれが幸甚。
(ハンドボールやサッカーでいうと
 フィールドプレーヤーでなく
 キーパーの位置。
 だからキーパーをしていたのかもしれないと今は思う。)
これは寺子屋の生徒に対しても同じ。
自分で感じたこと、気づいたこと
ただただそれを語り伝えるだけ。
それが私の基本。
時と場合で勘違いされることも少なくないが
それでもこの道を歩んでいたい。
縛られることなく自由な境地で。
これも恣意かなぁ??(^^;
写真は、高家寺のご本尊様 聖観音菩薩
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2020/09/07

私の言葉に刺激を受け何かに気づかれる方が一人でも居られる限り、能書きを垂れ続けるようと思っている。

設計図は大切。
それに沿って、物が作られていくから。
しかし実際に形にするのは現場の人。
設計者が上手に作るのではなく、
上手に作る人はまた別にいる。
祈りも同じ。
ここのブログでも、個人ブログでも
FBでもTwitterでも
そして法話でも
能書きを垂れることが少なくないが、
あくまでも設計図の一部に過ぎない。
私の祈りが形になるのは
私の祈りの場合のみ。
祈るのは各個人。
上手に取り入れる人もいれば、
自分なりに工夫する人も居て、
また全く無視する人もいる。
ただ、プラスであろうがマイナスであろうが、
私の言葉に刺激を受け何かに気づかれる方が
一人でも居られる限り、
能書きを垂れ続けるようと思っている。
気づくことをサンスクリットではbudhといい、
目覚めを意味する。この言葉が変化して、Buddha覚者となる。
小さな気付きをした瞬間、
その人は
ミニミニブッダと
なっているのではないかと思う。
だから私は語り書き続けたい(^^)

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2020/06/19

厄除け大師の空飛ぶ伝説 江戸末期の高家寺の記録


細野要斎の『感興漫筆』の中の一節に高家寺の記録がある。
細野は、尾張藩の藩校である明倫堂の典籍の職についていたが、その職を辞した翌年の安政五年三月二十一日。まさに弘法大師報恩日正当日。
「川手村を過、加納府下を経、
 府下に幟を立て厄除け大師と題す。
 門前の題に 弘法大師自作尊像 
 と彫刻するを樹。」
その後に伝説が記されている。このときから5、60年前(寛政の頃?)に出開帳するために輿に載せて大坂に行った。ところがその地の人の信心が欠けていたために尊像は飛んで帰ってしまった。大坂に運んだ人たちは盗まれたと思い探したけれどもみつからない。しかたがなく高家寺に戻り報告をすると、住職が扉を開けば弘法大師像は高家寺に戻っていたという伝説である。
(ただしこの頃の住職が誰であったのか記録が途絶えている)
このコロナ禍、改めてこの尊像が厄除けの弘法大師像であり、不思議な伝説を持つ尊像であることを確認する。信心が欠けて飛んでいってしまわないように、信心をもって祈りたい。
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2020/04/10

檀信徒の行事への参詣を一時休止 住職は一人祈ります 新型コロナウイルスに関する高家寺の対応 改一 令和2年4月10日改


新型コロナウイルスに関する高家寺の対応 改一
令和2年4月10日改

檀信徒の参詣を一時休止

昨日まで、高家寺の行事への檀信徒の参加は自由にしていましたが、
本日より高家寺の行事への檀信徒の    参詣は一時休止と致します。

毎月の行事や季節の行事を楽しみにされている方々も少なくありませんが、
岐阜県の非常事態宣言を鑑み苦渋の決断を致しました。

ただし住職の祈りは継続していきます。

再開に関しましては追ってお知らせいたします。

月例弘法大師・月例不動護摩・月例学習会・旧暦花祭り・風の四恩祭は、檀信徒の参詣は無しにしますが、具体的にどのようにするのかは後日お知らせいたします。

檀信徒の皆様には、なにとぞご理解の程、お願い申し上げます。
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Homa
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2020/03/31

「限りある生命だからこそ」3月28日 高家寺 不動護摩法話要旨

アマゾンプライムのビデオを観ました。「 #スタートレック・ピカード 」。 #ピカード とは人の名前で35年前に制作された #新スタートレック 、英語名でStartrek The Next Generation 略称TNGの主人公で、Enterprise NCC-1701D/Eの艦長だった人物が、時を経て宇宙艦隊の提督も引退し、十五年ほど経っての物語。人生も最晩年になってのことです。

このTNGは私の人生に大きな影響をもたらした作品で、バッジやパワーポインターとなる銃も持っています。

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いわゆるヲタクで、トレッキーと言います。

そのピカードが昨日、第一期の最終回で死んでしまったんです。えーっです。第二期第三期も決まったと言っていたので。でもよくよく思い出してみると、回収と言うのですが、ちゃんとネタ仕込が前もってしてあることに気づきました。死んだけと死ななかった?死んでるけど死んでいない?

 

詳しい話は横に置いておいて、ピカードが死んでしまったときに、元の部下で、ピカードを助けるために死んでしまった #データ (映画の中で)が出てきました。彼はアンドロイドです。あっ、ネタバラシになりますね。ごめんなさい。ただこの中で、データがピカードに語ったのが、「死ぬべき命が人の命に意味を与える」「平和や愛、友情を人は大切にします。 #限りあるもの だと知っているからです。」

ここからは私の言葉です(^^)。
人は不完全です。だから周りの環境に合わせて変化していけます。もしも完璧だったら、変化はできません。この不完全こそが生命の営みそのものなのではないかと思います。不完全だからこそ、倫理的に欠けている部分があるからこそ、より正しく生きたいと感じるのではないでしょうか?生まれた限りには必ず死があります。逆に言えば死があるからこそ生きるのであって、自分自身でその生に意味を見出し生きていくのが人間だと思います。不完全だから命に限りがあり、子孫を繋いでいく。その限りある生命だからこそ美しい。花も造花よりは生花のほうが美しいですよね。

この限りある生命の不完全な生き物だからこそ、お互いに欠けたところを補い合い、お互いに支え合えるように思います。自分ひとりではできないことがある。だからこそ相互礼拝、相互供養の実践、すなわち曼荼羅的のように互いに良き影響を及ぼしながら生きていたいものです。

今回の新型コロナウィルスのことで、世界中の人が死を間近に感じているのではないでしょうか?このような病はなくなったほうが良いのが当たりまえですが、広がってしまった今だからこそ、亡くなってしまった尊い犠牲があるからこそ、生き延びている私たちは生死を考え、それを実際の生活の中に活かすことが大切だと感じます。

スタートレック・ピカードは良い時に放送がありました。キリスト教圏で生まれたスタートレックのTNGは仏教的な思想があちこちに散りばめられていますが、それは全人類に共通な思いがあるからなのでしょう。

21日の弘法大師報恩日にもお話したことですが、歴史を調べてみますと過去に実に多くのご先祖様たちが疫病に負けて亡くなっています。しかしいまここに居る私たちはその疫病という厄災から逃れて命を繋いできた命の結晶であるということをまずご自覚いただければと思います。

新型コロナウィルスにも関わらず、こうしてお越しいただいた方々の思いを強く感じています。マスク着用、入場時のアルコール消毒、咳や熱のある方はご帰宅いただくなど、不便をおかけしていますが、ご協力いただいたことに深く感謝いたします。席もできる限り離していただいていますし、寒かったかも知れませんが扉も開けて開放空間にしてありますことご了承いただいたことに感謝致します。

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2020/03/26

新型コロナウイルスの災禍の中で、自分を深化させられるかいなか、ここに生き様がある。

新型コロナウィルスの災禍で、貪瞋痴の三毒を目の当たり。
・スーパーやコンビニで、他者を押しのけて買い物する人たち(貪)。
・そうした他者の行動にむやみに怒りまくる人(瞋)。
・何が起きているのか分からずに、マスコミ情報で動いてしまう人たち(痴)。
こうした現象を目の当たりにしたとき、そうした人たちを慈悲の眼で見つめられるのか、寛容な心を持ちえるのか、ここが大切なところです。
欲望に忠実な既存のマスコミに踊らせられたくないものです。
自分を深めていく機会が訪れています。
こうした出来事が収束したとき、そのときにこそ少しでも高潔であり、広く深い境地に達していたいもの。
全世界共通で生きる死ぬを実体感している。だからこそこの今にしかできないことを一人ひとりが見つめていきたいものです。
写真は、高野山奥の院にある尾張徳川初代義直卿の実母相応院の供養塔です(いま終わり徳川の文章を書いているので載せました。深い意味はありません。)。
高野山の奥の院は常にこの生死を考えさせてくれる場所です。
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2020/03/22

「生き残った命だからこそ」高家寺2020/03/21法話要旨

3月21日の法話 要旨
「生き残った命だからこそ」
世間では新型コロナウイルスの話ばかり。本当に気をつけねばなりませんね。ですからマスク着用を今回はお願いし、話す私が一番泡沫を、飛ばしやすいので念のために法話の間はマスクします。
新型コロナウイルスのために中日文化センターの授業が全部なくなり、結構暇ができました。おかげで宗春の研究が進んでいます。江戸時代は疫病が命取りになることが少なくありませんでした。享保十五年1730年、江戸で麻疹(はしか)が大流行し、将軍継嗣の徳川家重や、松平通春こと宗春も罹患しました。二人は回復したのですが、命を失った人も少なくありません。その一人が宗春の兄である尾張徳川七代目の継友でした。
宗春は39人兄弟でしたが、結果的には40歳を超えることができたのは宗春一人でした。吉宗も兄3人が若くして亡くなっています。昭和の初めまで、多くの人が疫病で亡くなるのは当たり前だったのです。
先ほど話した、宗春の兄を死に至らしめた麻疹ですが、日本原種の麻疹は日本からなくなりました。ご存知でしたか?皆さん、経験者が多いですよね。でも、子供たちはほとんど罹ったことがないんですよ。
さて、この例からも分かりますように、かつては、ほんの数十年前までは、人はウイルスと闘い多くが負けてきました。ところがこの数十年の間に劇的に変化し、インフルエンザにも治療薬が数多く出回るようになりました。そのおかげで生きているのが当たり前となってきて、命の尊さが軽視されるようになったようにも思えます。医学の進歩に倫理観が追いついていないのかもしれません。
私たちがここにこうして生きているのは、そうした数多くの伝染病の中で生き残った命です。何度も何度もご先祖たちは戦いに敗れ、その生き残りが私たちです。
つまりこの命は本当に貴重な貴重なもの。
今日はお彼岸です。新型コロナウイルスが世界的な問題になっている時だからこそ、負け戦の中で命を落とした方々、命を存えた方々の両方の御先祖様を思い、お祈りを捧げられたように思います。
その祈りは亡くなった命の菩提を弔うことはもちろんのこと、生きているものがこの世での使命を終えるまでしっかりとお役目を果たして生きていくことが重要です。そのお役目こそが仏そのものであること。
また、こうした苦しい時だからこそ、そこから学ぶことはすくなくありません。自然や病の猛威に謙虚であること、そしてこの命が本当に尊いものであることを実感していただければ何よりです。
最後に、弘法大師の正当日であるので、もう三回、南無大師遍照金剛、お大師さまの御宝号をお唱えいたしましょう。

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2020/02/25

新型コロナウィルスへの高家寺の行事の方針:行事は中止せず行います ただし・・・

#新型コロナウィルス に対して県仏教会にお彼岸の法要を中止にしようかどうかを迷っているという電話があったらしい。
確かにお隣の国で新興宗教が大問題になるような状況を作り出した。
うちのお寺では、法要を中止しない。檀信徒が来られようが来られまいが、今までもほとんどの儀礼儀式は続けている。
ただし、マスクの用意、手の消毒用のアルコールや酸性水などの受付での用意、咳が出ていたり熱がありそうな人にはお帰りいただくなど、できるかぎり注意は払っている。
法要をするか否かは、宗派や仏教会が決めることではないと私は感じている。それは各寺院が決めることなのではないか。その住職の考え方次第だと思う。
#季節の行事 はお寺の基本。だから中止はしない。来るか来ないかは檀信徒の思い次第。もちろん細心の注意はする。これが高家寺のあり方であり、住職の私の方針。
各お寺が明確に方針を打ち出すことも重要かもしれない。

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2019/09/25

ゆっくりと丁寧に心を込めて 葬儀を通して世の心理を見る

ユックリと丁寧にこころをこめて


本堂での葬儀

(写真は通夜の前なので、お位牌は置いてありません。)


外陣を使って荘厳。本尊さまがあるので、外陣と内陣の幕は張らず。内陣はロウソク・線香点灯のみ。


花も段飾りは一切用いず。枕花などで飾る。お寺で出入りしている地元の花屋さんにお願いした。


果物も地元の果物屋さんにお願いした。


食事も、近所の寿司屋さんた精進寿司を特別注文。


全体の進行は葬儀屋にお願いした。


葬儀屋だけにお願いするのではなく、葬儀屋も含め地元の方々と共に作り上げる葬儀。これが高家寺が大切にしていること。


時間短縮、パッケージ商品を選びがちな風習に、少し待ったをかけたい。

高級なものは、ユックリと練り上げて行くものが多い。手間暇をかけることは、それに携わったもののこころを潤して行く。ここが最大のポイント。

結婚式は何度でもできるが、葬儀は生涯でただ一度。だからこそ、いそぐのではなく、手間暇をかけて、ユックリと練り上げて作り上げたいもの。時間をかければ、時間調整がしやすくなり他者への迷惑は最小限となる。そして、多くの方々と共に連携していく。これが故人のためでもあり、遺族始め残されたもののためでもある。


葬儀終了後、葬儀屋から高家寺専用のコースを作りたいと申し出があった。


大叔母の葬儀を通して、高家寺のコンセプトは間違っていなかったと強く感じる。

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2019/03/05

踏切で老婆が立ち往生 その時

各務原市のとある踏切。
ある老女が歩行補助車に野菜を載せて渡っていた。

私は踏切手前二番目の車。

老女の歩行補助車の車輪が踏切線路の間に挟まり、立ち往生された。

私は渋滞の非難を覚悟に、車を降りて助けようとした。

すると、前から来た小学生たちがその様子を見てその老女を助け出した。四年生くらい。

困った人を見逃さずに助けた子供達の行為が嬉しかった。

その様子を見て、私は子供達に「ありがとう」と伝えて、車のドアを閉めた。

ただ寂しかったのは、バックミラーを見ると、その老婆は小学生に挨拶するもなく、立ち去ってしまった。

一方、小学生は私の車に手を振ってくれた。私は何もできなかったのに。

子供達に多くのことを教えられた数十秒であった。

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2019/03/01

「自分の手の届くところ 目に見えるところ」 平成31年2月28日、月例不動護摩の法話。一部改変。

「自分の手の届くところ 目に見えるところ」
平成31年2月28日、月例不動護摩の法話。一部改変。
目を瞑ってみてください。先程まで見ていたもので黄色いものは何がありましたか?(10秒待つ)
目を開けてください。どうですか?今、私の着ている衣もそうですね。金色のこの鈴も黄色と言えるかも知れません。
目を瞑る前はなんとなく目に入ってはいたけれど、あまり意識されていなかったと思います。ところが視野を閉じ、色を意識して目を開けると、黄色のものが色々と飛び込んできたのではないでしょうか?
目には見えていてもなかなか意識できないものも、少し意識すればよく見えていると言う体感を得ていただけたと思います。
では次に、自分の視野を指で刺してください。あっ、何度もこのお話を聞いた方は、見本を示さないでくださいね。(10秒待つ)
ほとんどの人が横にしか指を示しませんね。でも本当に横だけでしょうか?縦もあるのではないでしょうか?
妹の旦那、つまり義理の弟はカメラマンなのですが、彼は流石にフレームに収めるように高さも指し示しました。
このお話を聞かれた方は、次に質問されると縦を答えるでしょうし、これから視野と言われれば縦方向も意識されると思います。
これも視野に入っていながらほとんど意識されていないことの体感です。
弘法大師は、瑜伽師地論という瑜伽行唯識の論書を引用されて、目に見えるものを、色彩・形ともう一つ述べられています。何だかわかりますか?(10秒待つ)
これがなかなか分からないのですが、動きなんです。
うちのカミさんは動いているものを見つけるのが野生動物以上に鋭いのですが(微笑)。
目は、動いているものを捉えていますよね、たしかに。でも普段はそうしたことを意識していません。目に見えるものと言われると、動きを除外して、色彩と形だけと考えるのが普通です。でも、皆さんはこれから動きも大切にされますよ。
目に見えるもの一つとっても、私たちは無意識に感じて入るけれども、意識していないものがいっぱいあることが分かります。
それに対して、物事をありのままに見るのが般若波羅蜜多。フィルターを通さずに、ありのままに見ることはなかなか難しいのですが、今日お祈りした不動明王の右手に持てる般若波羅蜜多剣は、そうしたフィルターを切り開き、ありのままに物事を見させてくれる法具です。
ありのままに物事が見えるようになると、そこに覚りの海が広がっています。
少なくとも、今日、お参りされた方は、目に見えるものについては、かなり広い視野を得たのではないでしょうか?
広い視野を得ると恐れるものもなくなっていきます。つまり、皆さんは恐れからかなり遠のいたということ。
本日もお参りありがとうございます。

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2018/03/08

高野山の師匠の御自坊より聖観音様を譲り受けました

28795355_957091211105966_6555931603 写真は昨日、高野山の師匠よりお預かりしてきた聖観音さんです。
師匠の御自坊名は補陀洛院。つまり観音菩薩の聖地。そこよりやってこられた聖観音さんです。
アメリカ開教師の高橋成通前官御房が法印就任記念で造られたものだそうです。御縁があり、高家寺でお預かりさせて頂くことになりました。
次の21日はお彼岸ですので、そこで信者さんにご披露します。
すでに祀られていますが、どこに祀られたかは当日のお楽しみに。(^。^)

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2018/02/28

「進化」より「深化」でありたい

今日の不動護摩の最中に感じたこと。

西洋も大陸も進化を大切にする。ところが日本は「深化」を重視する。

同じ「しんか」でも全く異なっている。

「進化」は時には「退化」であることが多い。「深化」はいわゆる「ガラパゴス」になりやすい。どちらにも短所長所がある。

それを分かった上で、やはり「深化」を、大切にしたいと思う。護摩をはじめ修法はまさに「深化」を目指すものだから。

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